死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸

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第1章〜塔の上の指揮者〜

第4話・後編〜鍛冶場に灯る再起の火〜

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それから、いくつかの時間が過ぎた。

 

視線の先――火の前に立つオルトの背中が、どこかしゃんとして見える。
あれほど沈んでいた男が、こうしてもう一度、鍛冶屋として立っている。

 

あの言葉が、あの鍬が、ちゃんと届いていたんだ。
だからこそ、彼は今、火の前に立っている。

 

……そう思いながら、俺は静かに彼の背中を見ていた。

 

オルトが黙々と鉄を打ち始めた鍛冶場には、炉の音が確かに響いていた。

 

だが、その振りはまだ重く、鋼の焼けも甘い。
長い空白が、彼の技を鈍らせていたのは否めない。

 

「……火、ちょっと弱いですね。もう少し空気送ったほうがいいかも」

 

つい口をついて出たひと言に、オルトはちらりとこちらを見て、ふんと鼻を鳴らした。

 

「……見てるだけの若造が、口を挟むなって言いたくなるところだが……まあ、その通りだな」

 

ぶっきらぼうに言いながらも、彼はすぐに空気穴の調整を始める。
プライドがないわけじゃないはずだが、それでも手を止めないあたり――やはり職人だ。

 

一打、また一打。
彼の金槌が火花を散らすたびに、かつての感覚が少しずつ蘇っていくのが見て取れた。

 

鋼の焼け色を読む目。
音を聞き分ける耳。
火と風の流れに合わせる呼吸。

 

まるで、全身が鍛冶のために整っていくようだった。

 

火が強まると同時に、打撃音も変わっていく。
最初にあった迷いが、少しずつ削れていくのが分かる。

 

焼けた鉄に打ち込まれる一打一打に、確かな経験と誇りが戻ってくる。

 

「……やっぱり、鍛冶師なんですね」

 

俺の言葉に、オルトは視線も寄越さず答えた。

 

「指が勝手に動く。それだけだ。……頭ん中はまだ真っ白だがな」

 

素直じゃないくせに、どこか楽しげな声。
その微かな温度に、俺も思わず笑みをこぼした。

 

それから言葉はなくなった。
ただ、火と金槌の音だけが、鍛冶場を満たしていく。

 

一打、また一打。
額の汗を拭いもせず、オルトは黙々と金槌を振るい続けた。
まるで、過去の自分と語り合うように――。

 

彼は何本も鍬を作り直し、何度も火を焚き、鉄と向き合い続けた。

 

――そうして、数日が経ったある日のことだった。

 

鍛冶場の奥。
赤々と燃える炉の前で、オルトが仕上げた一本の鍬が、静かに冷まされていた。

 

俺はそっとそれを手に取る。

 

重さのバランス。鍛えられた金属の厚み。柄とのかみ合わせ。
どこをとっても、文句なしの一本だった。

 

(……もう、これ以上はない。まさに完成の域)

 

そう確信した瞬間、視界に淡い光が差し込んだ。

 


《クエスト達成》
【クエスト名】熾火の誓い
【達成報酬】《スキル:建築技術:貯蔵庫》
物資の長期保存が可能な倉庫を設計・建設可能になる
通気・遮熱構造を自動考慮し、劣化を抑制


 

その光を見て、ふと、数日前のことを思い出す。
自分の手で鍬を作ったあの日――

 

かつて火を絶った職人に、もう一度、鍛冶の火を灯せ。
失われた技と誇りを、再び打ち直せ――
それが、この《熾火の誓い》の目的だったのだ。

 

鍬を丁寧に元の台に戻すと、俺は深く息を吐いた。

 

ここまで来たという安堵。
オルトが再び鉄を打ち、完成までやり遂げたという、確かな達成感。

 

そして何より――
その手助けができたという、胸の奥にじんわり広がる誇らしさ。

 

「オルトさん」

 

声をかけると、オルトは煙管をくわえたまま、ちらりと目だけ向けてきた。

 

「なんだよ。仕上がりに文句でもあるのか?」

 

「まさか。これ以上の鍬なんて、俺には作れません。完敗です」

 

そう言うと、オルトはふっと鼻を鳴らした。

 

「……ようやくだよ。鍛冶と向き合えた気がする。逃げずに……まっすぐ打てた」

 

その声は、炉の火のように静かで、そして温かかった。

 

オルトの目は、炎を映してどこか遠くを見つめている。

 

