御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒

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第4章 仮面夫婦説

仕事を終えて家に帰ると、私は何気なく律さんをじっと見つめた。

「え?何?俺、そんなにカッコいい?」

おどけたように笑う律さんに、思わず手に持っていた食器を落としそうになる。

「はいはい、カッコいいですよ。」

肩をすくめて返すと、律さんはキッチンまでやってきて、私の背中にぴたりと寄り添った。あたたかな腕が、腰にまわる。

「……今日、欲しいの?」

小さく囁かれたその一言に、心臓が跳ねた。

「律さんって……私のこと、そういうふうに“欲しい”って思う時あるの?」

自分でもびっくりするような言葉が口をついて出た。律さんの動きがぴたりと止まる。

「え、え? なんで急に?」

「だって、同僚に言われたの。新婚のうちは、夜のルーティンがあるべきだって……」

ぼそっとそう言うと、律さんが後ろで吹き出したのがわかった。

「なんだそれ。じゃあ今日から“ルーティン”始める?」

「……冗談じゃない!」

振り返って睨んだつもりだったのに、律さんの笑顔を見てるうちに、こっちまでつられて笑ってしまった。

「確かに、俺たち……回数は少ないかもな。」

夕食の準備をしていたキッチンで、律さんがぽつりと漏らした。

次の瞬間、冷蔵庫の前に追い詰められ、壁に手をつかれる――まさかの壁ドン。

「千尋がいいのなら、俺、頑張るけど?」

真剣な眼差しに、私は首を横に振る。

「そうじゃないの。律さんが、したいかどうかです。」

その言葉に、律さんの頬がみるみる赤く染まっていくのがわかった。

「……俺主導でいいの?」

私は小さく、でもしっかりとうなずく。

「千尋ーっ!」

律さんは子どもみたいに私に抱きついた。

「俺がしたいって思った時に、全部受け入れてくれるの? 本当に?」

「……その時によりますけど。」

律さんの肩が一瞬だけしゅんと落ちる。

「やっぱり、千尋主導じゃん……」

拗ねたようにキッチンを離れようとする律さん。その背中を、私はすぐに抱きしめた。

「でもね、律さんが欲しがってくれるの、すごく嬉しいよ。」

ぎゅっと抱き返されたその腕の温もりが、私の胸をじんわりとあたためてくれた。

休日の昼下がり。

柔らかな陽射しがリビングに差し込むなか、律さんはソファで気持ちよさそうにうたた寝していた。

その静寂を破ったのは、ピコンというスマホの通知音。

ぼんやりとその音に反応した律さんは、手元のスマホを一度見て、それを裏返した。

──なに、今の。

ほんの小さな違和感だった。でも、その行動が気になって仕方なかった。

寝息を立てている律さんを横目に、私はそっとスマホを手に取る。

《元気?結婚したんだって?会ってお祝いしたい。》

送り主の名前は──涼花。

知らない名前。でも、その文面から察するに、律さんの知り合い、しかもかなり親しげな女性のようだった。
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