御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒

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第7章 初めての喧嘩と仲直り

社会の中で生きる“神楽木律”としての使命。

でも──

私の中で、言葉にならない感情がぐるぐると渦巻いていく。

カバンを持つ手が、じんわりと痛い。

胸の奥でなにかがじわじわと壊れていくような、そんな感覚。

「株主会は毎年この時期に行っている。その度に、千尋と喧嘩するのは嫌だよ。」

律さんの声は、穏やかで、どこか疲れていて。

それが逆に、私の心を締め付けた。

まるで私が、わがままを言って困らせているみたいじゃない──

「……じゃあ、もう私は誕生日のお祝いは諦めろって言うの?」

その瞬間、律さんの口がぴたりと止まった。

静まり返る空気。

外の車の音さえ、遠くに感じるほどに、二人の間に漂う重たい沈黙。

「私は……夫と過ごす、ささやかな誕生日を、一生……送れないの?」

かすれるように問いかけたその言葉に、私自身が一番、胸を締め付けられた。

豪華なディナーも、プレゼントもいらない。

ただ、一緒に笑って過ごせる時間が欲しかった。

たった一年に一度──
“今日生まれてきてくれてありがとう”って言ってくれる、そんな一日が。

律さんは、何も言わなかった。

私の目を見ているのに、何も答えてくれなかった。

その沈黙が、答えのような気がして。

私はそっと目を伏せた。

──ああ、きっと私たち、同じ未来を見ていないのかもしれない。

その思いが、喉の奥で詰まって、涙になりそうなのを、私は必死で堪えた。

沈黙の中、私はゆっくりとカバンを持ち直した。

さっきまで痛かったはずの手は、もう感覚が麻痺しているみたいに、重さすら感じなかった。

「……今日も、実家に泊まる。」

ぽつりと呟いたその言葉は、風に紛れて消えそうなほど小さかったのに、

律さんの表情を明確に曇らせた。

「千尋……」

呼び止める声には、焦りも戸惑いも滲んでいた。

けれど、私は立ち止まらなかった。

「今、ここで何を言われても……私の誕生日は戻ってこない。」

そう言って、ゆっくりと背を向ける。

律さんの手が伸びてこないことが、逆に答えを示しているようで、胸が痛んだ。

──私だって、分かってる。

律さんが忙しいことも、責任が重いことも。

でも、私の気持ちは、きっとそんなに軽くなかった。

実家に帰ってきて二時間ほど経った頃だった。

居間でテレビをぼんやり眺めていると、インターホンの音が鳴った。

「誰だ? こんな時間に。」

玄関に向かったお父さんが、しばらくして戻ってきた。

「千尋、お前に客だ。婿殿だ。」

律さんだった。
まっすぐにこちらを見ている。

「話がしたいんです、千尋さんと。」

その言葉に、お父さんは私の顔をちらりと見てから、小さく息を吐いた。

「……まあ、入れ。婿殿。」

「失礼します。」

硬い足取りで、律さんがリビングへと入ってくる。

お母さんがタオルを畳む手を止め、私はソファの端で無言のまま座っていた。
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