「……十年も、火だけを焚いてた。打ちたくても、怖くてできなかった。
 けど――あの鍬を作って、ようやく思えた。“俺はまだ打てる”ってな」

 

俺は、小さく頷いた。

 

「それを証明したのは、あなた自身ですよ。
 俺は……ただ、きっかけになれたなら、嬉しいです」

 

オルトは煙を一度吐き出し、口の端をわずかに上げる。

 

「……生き残った意味を、自分で作らないとな?」

 

その言葉に、俺は少し照れながらも、まっすぐ頷いた。

 

――鍛冶場に、静かな炎が灯っていた。

 

それは、過去に囚われた男が、ようやく未来へ踏み出した証。

 

そしてきっと、村全体が次へ進むための、新たな灯火でもあった。


◇ ◇ ◇

 

日が暮れ、鍛冶小屋の扉が軋む音を立てた。

 

顔を上げると、ユルグが立っていた。
手には、使い込まれた鍬を一本――肩にかついでいる。

 

「よぉ、オルト。……使ってみたぜ、お前さんの鍬」

 

そう言って、泥のついた鍬を俺の前にそっと置く。

 

「軽ぇのに、ぐんぐん土に入ってく。……魔法かって思ったくらいだ」

 

ユルグの言葉に、胸の奥がちくりと疼いた。
かつての自分が、確かにここにいた。
そして――逃げていた。

 

「……悪かったな、ユルグ」

 

「……ん?」

 

「あのとき……修行先の村から逃げ帰った時に……お前らに助けてもらったのに、俺は何も返さなかった。
全てを放り出して、ただ塞ぎ込んで……。何も見たくなかった」

 

握りしめた拳に、うっすらと汗が滲んでいた。

 

「怖かったんだ。もう一度何かを失うのが、誰かと向き合うのが」

 

その言葉に、ユルグはわずかに目を見開いたあと――
ふっと笑った。

 

「なんだ、そんなことか。困った時はお互い様だろ?
俺たち、誰も責めちゃいねぇよ」

 

「……ありがとう」

 

その言葉を口にした瞬間、
胸の奥で長いことくすぶっていた重荷が、すうっと消えていくような気がした。

 

きっと――この言葉を言える日を、俺はずっと探していたんだ。

 

「でな――」

 

ユルグが口元を綻ばせながら、鍬を肩に戻す。

 

「お前さんの鍬を見て、若いのが何人か言ってきたんだ。“オルトに教わりてぇ”ってよ」

 

俺は一瞬、返す言葉を失う。

 

「……は?」

 

「なに驚いてんだ。お前の腕は本物だって、皆分かってる。
頼まれちゃくれねえか? 弟子、取ってやってくれよ」

 

そう言って笑うユルグの姿に、昔と変わらない気安さがあった。

 

こいつとは、子どもの頃からの腐れ縁だ。
今さら気取る必要もない。

 

俺は煙管をくわえ直し、ひとつ深く煙を吐いた。

 

「……面倒なこったな。ま、暇つぶしくらいには、なるかもしれねぇが」

 

気づけば、口元がゆるんでいた。

 

かつてのように。
昔と変わらず、俺たちはこうやって言葉を交わせている。

 

ユルグはにやりと笑い、ひとこと。

 

「相変わらず素直じゃねえな。……じゃあ早速、明日連れてくるからな。よろしく頼んだぜ、先生」

 

煙の向こう、いつかの親友が手を振って鍛冶場を出ていく。

 

ようやく――
この村で、自分の居場所に手をかけられた気がした。

 



◆◇◆ 次回更新のお知らせ ◆◇◆

初回は【金・土・日】の3日連続更新!
本日は【第5話】まで公開していますので、ぜひ続きもご覧ください。

 

よろしければ「お気に入り登録」や「ポイント投票」「感想・レビュー」などいただけると、とても励みになります。
続きもがんばって書いていきますので、また覗いていただけたら嬉しいです。

 



◆◇◆ 後書き ◆◇◆

眠っていた鍛冶場に火が入り、止まっていた心が、ようやく動き出しました。
無骨な職人が、無言で鍬を打つその姿――地味なのに、妙に沁みます。

 

少しずつ整っていく村の“流れ”。
さて、次に整うのは、人と人の「仕組み」のようです。

 

◆次回:「ひとつの夢と四つの柱」

鍵を握るのは、頼れる(ちょっとクセのある)メンバーたち。
ばらばらだった人の輪が、少しずつ“組織”として動き出す様子を、
どうぞゆるやかに見守ってください。
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