ドクターダーリン【完結】

桃華れい

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第1部

フェーズ1-10

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 日曜日は梅雨の晴れ間だった。マンションのすぐ前にある臨海公園は広くてのどかな憩いの場で、休日には多くの人でにぎわう。カップルや家族連れが行き交う煉瓦道を、私と涼も並んで歩いていた。
「テレビ出演?」
「そう。日曜夜の医療バラエティー番組。一昨日、その番組のプロデューサーとやらが澄先生に出演交渉にきてたんだ。澄先生が断ったらしくて、俺が代わりに目をつけられた」
 その番組なら私も見たことがある。専門医や研究者がゲストとして出演し、最新の医療技術や研究成果などについて紹介する番組だ。出演者の中には他の番組やCMなどでも見かけ、タレントのように活躍する医師もいる。テレビ出演なんてすごいと思う反面、涼が遠くにいってしまいそうで喜べない。できれば出演してほしくない。
「もちろん断ったけど」
 それを聞いてほっとした。
「よかった。芸能人みたいになったら困る」
「ならないよ」
 涼は小さく笑った。大げさではない。こうして歩いてると、すれ違った女の人が振り向いていくくらい涼はかっこいいんだもの。テレビに出演なんてしたら、きっとたちまち人気者になってしまう。
 隣にいる私は、まわりからどう見えるんだろう。恋人に見えている自信は、ない。早く涼とつり合う女性になりたい。鷹宮先生のような知的で大人の女性に。
 手を繋ぎたいけど秘密だから繋げない。一緒に歩いてるだけなら、知り合いに見られたとしても「お世話になった先生に偶然会った」で済む。婚約したら堂々と手を繋いで歩けるのだろうか。そんなことを考えていたら大事なことを思い出した。
「お父さん、来週末に帰ってくるって」
 私の父は他県に単身赴任中で、一カ月に一度か二度、家に帰ってくる。金曜日の夜に帰ってきて、日曜日の午後にまた赴任先へ戻っていく。その父が帰ってくるタイミングに合わせて、涼が家に挨拶にきてくれることになっていた。
「わかった」
 プロポーズしてもらってから一週間が経った。実はまだ半信半疑だ。本当にいいのかな。気が変わって後悔してないかな。不安で涼の表情をうかがってしまう。
「両親に許してもらえたら、すぐに婚約指輪、見にいこうな」
 そのひと言でそれまでの不安は吹き飛んだ。私は笑顔になって大きく頷いた。 


「憂うつだなあ」
 今日は朝から雨が絶え間なく降りつづけている。薄暗い窓の外を眺めながら、愛音がぼやいた。
「こんな時期にテスト勉強なんてありえない。つくづく付属高でよかったと思うわ」
 この高校は隣に建つ大学の付属高校で、卒業後はエスカレーター式に大学へ進学することができる。テストは他の高校と同じようにあるものの、よほどひどい成績でない限り進学に影響はない。
「なのになんで勉強してんの?」
 くるりと振り向き、机にノートとテキストを広げてテスト勉強をしている私に向かって愛音が言った。
「成績が落ちたら親に涼のこと反対されそうだから」
 来週は一学期の期末テストがある。もし成績が落ちたら、涼と付き合っていることで勉強をおろそかにしていると思われる。婚約を許してもらえないかもしれない。マイナス評価につながりそうな要素は、できるだけ取り除いておきたい。いつも涼と会う日曜日の帰りは、あまり遅くならないようにと涼が気遣ってくれて、早めに家まで送り届けてくれる。付き合い始めてからあからさまに帰宅時間が遅くなったとか、外泊するようになったとかはない。その点は大丈夫だろう。
「テストのあとだっけ? 緊張のご対面」
「うん」
「どんな反応するだろうね、彩の両親。驚くだろうなあ。だって、まさかの相手じゃん?」
 両親の反応は私も気になっている。驚かれるのは間違いない。問題はそのあとだ。反対される可能性はある。理由は考えるまでもなく私が高校生だから。それと、もうひとつ気になっていることがある。涼が言っていた、私の担当医だからこそ反対されるかもしれないとは、どういうことなんだろう。
「彩? どうかした?」
 愛音が私の顔を覗き込んでいた。
「ううん、なんでもない」
 気を取り直して再びノートの上にシャーペンを走らせる。
「来年もこうやって勉強してそうだよねえ。両立できそう?」
 両立とは大学と結婚生活のことだろう。婚約のことは学校では秘密だから、決定的なワードは避けて会話してくれている。
「がんばる」
 両親に婚約を許してもらえたら、高校を卒業後に入籍することになるんだと思う。私は大学に通いながら涼と結婚生活を送る。大学でもテストはあるから、愛音の言うように来年もこうしてテスト勉強をしてるだろう。仕事が多忙な涼のこともしっかり支えたい。両立できるだろうか。それともまさか、涼の言う「卒業」とは、卒業のこと? それだとあと四年以上もある。そんなの、長すぎる。「大人になるまで待てない」と言ってくれたのだから、違うよね。
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