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第1部 売れ残り令嬢と、成り上がり伯爵の縁談
④
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「伯爵と結婚するしか、道は残されていないのですね……」
私はかすれた声でそう言った。力なく、けれど確かに。
父は書類に目を落としたまま、事務的に返す。
「断っても、これ以上の相手は出てこない。」
胸の奥がきしむように痛んだ。
言葉を失っていると、母が口を開いた。
「いいじゃない。お金を持っている人と結婚するのが、そんなに嫌なの?」
柔らかな声だった。
けれど、私にはその響きが冷たく感じられた。
「そういうわけでは……」と答えると、母は微笑んで言った。
「お父様も私も、クラリスの幸せを祈っているのよ。心からね。」
祈っている――その言葉が、虚しく響く。
私の気持ちも、希望も、すべて置き去りにされたまま。
「わかりました。このお話、お受け致します。」
それしか道がないのなら。
抗っても、私にはもう選べる立場などないのだ。
口にした途端、胸の奥がひどく冷えた。
まるで自分の人生が、誰かの都合で決まっていく感覚に、息が詰まった。
婚約の意思を告げると、父は「そうか」とひとことだけ呟いた。
私は静かに執務室を後にした。
廊下に出た瞬間、ちょうど妹のルシアがすれ違った。
「まあ、お姉様。なんだか浮かない顔してるわね?」
明るく笑うその顔は、陽の光を受けた陶器のようにきれいだった。
きめ細かな白い肌に、華やかなブロンドの髪。
そばかす一つない完璧な顔立ち。
私は思わず目をそらした。
今の私には、ルシアが眩しすぎる。
彼女にはすでに複数の公爵家から縁談が舞い込み、どの相手も熱心だった。
私が断られ続けた同じ世界で、妹は愛され、選ばれている。
「羨ましいわ、ルシア……」
「どうして羨ましいの?」
無邪気な声で尋ねるルシアに、私は答えられなかった。
視線をそらし、ただ足元の絨毯を見つめる。
「ねえ、お姉様。何かあったなら言って。私たちの仲じゃない。」
ルシアはそう言って、私の手をそっと取った。
柔らかくて、温かい手だった。
昔からそうだった。
甘え上手で、人に愛される術を自然と知っている子。
「……何もないわ。」
言いかけた言葉を飲み込んで、私は微笑んだふりをした。
本当は言いたかった。
羨ましいの。
あなたのように、美しく生まれたかった。
断られることのない未来が、最初から用意されていることが、どれほど幸福か。
でも——私は姉。
涙も弱音も、見せてはいけない立場だった。
私はかすれた声でそう言った。力なく、けれど確かに。
父は書類に目を落としたまま、事務的に返す。
「断っても、これ以上の相手は出てこない。」
胸の奥がきしむように痛んだ。
言葉を失っていると、母が口を開いた。
「いいじゃない。お金を持っている人と結婚するのが、そんなに嫌なの?」
柔らかな声だった。
けれど、私にはその響きが冷たく感じられた。
「そういうわけでは……」と答えると、母は微笑んで言った。
「お父様も私も、クラリスの幸せを祈っているのよ。心からね。」
祈っている――その言葉が、虚しく響く。
私の気持ちも、希望も、すべて置き去りにされたまま。
「わかりました。このお話、お受け致します。」
それしか道がないのなら。
抗っても、私にはもう選べる立場などないのだ。
口にした途端、胸の奥がひどく冷えた。
まるで自分の人生が、誰かの都合で決まっていく感覚に、息が詰まった。
婚約の意思を告げると、父は「そうか」とひとことだけ呟いた。
私は静かに執務室を後にした。
廊下に出た瞬間、ちょうど妹のルシアがすれ違った。
「まあ、お姉様。なんだか浮かない顔してるわね?」
明るく笑うその顔は、陽の光を受けた陶器のようにきれいだった。
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私は思わず目をそらした。
今の私には、ルシアが眩しすぎる。
彼女にはすでに複数の公爵家から縁談が舞い込み、どの相手も熱心だった。
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「羨ましいわ、ルシア……」
「どうして羨ましいの?」
無邪気な声で尋ねるルシアに、私は答えられなかった。
視線をそらし、ただ足元の絨毯を見つめる。
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ルシアはそう言って、私の手をそっと取った。
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「……何もないわ。」
言いかけた言葉を飲み込んで、私は微笑んだふりをした。
本当は言いたかった。
羨ましいの。
あなたのように、美しく生まれたかった。
断られることのない未来が、最初から用意されていることが、どれほど幸福か。
でも——私は姉。
涙も弱音も、見せてはいけない立場だった。
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