御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒

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第7章 初めての喧嘩と仲直り

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最初に口を開いたのは、お父さんだった。

「話は聞いている。」

律さんは姿勢を正した。

「初めての誕生日を、無視したな。」

「無視ではありません。時間に、間に合わなかっただけで……」

言葉尻に、律さんの悔しさが滲んでいた。

でも、お父さんは顔色ひとつ変えずに続けた。

「だが娘は、二時間もおまえを待ったんだ。何も知らされずに。誕生日に、一人で。」

律さんは口を開きかけ、しかし言葉が出なかった。

代わりに静かに俯き、拳を膝の上で握った。

「千尋はおまえを信じていた。その信頼を、どうやって取り戻すつもりだ?」

問い詰めるような声。

私は苦しくなって、視線を落とした。

律さんは顔を上げ、私に向き直った。

「……言い訳はしません。責任のある立場なのは事実だけど、それで千尋の気持ちを後回しにしていい理由にはならない。」

律さんの目がまっすぐだった。

いつかプロポーズされたときと、同じ眼差し。

「千尋。申し訳なかった。」

その声に顔を上げると、そこには、膝をつき頭を下げる律さんの姿があった。

「……えっ⁉」

驚きで、私は一歩後ずさる。

律さんが、私に――土下座?

会社では数千人を率いる御曹司。

冷静沈着で、誰よりも堂々としている人。

そんな律さんが、今、私一人のために、頭を床につけている。

「やめてよ、律さん……!」

慌てて律さんの肩に手を伸ばす。

でも、彼は動かない。

「千尋。」

顔を上げた律さんが、私の手をそっと取った。

その手は、冷たくもあたたかくもなく、ただ真剣だった。

「もう一度……やり直したいんだ。千尋の誕生日を。」

その目に、また胸が痛くなった。

真っ直ぐで、必死で、どこまでも不器用で。

「でも、誕生日は……その日しかないのよ。」

ぽつりとつぶやいた私の声に、律さんは力強く頷いた。

「分かってる。だから、“やり直す”じゃなくて、“やり直したい”んだ。千尋が生まれてきてくれたことを、ちゃんと……心から、お祝いしたい。」

その言葉に、思わず喉が詰まる。

律さんが、私の誕生日を「祝いたい」と言ってくれた。

形式じゃなくて、義務でもなくて――心から。

「……そんなの、ズルいよ……」

気づけば、涙が頬を伝っていた。

その一滴を、律さんの指先がそっと拭った。

「泣かせたくて来たんじゃない。笑ってほしいんだ。千尋の、あの笑顔が見たい。」

「……じゃあ、ちゃんと連れて行ってよ。今度こそ。」

「もちろん。」

律さんは立ち上がると、私の手を優しく握り直した。

「君の誕生日を、世界で一番大切な日にする。何度でも、これからもずっと。」

私は、うん、と小さく頷いた。

「……帰って来てくれるね?」

律さんが、少しだけ不安そうに私を見つめる。

私は――涙で滲んだ目のまま、うんうんと何度も頷いた。

「うん……うん……!」

すると律さんは、小さく息を吐いて微笑んだ。

そして私の手をしっかりと握り直す。
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