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第1章〜塔の上の指揮者〜
第5話・前編〜監督サマと棟梁〜
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夕暮れどき。
今日も農地の整備と開墾の手伝いを終え、館に戻った俺を、セリアが待っていた。
「お疲れさまです、ルノス様。少し、お話を」
「ん? 何かあったか?」
俺が問い返すと、彼女は手元の資料を軽く持ち上げて見せた。
「村の状況が、目覚ましく変化しているのはご存知のとおりです。
オルト様の鍛冶場も軌道に乗り、農具の量産が進んでいますし――
ユルグ様の指導で、畑の拡張作業も各所で始まっています」
「ああ、だいぶ形になってきたな!
俺も毎日、手伝いに行ってるし……正直、これだけ人が前向きに動いてくれるなんて、思ってなかったよ」
言いながら、自然と口元がゆるんだ。
鍛冶場に火が戻り、弟子も育ち始めている。
開墾班は三つに増え、交代制での作業も機能し始めた。
村が少しずつ、だが確実に生き返っている――
そんな手応えがある。
しかし、セリアはその流れを受け止めつつ、静かに言った。
「その点について、ひとつ懸念があります」
「懸念?」
「収穫物の保管場所です」
セリアは窓の外――夕日に照らされる畑の方角に目をやった。
「この村では、長らく自家消費程度の栽培しか行われておらず、干し芋や豆など、長期保存できるものが主でした。
保存といっても、納屋の隅に積む程度で十分だったのです」
「ああ……そういう暮らしが続いてたわけか」
「ですが今は、畑が本格的に機能し始めています。
種類も量もこれまでとは桁違いですし、初期に植えた作物がすでに育ち始めています。
このままでは、せっかくの収穫が傷んでしまう可能性もあります」
セリアの声は穏やかだが、明らかな危機感が滲んでいた。
俺は腕を組んで、考えを巡らせた。
(たしかに、農地拡大にばかり気を取られてたかもしれないな……)
その時、不意に頭の奥で〈ピンッ〉という感覚が走った。
そして――視界の隅に、光の粒が収束し始める。
気づけば、目の前に青白いウィンドウが開かれていた。
⸻
《スキル:建築技術:貯蔵庫》解放済み
・物資の長期保存が可能な倉庫を設計・建設可能になる
・通気、遮熱構造を自動考慮し、劣化を抑制
⸻
「……あっ」
思わず声が漏れた。
(やべ……すっかり忘れてた)
オルトとの鍛冶の指導を終えた直後、あのとき確かに解放されていたスキルだ。
農具に集中していたせいで、すっかり意識の外に追いやっていた。
だが、今になってようやく腑に落ちる。
「その件なら――ちょうど、準備を進めていたところだ」
「……準備、されていたんですか?」
セリアが目を細めて、わずかに怪訝そうな表情を浮かべる。
だが、それ以上は何も言わなかった。
「分かりました。では、体制を整えましょう」
「ああ。とにかく人手が必要だ。
大工や若い奴らを中心に、動ける人を集めておいてくれ。詳しい指示は、俺が現場で出す」
「承知しました。手配しておきます」
セリアが静かに頭を下げ、足早に去っていく。
――さあ、次は“備え”だ。
村の成長を確かなものにするために。
俺はゆっくりと腰を上げた。
◇ ◇ ◇
村の東側――畑の端で、若者たちの掛け声が響いていた。
「石をどかしたぞ! そっちはもう整ったか?」
中心に立っていたのはユルグだった。
土埃にまみれた顔は引き締まり、周囲に的確な指示を飛ばしている。
鍛冶場で作られた農具が行き届き、働き手が増え、開墾の進み具合は目覚ましい。
畑は、毎日少しずつ、確かに広がっている。
遠くからその光景を見届けた俺は、すでに別の場所にいた。
村の南端。これから貯蔵庫を建てる予定地だ。
(さて――こっちも、そろそろ始めるか)
その時、視界の隅に、薄く輝く文字が浮かび上がる。
⸻
《クエスト発生》
【クエスト名】備えの礎を築け
【達成条件】貯蔵庫を建設し、物資の備蓄体制を確立せよ
⸻
セリアとの会話で、“すっかり忘れていたスキル”を思い出したのはつい先日。
《建築技術:貯蔵庫》――まさに今の状況にぴたりとはまる技術だった。
倉庫の構造が頭の中に自然と浮かぶ。
