8 / 86
第1章 0日婚の申し込みととまどい
⑧
しおりを挟む
家に帰ってソファに沈み込むと、社用のスマホが震えた。
画面には、“神楽木律”の文字。
──はやっ。もう連絡きた。
開くと、シンプルな一文が表示されていた。
《お仕事、お疲れ様です。今日はどうでしたか?》
……いや、それを訊きたいのはこっちの方ですよ。
でも、社用のスマホに来たメールは、基本的に“前件返信”が鉄則。
スルーするわけにもいかず、私はひとまず無難に返した。
「驚きましたっと……」
送信ボタンを押した直後、スマホがすぐに震えた。
《僕は、運命の出会いだったと思いました。》
……でしょうね。
だって、プロポーズしてきたんだもん。初対面で。
画面を見つめたまま、私は思わずため息をついた。
この人、常に本気で来るんだよな……。
「それは……よかったです?」
返信しながらも、自分でもこの“絶妙な距離感”がよくわからない。
敬語をやめていいのか、続けるべきなのか。
結婚を申し込まれた相手に、私は今、どう接するべきなのか。
──って、こんなことで悩む日が来るなんて。
私の頭は今日一日で、キャパオーバー寸前だった。
──でも、この感じでずっと、社用のスマホに甘い言葉が届くのだろうか。
仕事用とはいえ、やり取りは“返信必須”。
神楽木さんの言葉はどこまでも真摯で、どこまでも距離が近くて──このままだと、気持ちの線引きが曖昧になる気がする。
本当は、取引先との個人的な連絡先の交換は禁止されている。
でも。
……でも、この甘い言葉のやり取りを、もし他の社員に見られたら、それはそれで死ぬほど気まずい。
「……ええい。」
私は思い切って、短くメッセージを打った。
《次からはこちらへ。》
そして、個人の連絡先を添える。
ほんの数秒後──
画面が点滅した。
《嬉しいです。これで君を口説けるかな。》
……この人、本気なんだ。
理性が静かに揺れて、感情がどっと押し寄せる。
私は思わず、スマホを顔の横に放り投げ、ベッドにダイブした。
「なにしてんの、私……!」
顔が熱い。鼓動がうるさい。
まだ“好き”でもないのに、こんなに心が動くなんて。
けれど、その一言だけは、確かに胸の奥に残った。
──“これで君を口説けるかな。”
これから始まる“恋”の音が、静かに聞こえた気がした。
翌朝、出社するとすぐに呼び出された。
「朝倉さん、ちょっと。」
部長室に入ると、部長の厳しい目線が待っていた。
「個人の連絡先、取引先に教えたよね?」
……ああ、やっぱりバレた。
「はい。心得ております。」
「ウチの会社の規定、知ってるよね。」
「はい……。申し訳ありません。」
すると部長は引き出しから一枚の紙を取り出し、スッと私に差し出した。
「じゃあ、始末書。理由もきっちり書いといて。」
「……はい。」
私は黙ってそれを受け取り、ペンを持った。
──どうする?何て書く?
社内違反の理由なんて……恋です、なんて書ける?
いや……でも、これは事実だ。
私は迷わずペンを走らせた。
《理由:この先、恋愛に発展すると思われたため。》
書き終えて渡すと、部長の目が一瞬、文字を追って──
次の瞬間、まるで変なスイッチでも押されたように吹き出した。
「うっ……ぷはっ!」
「……?」
「ちょ、え?神楽木の御曹司と?本気で?」
「はい。」
部長は目を丸くして、言葉を失っていた。
「……いやいやいや、ちょっと待って?あの神楽木さんって、あの神楽木ホールディングスの!?しかも、初対面で“恋愛に発展”て……朝倉さん、どんだけすごいの?」
「いえ、私も驚いております。」
すると部長は机に肘をついて、腕を組み、真顔になった。
「……あのさ。万が一付き合うにしても、スキャンダルにならないように、全力で気をつけてね。うちはまだ小さい会社だから、絶対に変な噂は避けたい。」
「……承知しております。」
「ていうか、始末書って、そういう使い方もあるんだな……」
部長はしみじみと書類を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
画面には、“神楽木律”の文字。
──はやっ。もう連絡きた。
開くと、シンプルな一文が表示されていた。
《お仕事、お疲れ様です。今日はどうでしたか?》
……いや、それを訊きたいのはこっちの方ですよ。
でも、社用のスマホに来たメールは、基本的に“前件返信”が鉄則。
スルーするわけにもいかず、私はひとまず無難に返した。
「驚きましたっと……」
送信ボタンを押した直後、スマホがすぐに震えた。
《僕は、運命の出会いだったと思いました。》
……でしょうね。
だって、プロポーズしてきたんだもん。初対面で。
画面を見つめたまま、私は思わずため息をついた。
この人、常に本気で来るんだよな……。
「それは……よかったです?」
返信しながらも、自分でもこの“絶妙な距離感”がよくわからない。
敬語をやめていいのか、続けるべきなのか。
結婚を申し込まれた相手に、私は今、どう接するべきなのか。
──って、こんなことで悩む日が来るなんて。
私の頭は今日一日で、キャパオーバー寸前だった。
──でも、この感じでずっと、社用のスマホに甘い言葉が届くのだろうか。
仕事用とはいえ、やり取りは“返信必須”。
