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第7章 初めての喧嘩と仲直り
⑥
社会の中で生きる“神楽木律”としての使命。
でも──
私の中で、言葉にならない感情がぐるぐると渦巻いていく。
カバンを持つ手が、じんわりと痛い。
胸の奥でなにかがじわじわと壊れていくような、そんな感覚。
「株主会は毎年この時期に行っている。その度に、千尋と喧嘩するのは嫌だよ。」
律さんの声は、穏やかで、どこか疲れていて。
それが逆に、私の心を締め付けた。
まるで私が、わがままを言って困らせているみたいじゃない──
「……じゃあ、もう私は誕生日のお祝いは諦めろって言うの?」
その瞬間、律さんの口がぴたりと止まった。
静まり返る空気。
外の車の音さえ、遠くに感じるほどに、二人の間に漂う重たい沈黙。
「私は……夫と過ごす、ささやかな誕生日を、一生……送れないの?」
かすれるように問いかけたその言葉に、私自身が一番、胸を締め付けられた。
豪華なディナーも、プレゼントもいらない。
ただ、一緒に笑って過ごせる時間が欲しかった。
たった一年に一度──
“今日生まれてきてくれてありがとう”って言ってくれる、そんな一日が。
律さんは、何も言わなかった。
私の目を見ているのに、何も答えてくれなかった。
その沈黙が、答えのような気がして。
私はそっと目を伏せた。
──ああ、きっと私たち、同じ未来を見ていないのかもしれない。
その思いが、喉の奥で詰まって、涙になりそうなのを、私は必死で堪えた。
沈黙の中、私はゆっくりとカバンを持ち直した。
さっきまで痛かったはずの手は、もう感覚が麻痺しているみたいに、重さすら感じなかった。
「……今日も、実家に泊まる。」
ぽつりと呟いたその言葉は、風に紛れて消えそうなほど小さかったのに、
律さんの表情を明確に曇らせた。
「千尋……」
呼び止める声には、焦りも戸惑いも滲んでいた。
けれど、私は立ち止まらなかった。
「今、ここで何を言われても……私の誕生日は戻ってこない。」
そう言って、ゆっくりと背を向ける。
律さんの手が伸びてこないことが、逆に答えを示しているようで、胸が痛んだ。
──私だって、分かってる。
律さんが忙しいことも、責任が重いことも。
でも、私の気持ちは、きっとそんなに軽くなかった。
実家に帰ってきて二時間ほど経った頃だった。
居間でテレビをぼんやり眺めていると、インターホンの音が鳴った。
「誰だ? こんな時間に。」
玄関に向かったお父さんが、しばらくして戻ってきた。
「千尋、お前に客だ。婿殿だ。」
律さんだった。
まっすぐにこちらを見ている。
「話がしたいんです、千尋さんと。」
その言葉に、お父さんは私の顔をちらりと見てから、小さく息を吐いた。
「……まあ、入れ。婿殿。」
「失礼します。」
硬い足取りで、律さんがリビングへと入ってくる。
お母さんがタオルを畳む手を止め、私はソファの端で無言のまま座っていた。
でも──
私の中で、言葉にならない感情がぐるぐると渦巻いていく。
カバンを持つ手が、じんわりと痛い。
胸の奥でなにかがじわじわと壊れていくような、そんな感覚。
「株主会は毎年この時期に行っている。その度に、千尋と喧嘩するのは嫌だよ。」
律さんの声は、穏やかで、どこか疲れていて。
それが逆に、私の心を締め付けた。
まるで私が、わがままを言って困らせているみたいじゃない──
「……じゃあ、もう私は誕生日のお祝いは諦めろって言うの?」
その瞬間、律さんの口がぴたりと止まった。
静まり返る空気。
外の車の音さえ、遠くに感じるほどに、二人の間に漂う重たい沈黙。
「私は……夫と過ごす、ささやかな誕生日を、一生……送れないの?」
かすれるように問いかけたその言葉に、私自身が一番、胸を締め付けられた。
豪華なディナーも、プレゼントもいらない。
ただ、一緒に笑って過ごせる時間が欲しかった。
たった一年に一度──
“今日生まれてきてくれてありがとう”って言ってくれる、そんな一日が。
律さんは、何も言わなかった。
私の目を見ているのに、何も答えてくれなかった。
その沈黙が、答えのような気がして。
私はそっと目を伏せた。
──ああ、きっと私たち、同じ未来を見ていないのかもしれない。
その思いが、喉の奥で詰まって、涙になりそうなのを、私は必死で堪えた。
沈黙の中、私はゆっくりとカバンを持ち直した。
さっきまで痛かったはずの手は、もう感覚が麻痺しているみたいに、重さすら感じなかった。
「……今日も、実家に泊まる。」
ぽつりと呟いたその言葉は、風に紛れて消えそうなほど小さかったのに、
律さんの表情を明確に曇らせた。
「千尋……」
呼び止める声には、焦りも戸惑いも滲んでいた。
けれど、私は立ち止まらなかった。
「今、ここで何を言われても……私の誕生日は戻ってこない。」
そう言って、ゆっくりと背を向ける。
律さんの手が伸びてこないことが、逆に答えを示しているようで、胸が痛んだ。
──私だって、分かってる。
律さんが忙しいことも、責任が重いことも。
でも、私の気持ちは、きっとそんなに軽くなかった。
実家に帰ってきて二時間ほど経った頃だった。
居間でテレビをぼんやり眺めていると、インターホンの音が鳴った。
「誰だ? こんな時間に。」
玄関に向かったお父さんが、しばらくして戻ってきた。
「千尋、お前に客だ。婿殿だ。」
律さんだった。
まっすぐにこちらを見ている。
「話がしたいんです、千尋さんと。」
その言葉に、お父さんは私の顔をちらりと見てから、小さく息を吐いた。
「……まあ、入れ。婿殿。」
「失礼します。」
硬い足取りで、律さんがリビングへと入ってくる。
お母さんがタオルを畳む手を止め、私はソファの端で無言のまま座っていた。
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