御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒

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第7章 初めての喧嘩と仲直り

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《帰って来い、千尋。》

──律さんからだった。

短い。
しかも、どこか命令口調。

“帰って来てほしい”じゃなくて、“帰って来い”。

なんだか、私が悪者みたいじゃない。

「はぁ……」

深く息をついた。
返事はしなかった。

心の中で小さく呟く。

──取締役会なんて、毎年あるじゃない。

その度に誕生日をすっぽかされたら、たまったもんじゃない。

私の一年に一度の、特別な日なんだよ。

それなのに、どうして“私が怒っていること”にしか意識が向かないの?

──寂しいのは、私だったのに。

胸の奥が、じくりと痛む。

だけどそれは、律さんを嫌いになったからじゃない。

まだ、ちゃんと期待しているから。愛しているから──。

私はスマホを裏返し、ベッドに寝転んだ。

枕に顔をうずめて、目を閉じる。

本当は、あの人の腕の中で、今日も眠りたかった。

翌日。
時計の針が18時を指した瞬間、私は急いでデスクを片付けた。

「お先に失礼します」と同僚に軽く会釈し、オフィスを出る。

エレベーターで下に降り、ガラス張りのエントランスへ向かったその時──

視界の端に、見慣れたスーツ姿が映った。

──律さんだ。

神楽木律。私の夫。
でも今は、正直……会いたくなかった。

顔を見たら、何もかも溢れてしまいそうで。

言わなくてもいいことまで、口にしてしまいそうで。

──ここで喧嘩なんてしたくない。

私はそっと、足音を忍ばせて出口の方へ向かった。

律さんの視線を避けながら、回転ドアの手前に差しかかる。

あと少しで、この場を離れられる──

そう思った瞬間だった。

「……千尋。」

ふいに、腕を掴まれた。

「えっ──」

驚いて振り返ると、そこには息を殺すような真剣な表情の律さんがいた。

「待てよ。」

低く絞るような声だった。

私は口を開きかけて、すぐに閉じた。

人目がある。ここはオフィスビルのエントランス。

でも、そんな空気も関係ないと言わんばかりに、律さんは私の腕を引いて、回転ドアの前から少し離れた柱の陰に連れて行った。

「話がしたい。」

律さんの目は、私の心を射抜くように真っ直ぐだった。

でも私は、目をそらした。

その瞳を見るのが、苦しかった。

「……今は、無理。」

小さく、でも確かにそう告げると、律さんの指がわずかに震えた。

それでも、私の腕は離さなかった。

「千尋、俺は……」

律さんが何かを言いかけたその時。

「千尋、俺は君の夫であるが、あの会社を継ぐべき人間なんだ。」

律さんの言葉に、胸がズキンと痛んだ。

わかってる。

そんなこと、結婚する前からわかってた。

「俺がしっかりしないと、数千人という人が路頭に迷うことになるんだ。」

彼の手の中にあるのは、私なんかよりずっと大きな責任。

家族という単位じゃなく、会社という大きな組織。
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