湿気を逃がし、温度変化を抑え、風を通す設計。
保存効率の高い内部構造。
それらを、素人にも伝えられるよう仕上げる図面まで、自動的に整っている。
(やるべきことは、すでに決まってる。あとは、人を集めて実行するだけだ)
「――集まってくれてありがとう。今日から、貯蔵庫の建設に入る」
俺の言葉に、集まった十数人の村人たちが顔を上げた。
顔ぶれは、ここ数日で手伝いに来てくれていた若者たちを中心に、
ユルグが紹介してくれた力自慢の男たちだ。
「まずは位置決めと整地。それから柱の基礎を組む。
図面は俺が描くが、誰にでも分かるようにしてある。確認しながら進めよう」
「はいっ!」
「任せてくれ、領主様!」
顔つきが頼もしくなってきた連中の返事に、俺は小さくうなずいた。
と、そのときだった。
「おうおう……なんだ、ずいぶん整った“若衆”揃えてるじゃねえか」
土の上をどしどし踏み鳴らしてやって来たのは、年季の入った中年の男。
腕は節くれ立ち、腰には折れた差し金と木槌を下げている。
「俺ぁ、ケルベ。建築屋だった……いや、今でもそのつもりでいるよ」
「ケルベさん、建築の経験があるんですか?」
「おうよ。二十年やった。倉庫も家も柵も井戸もな。
……にしても、お前さん、若ェのにえらく場慣れしてるな?」
少しだけ挑むような視線を寄こしてくるその男に、俺は迷わず図面を差し出した。
「ちょうど助けが欲しいと思ってました。これ、見てもらえますか?」
ケルベは眉をひそめつつも、興味深そうに図面を手に取る。
数秒、無言で目を走らせ――その口元が、にやりと吊り上がった。
「へへっ、こりゃあ……やるじゃねえか、若ェの。
いや、こいつはマジで筋がいい。
誰かと思や、こりゃ現場叩きの監督サマだな。いいぜ、乗った。付き合うよ、旦那ァ」
笑いながら、肩をどんと叩いてくるケルベの手は、分厚くて温かかった。
◇ ◇ ◇
午前中には、敷地の整地と基礎石の配置が完了していた。
そこから先は、まさに“職人の出番”だった。
「おい、梁(はり)は水平出てっか。そっち、支柱の下に石詰めろ。……よし、そこ固定!」
ケルベの声が飛ぶたび、現場が動く。
指示は的確で、しかも言葉の選び方が素晴らしい。
職人の専門用語を使いつつも、簡易な言葉に縮めて伝える術を持っていた。
若い衆の動きも、見る間に変わっていく。
最初はおっかなびっくりだった手元が、数時間も経たずに道具の扱いに慣れ、声が通り、動きにリズムが生まれていく。
俺はその様子を眺めながら、ぽつりと告げた。
「……これが、“現場を回す”ってことか」
その言葉に、横から低く笑い声が返ってきた。
「へへっ、ちげぇねえ。けどな、旦那ァ。おれが回してんのは半分だけだ」
振り返ると、ケルベが図面を手に、あごをしゃくって基礎のあたりを指した。
「見ろよ、この通気層の設計。
湿気を逃がすために床下に空間を取って、さらに外壁からの風も通す構造になってる。
……こんな発想、俺でも思いつかねえよ」
「気温が高いと、中の作物が蒸れて腐るらしいんです。ちょっとした対策です」
「ちょっと、ねぇ……」
ケルベは感心したように図面を指でなぞりながら、ふと俺の顔を覗き込む。
「お前さん、どっかでこの建物、見てきたクチか?」
「――まあ、そんなところです」
(実際にはスキルの産物なんだが)
ケルベはしばし唸るように頷くと、急に大声を張り上げた。
「よし野郎ども、耳かっぽしってよく聞け!
四人で梁を上げる、アルト、釘打ちは慎重にな!」
その掛け声に、若者たちの返事が力強く返る。
材木の運搬、骨組みの設置、壁材の取り付け、屋根の葺(ふ)き作業――
すべてが一糸乱れぬ連携で進んでいった。
現場に風が吹き、木槌の音が響く。
村の端っこに建ち始めた倉が――確かに“変化の始まり”を告げていた。
今日も農地の整備と開墾の手伝いを終え、館に戻った俺を、セリアが待っていた。
「お疲れさまです、ルノス様。少し、お話を」
「ん? 何かあったか?」
俺が問い返すと、彼女は手元の資料を軽く持ち上げて見せた。
「村の状況が、目覚ましく変化しているのはご存知のとおりです。
オルト様の鍛冶場も軌道に乗り、農具の量産が進んでいますし――
ユルグ様の指導で、畑の拡張作業も各所で始まっています」
「ああ、だいぶ形になってきたな!
