婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒

文字の大きさ
13 / 50
3、次の婚約者

しおりを挟む
私の声は震えていなかった。

グレイブの前では、こんな強気な言葉は言えなかったのに。

ベンジャミン王子の軽薄な色気と、父の押し付けが交差する今、私はなぜか冷静だった。

ベンジャミンは少し驚いたように目を見開き、それからまた笑った。

「なるほど。そういう強いところも君の魅力だ。ますます気に入ったよ」


私は何も言わず、その場を離れた。

背後で父が「アーリン!」と呼ぶ声が聞こえたが、応じる気にはなれなかった。

また、自分の意思とは関係のない婚約を迫られている。

誰かの都合で、誰かの思惑で。


でも、もう私はあのときのように黙って受け入れたりはしない。

心の中に、グレイブの言葉が蘇る――「俺は、アーリンだけにこの想いを伝えるよ」

私は唇を噛みしめながら、静かに階段を下りた。

私は誰の飾りでも、政治の駒でもない。

私は――私の心で、私の未来を選ぶ。


「……どうして、勝手に決めてしまったの?」

震える声で問いかけると、父――ワイズ公爵は眉ひとつ動かさず、低く言い放った。

「なぜそんなことを? だと? 一国の王子との縁談だぞ。お前のような、もう十八にもなって未婚の令嬢には、これ以上の相手など望めるものか!」

その言葉に、胸が焼けるように痛んだ。

“余った姫”――その言葉が突き刺さる。

私は物ではない、売れ残りでもない。なのに、父にとって私は“家の名誉を守るための駒”でしかなかった。

「でも、私は……私はそんな結婚、望んでいません!」

思わず叫ぶように口走った。だが父は、怒りすら見せず淡々と告げた。

「断る理由などない。王子が望んでいる。それで十分だ」

そう言って父は背を向けた。

まるで、私の意思など最初からなかったかのように。


そしてすべては、怒涛のように決まっていった。

婚礼の式は、たった一週間後に。

場所も、来賓も、式次第もすでに整っていた。

断る隙など与えられない。断ればワイズ家に泥を塗ることになると、母までが静かに言う。


ウェディングドレスまで、すでに縫製に入っているという。

真珠をあしらった純白のドレス。

私が望んだ未来のためではなく、王子の隣に立たされるための衣装。

その日、私は部屋に戻るとベッドにうつ伏せて泣いた。

「どうして……」

声にならない嗚咽が、何度も喉から漏れる。

夢見た結婚とはこんなものだっただろうか? 

誰かの思惑に振り回され、心のない誓いの言葉を述べさせられ、永遠を誓わされる。



自由も、愛も、もう私には残されていないのだろうか。

まるで――

「まるで、人形じゃない……」


笑うことも、泣くことも、嫌だと叫ぶことすら許されない。

ただそこにいればいい。

王家の肖像画に似合う妃として、美しく着飾って、黙って隣に立っていれば。


こんなの、人生じゃない。

グレイブの言葉が頭をよぎる。

「俺は、アーリンだけにこの想いを伝えるよ」

彼が夜に囁いたその声が、今は遠くに感じた。

あの夜のぬくもりも、優しい腕も。――もう二度と戻れないのだろうか。


私は両手で顔を覆い、ただ声もなく泣いた。

逃げ道は、どこにもなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完結]だってあなたが望んだことでしょう?

青空一夏
恋愛
マールバラ王国には王家の血をひくオルグレーン公爵家の二人の姉妹がいる。幼いころから、妹マデリーンは姉アンジェリーナのドレスにわざとジュースをこぼして汚したり、意地悪をされたと嘘をついて両親に小言を言わせて楽しんでいた。 アンジェリーナの生真面目な性格をけなし、勤勉で努力家な姉を本の虫とからかう。妹は金髪碧眼の愛らしい容姿。天使のような無邪気な微笑みで親を味方につけるのが得意だった。姉は栗色の髪と緑の瞳で一見すると妹よりは派手ではないが清楚で繊細な美しさをもち、知性あふれる美貌だ。 やがて、マールバラ王国の王太子妃に二人が候補にあがり、天使のような愛らしい自分がふさわしいと、妹は自分がなると主張。しかし、膨大な王太子妃教育に我慢ができず、姉に代わってと頼むのだがーー

あの日々に戻りたくない!自称聖女の義妹に夫と娘を奪われた妃は、死に戻り聖女の力で復讐を果たす

青の雀
恋愛
公爵令嬢スカーレット・ロッテンマイヤーには、前世の記憶がある。 幼いときに政略で結ばれたジェミニ王国の第1王子ロベルトと20歳の時に結婚した。 スカーレットには、7歳年下の義妹リリアーヌがいるが、なぜかリリアーヌは、ロッテンマイヤー家に来た時から聖女様を名乗っている。 ロッテンマイヤーは、代々異能を輩出している家柄で、元は王族 物語は、前世、夫に殺されたところから始まる。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

[完結]出来損ないと言われた令嬢、実は規格外でした!

青空一夏
恋愛
「おまえなど生まれてこなければ良かったのだ!」そうお父様に言われ続けた私。高位貴族の令嬢だったお母様は、お父様に深く愛され、使用人からも慕われていた。そのお母様の命を奪ってこの世に生まれた私。お母様を失ったお父様は、私を憎んだ。その後、お父様は平民の女性を屋敷に迎え入れ、その女性に子供ができる。後妻に屋敷の切り盛りを任せ、私の腹違いの妹を溺愛するお父様は、私を本邸から追い出し離れに住まわせた。私は、お父様からは無視されるか罵倒されるか、使用人からは見下されている。そんな私でも家庭教師から褒められたことは嬉しい出来事だった。この家庭教師は必ず前日に教えた内容を、翌日に試験する。しかし、その答案用紙さえも、妹のものとすり替えられる。それは間違いだらけの答案用紙で、「カーク侯爵家の恥さらし。やはりおまえは生まれてくるべきじゃなかったんだな」と言われた。カーク侯爵家の跡継ぎは妹だと言われたが、私は答案用紙をすり替えられたことのほうがショックだった。やがて学園に入学するのだがーー これは父親から嫌われたヒロインが、後妻と腹違いの妹に虐げられたり、学園でも妹に嫌がらせされるなか、力に目覚め、紆余曲折ありながらも幸せになる、ラブストーリー。 ※短編の予定ですが、長編になる可能性もあります。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

恩知らずの婚約破棄とその顛末

みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。 それも、婚約披露宴の前日に。 さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという! 家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが…… 好奇にさらされる彼女を助けた人は。 前後編+おまけ、執筆済みです。 【続編開始しました】 執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。 矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

処理中です...