神楽木さんの言葉はどこまでも真摯で、どこまでも距離が近くて──このままだと、気持ちの線引きが曖昧になる気がする。
本当は、取引先との個人的な連絡先の交換は禁止されている。
でも。
……でも、この甘い言葉のやり取りを、もし他の社員に見られたら、それはそれで死ぬほど気まずい。
「……ええい。」
私は思い切って、短くメッセージを打った。
《次からはこちらへ。》
そして、個人の連絡先を添える。
ほんの数秒後──
画面が点滅した。
《嬉しいです。これで君を口説けるかな。》
……この人、本気なんだ。
理性が静かに揺れて、感情がどっと押し寄せる。
私は思わず、スマホを顔の横に放り投げ、ベッドにダイブした。
「なにしてんの、私……!」
顔が熱い。鼓動がうるさい。
まだ“好き”でもないのに、こんなに心が動くなんて。
けれど、その一言だけは、確かに胸の奥に残った。
──“これで君を口説けるかな。”
これから始まる“恋”の音が、静かに聞こえた気がした。
翌朝、出社するとすぐに呼び出された。
「朝倉さん、ちょっと。」
部長室に入ると、部長の厳しい目線が待っていた。
「個人の連絡先、取引先に教えたよね?」
……ああ、やっぱりバレた。
「はい。心得ております。」
「ウチの会社の規定、知ってるよね。」
「はい……。申し訳ありません。」
すると部長は引き出しから一枚の紙を取り出し、スッと私に差し出した。
「じゃあ、始末書。理由もきっちり書いといて。」
「……はい。」
私は黙ってそれを受け取り、ペンを持った。
──どうする?何て書く?
社内違反の理由なんて……恋です、なんて書ける?
いや……でも、これは事実だ。
私は迷わずペンを走らせた。
《理由:この先、恋愛に発展すると思われたため。》
書き終えて渡すと、部長の目が一瞬、文字を追って──
次の瞬間、まるで変なスイッチでも押されたように吹き出した。
「うっ……ぷはっ!」
「……?」
「ちょ、え?神楽木の御曹司と?本気で?」
「はい。」
部長は目を丸くして、言葉を失っていた。
「……いやいやいや、ちょっと待って?あの神楽木さんって、あの神楽木ホールディングスの!?しかも、初対面で“恋愛に発展”て……朝倉さん、どんだけすごいの?」
「いえ、私も驚いております。」
すると部長は机に肘をついて、腕を組み、真顔になった。
「……あのさ。万が一付き合うにしても、スキャンダルにならないように、全力で気をつけてね。うちはまだ小さい会社だから、絶対に変な噂は避けたい。」
「……承知しております。」
「ていうか、始末書って、そういう使い方もあるんだな……」
部長はしみじみと書類を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
1
あなたにおすすめの小説
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
Catch hold of your Love
天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。
決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。
当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。
なぜだ!?
あの美しいオジョーサマは、どーするの!?
※2016年01月08日 完結済。
龍の腕に咲く華
沙夜
恋愛
どうして私ばかり、いつも変な人に絡まれるんだろう。
そんな毎日から抜け出したくて貼った、たった一枚のタトゥーシール。それが、本物の獣を呼び寄せてしまった。
彼の名前は、檜山湊。極道の若頭。
恐怖から始まったのは、200万円の借金のカタとして課せられた「添い寝」という奇妙な契約。
支配的なのに、時折見せる不器用な優しさ。恐怖と安らぎの間で揺れ動く心。これはただの気まぐれか、それとも――。
一度は逃げ出したはずの豪華な鳥籠へ、なぜ私は再び戻ろうとするのか。
偽りの強さを捨てた少女が、自らの意志で愛に生きる覚悟を決めるまでの、危険で甘いラブストーリー。
私の赤い糸はもう見えない
沙夜
恋愛
私には、人の「好き」という感情が“糸”として見える。
けれど、その力は祝福ではなかった。気まぐれに生まれたり消えたりする糸は、人の心の不確かさを見せつける呪いにも似ていた。
人を信じることを諦めた大学生活。そんな私の前に現れた、数えきれないほどの糸を纏う人気者の彼。彼と私を繋いだ一本の糸は、確かに「本物」に見えたのに……私はその糸を、自ら手放してしまう。
もう一度巡り会った時、私にはもう、赤い糸は見えなかった。
“確証”がない世界で、私は初めて、自分の心で恋をする。
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
《エブリスタ、ムーンにも投稿しています》
貴方の✕✕、やめます
戒月冷音
恋愛
私は貴方の傍に居る為、沢山努力した。
貴方が家に帰ってこなくても、私は帰ってきた時の為、色々準備した。
・・・・・・・・
しかし、ある事をきっかけに全てが必要なくなった。
それなら私は…
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる