婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒

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3、次の婚約者

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夜の風が静かにカーテンを揺らしていた。

眠れぬまま、私はグレイブの元へと足を運んだ。

もう会えなくなる前に――彼に、きちんと別れを告げなければならなかった。


月明かりの下、いつものように城壁のそばで待っていたグレイブは、私の姿を見ると、ゆっくりと立ち上がった。

「来てくれたんだな。」

その声に、私は堪えていた涙をこぼす。

「グレイブ……私、結婚するの。もう逃げられないの。」

グレイブの表情は揺れなかった。

ただ、少しだけ目を細めて、穏やかに言った。

「おめでとう、アーリン」


――おめでとう。

その言葉が、何よりも胸に刺さった。彼の心が、自分から完全に離れてしまったような気がして。


「どうして……あなたは……そんなに優しくできるの……? 本当は結婚なんてしたくないの。ベンジャミン王子がどれだけ高貴でも、私の心は、あなただけなのに……」

私はグレイブの胸にすがりついた。

もう、誰にも届かないような小さな声で呟く。

「どこか遠くに行ってしまいたい。あなたと……二人で……」

その言葉に、グレイブの腕がそっとアーリンの肩を抱いた。彼の声は、まっすぐで強かった。

「――じゃあ、行こう」

「え……?」

「君を迎えに行くよ、結婚式の日に。俺が、君をさらいに行く」

「そんな……! だって、それは……」

「そんな状態で、結婚なんて無理だろ。心がそこにないんだ。誰の許しもいらない。俺は、君を守るって決めた。今度こそ、迷わない」

彼の胸の中で私は震えた。夢でも聞き間違いでもない。これは――希望だった。


「……本当に来てくれるの?」

「当たり前だ。君をあんな奴の手に渡してたまるか。もう誰にも何も言わせない。俺は、アーリンと結婚する。」

その言葉に、私は深く頷いた。

「私、待ってる。たとえ世界中を敵に回しても、あなたが来てくれるなら、私は行くわ。」


静かな夜に、二人の決意だけが強く響いた。遠く鐘の音が鳴り、結婚式まで残された時間を告げていた。

だがその瞬間、私の瞳に再び光が灯った。

これは終わりではない――新しい始まり。

そして 私ははもう迷わなかった。


遠く鐘の音が響く。

アーリンは純白のドレスに身を包み、静かに馬車の揺れに身を任せていた。

たどり着いたのは、隣国の壮麗な王宮。重たく装飾された扉の先に、彼女の運命が待っている――はずだった。


「グレイブは……来る」

何度も心の中で繰り返す。胸の奥で、小さな希望の炎を灯して。

式場に入ると、賓客たちの視線が彼女に集まった。

王族、貴族、誰もが整った笑顔で「祝福」を注いでくる。

その中央、王冠をかすかに傾けて立つベンジャミン王子がいた。相変わらず冷静で、隙のない立ち姿。


――グレイブ、早く。

アーリンの心は逸っていた。

今、扉が開いて、彼が現れる。

そんな奇跡があるはずだと信じていた。

だが、誓いの言葉が近づくにつれ、時間は残酷に進んでいく。


神官の声が、静寂を切り裂く。

「それでは、新郎新婦の誓いの言葉を。アーリン・ワイズ、あなたはベンジャミン王子を夫とし、生涯変わらぬ愛を誓いますか?」

アーリンの視界がかすむ。

会場は静まり返り、誰もが彼女の返事を待っていた。


ベンジャミン王子が小さく微笑み、耳元で囁く。

「……もう私との結婚生活を想って胸がいっぱいなのだね。安心して。君を幸せにする」

その声音はやさしく聞こえながらも、底に冷たい確信を滲ませていた。

彼は自信に満ちていた。逃げ場などないと理解している男の顔。

その瞬間、アーリンの背筋が凍る。


――違う。私はこんな形で誰かの妻になりたかったんじゃない。

「……誓いますか?」

再び神官の声。

その言葉が、ナイフのようにアーリンの胸をえぐる。

――グレイブ、お願い……来て。

一秒が永遠のように流れる。

指先が震え、唇が開きかけて――
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