御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒

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第4章 仮面夫婦説

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お祝い?会いたいって、なんで今さら?

思わずスマホを見つめていると、不意に手が伸びてきて、それを奪われた。

「見るなよ。」

律さんが低い声で言う。

「……ごめん。でも、気になるよ。涼花さんって誰?」

私の問いに、律さんは短く答えた。

「昔の知り合いだ。けど、関係ない。気にするな。」

その言い方が、余計に引っかかる。

「“関係ない”なら、見せてくれたってよくない?」

「……千尋。」

律さんはしばらく私を見つめたあと、目を伏せる。

「会うつもりもないし、返信もしない。俺が今、大事なのは千尋だけだから。」

そう言って、律さんは私の手をぎゅっと握った。

胸の中のもやもやが、少しずつ溶けていく気がした。

でも──。

「……もしまた連絡が来たら、ちゃんと言ってね。」

「わかってる。」

律さんの言葉に、私は小さくうなずいた。

信じたい。
でも、不安も、ちょっとだけ──。

エントランスを出た瞬間、視界が華やかな照明に照らされた。何かの撮影が行われている。

「うわ、すっげー……いい女。」

隣で滝君が足を止める。見れば、黒のドレスを纏った女性がライトの下でポーズをとっていた。

長い髪が風に揺れ、カメラのフラッシュが何度も弾ける。

「何ていうモデルさんなんだろうね。」

軽い気持ちで言った私の言葉に、滝君はすかさずスマホを構える。

撮った写真を画像検索し、数秒後に画面をこちらに見せた。

「石原涼花だって。」

──その瞬間、心臓がトクンと跳ねた。

「……ちょっと、見せて。」

彼のスマホを受け取ると、ウィキペディアを開いた。

《石原 涼花(いしはら・すずか)》

その漢字。あの時、律さんのスマホに表示されていたメッセージの送り主と、まったく同じ名前。

──元気? 結婚したんだって? 会ってお祝いしたい。

あの、軽く流されたメッセージ。

気にするなと言われたけど──忘れられるわけがない。

「すごいですよ、あの石原グループのご令嬢って。グラビア出身で今は女優業もこなしてるし、起業もしてるとか。」

滝君の声が遠くに聞こえた。

指が震える。

ページをスクロールすると、さらっと書かれた一文に目が止まった。

《過去には、神楽木グループ御曹司との交際が報道されたこともある。》

息が止まった。

──やっぱり、律さんだったの?

なぜ、そんなことを私に隠していたの?

なぜ、“気にするな”だけで、終わらせたの?

滝君が横から覗き込む。「朝倉さん、顔色悪いっすよ?どうしたんです?」

「……ううん。なんでもない。」

そう言いながら、スマホをそっと滝君に返した。

でも、胸の奥に広がっていくのは、不安と疑問。そして──少しの嫉妬だった。
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