御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒

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第3章 新居とぎこちない新生活 

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慌てて立ち上がり、近くの席にいた滝君に声をかける。

「ねえ、寺川不動産の件なんだけど……この1ページ、明日までに間に合うかな?」

「えっ、今からですか⁉」

滝君は、ちょうどPCを閉じようとしていたところだった。

「ああ……ごめん、やっぱ無理だよね。もう帰るところだったもんね。」

私は深く頭を下げると、急いで自分のデスクに戻った。

スマホを手に取り、律さんに返信する。

《ごめん、もう少しだけ残業。先にご飯食べてて。》

送信ボタンを押した指先が、どこか寂しさを帯びていた。

今夜も一緒にご飯を食べたかった。

でも、仕事だって、手は抜きたくなかった。

するとまた、スマホが震えた。

《俺に夕食作りたいって言ってたよね。》

――イラッ。

今は仕事中。あと1ページで終わるのに。

私は深呼吸して、気持ちを落ち着けた。

……でも、ピコンとまた通知が来る。

《あー、お腹空いた。誰かさんがご飯作ってくれない。》

「……っ!」

その瞬間、限界を迎えた。

「ああああっ!」

オフィスに響く私の声に、隣の席の滝君がビクッとした。

「ど、どうしたんすか?」

私はスマホを握りしめながら、唇を尖らせて言った。

「旦那がね、夕食作らないって不満のメール送ってくるのよ!」

滝君がぽかんとする。

「朝食は作れるくせに!子供じゃないんだから、夕食くらい作ってくれてもいいでしょ!?」

カタカタとキーボードを打っていた手を止めて、滝君が苦笑しながら言った。

「……まあまあ。俺、やりますよ。書類、最後のページ。」

「……え?」

「だから、俺が仕上げときますから。旦那さんのところに、行ってあげてくださいよ。」

一瞬、胸がじんとした。だけど、私は勢いよく答えた。

「いいのよ!あんな奴!」

でも、スマホをもう一度見た瞬間――

《早く帰ってきて。千尋のご飯が、食べたいんだ。》

その一言に、なぜだか、涙が出そうになった。

私は急いで家に帰ると、カバンも放り投げてキッチンに突入した。

バッグの中からエプロンを取り出し、まな板の上に野菜を並べる。

切って、炒めて、煮込んで――もう、時間との勝負だった。

「千尋。」

そんな時に限って、背後からふわりと温もりがまとわりついた。

「やっぱり千尋の側にいるのが一番落ち着く。」

そう言って、律さんが私の肩に顔を埋める。

いつもだったら、「なに甘えてるの?」って笑いながら、ほっぺにチューでもしていた。

だけど今日は、違った。

「昨日……律さんに“仕事もしろ”って言われたって、言ったよね?」

トントントン……手元で刻む包丁の音に、自分の鼓動が重なる。

焦りと、悔しさと、律さんへの想いが、喉元までせり上がってくる。

「それなのに私が早く帰らないと、ってなると……」
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