俺も毎日、手伝いに行ってるし……正直、これだけ人が前向きに動いてくれるなんて、思ってなかったよ」
言いながら、自然と口元がゆるんだ。
鍛冶場に火が戻り、弟子も育ち始めている。
開墾班は三つに増え、交代制での作業も機能し始めた。
村が少しずつ、だが確実に生き返っている――
そんな手応えがある。
しかし、セリアはその流れを受け止めつつ、静かに言った。
「その点について、ひとつ懸念があります」
「懸念?」
「収穫物の保管場所です」
セリアは窓の外――夕日に照らされる畑の方角に目をやった。
「この村では、長らく自家消費程度の栽培しか行われておらず、干し芋や豆など、長期保存できるものが主でした。
保存といっても、納屋の隅に積む程度で十分だったのです」
「ああ……そういう暮らしが続いてたわけか」
「ですが今は、畑が本格的に機能し始めています。
種類も量もこれまでとは桁違いですし、初期に植えた作物がすでに育ち始めています。
このままでは、せっかくの収穫が傷んでしまう可能性もあります」
セリアの声は穏やかだが、明らかな危機感が滲んでいた。
俺は腕を組んで、考えを巡らせた。
(たしかに、農地拡大にばかり気を取られてたかもしれないな……)
その時、不意に頭の奥で〈ピンッ〉という感覚が走った。
そして――視界の隅に、光の粒が収束し始める。
気づけば、目の前に青白いウィンドウが開かれていた。
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《スキル:建築技術:貯蔵庫》解放済み
・物資の長期保存が可能な倉庫を設計・建設可能になる
・通気、遮熱構造を自動考慮し、劣化を抑制
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「……あっ」
思わず声が漏れた。
(やべ……すっかり忘れてた)
オルトとの鍛冶の指導を終えた直後、あのとき確かに解放されていたスキルだ。
農具に集中していたせいで、すっかり意識の外に追いやっていた。
だが、今になってようやく腑に落ちる。
「その件なら――ちょうど、準備を進めていたところだ」
「……準備、されていたんですか?」
セリアが目を細めて、わずかに怪訝そうな表情を浮かべる。
だが、それ以上は何も言わなかった。
「分かりました。では、体制を整えましょう」
「ああ。とにかく人手が必要だ。
大工や若い奴らを中心に、動ける人を集めておいてくれ。詳しい指示は、俺が現場で出す」
「承知しました。手配しておきます」
セリアが静かに頭を下げ、足早に去っていく。
――さあ、次は“備え”だ。
村の成長を確かなものにするために。
俺はゆっくりと腰を上げた。
◇ ◇ ◇
村の東側――畑の端で、若者たちの掛け声が響いていた。
「石をどかしたぞ! そっちはもう整ったか?」
中心に立っていたのはユルグだった。
土埃にまみれた顔は引き締まり、周囲に的確な指示を飛ばしている。
鍛冶場で作られた農具が行き届き、働き手が増え、開墾の進み具合は目覚ましい。
畑は、毎日少しずつ、確かに広がっている。
遠くからその光景を見届けた俺は、すでに別の場所にいた。
村の南端。これから貯蔵庫を建てる予定地だ。
(さて――こっちも、そろそろ始めるか)
その時、視界の隅に、薄く輝く文字が浮かび上がる。
⸻
《クエスト発生》
【クエスト名】備えの礎を築け
【達成条件】貯蔵庫を建設し、物資の備蓄体制を確立せよ
⸻
セリアとの会話で、“すっかり忘れていたスキル”を思い出したのはつい先日。
《建築技術:貯蔵庫》――まさに今の状況にぴたりとはまる技術だった。
倉庫の構造が頭の中に自然と浮かぶ。
湿気を逃がし、温度変化を抑え、風を通す設計。
保存効率の高い内部構造。
それらを、素人にも伝えられるよう仕上げる図面まで、自動的に整っている。
(やるべきことは、すでに決まってる。あとは、人を集めて実行するだけだ)
「――集まってくれてありがとう。今日から、貯蔵庫の建設に入る」
俺の言葉に、集まった十数人の村人たちが顔を上げた。
顔ぶれは、ここ数日で手伝いに来てくれていた若者たちを中心に、
ユルグが紹介してくれた力自慢の男たちだ。
「まずは位置決めと整地。それから柱の基礎を組む。
図面は俺が描くが、誰にでも分かるようにしてある。確認しながら進めよう」
「はいっ!」
「任せてくれ、領主様!」
顔つきが頼もしくなってきた連中の返事に、俺は小さくうなずいた。
と、そのときだった。
「おうおう……なんだ、ずいぶん整った“若衆”揃えてるじゃねえか」
土の上をどしどし踏み鳴らしてやって来たのは、年季の入った中年の男。
腕は節くれ立ち、腰には折れた差し金と木槌を下げている。
「俺ぁ、ケルベ。建築屋だった……いや、今でもそのつもりでいるよ」
「ケルベさん、建築の経験があるんですか?」
「おうよ。二十年やった。倉庫も家も柵も井戸もな。
……にしても、お前さん、若ェのにえらく場慣れしてるな?」
少しだけ挑むような視線を寄こしてくるその男に、俺は迷わず図面を差し出した。
「ちょうど助けが欲しいと思ってました。これ、見てもらえますか?」
ケルベは眉をひそめつつも、興味深そうに図面を手に取る。
数秒、無言で目を走らせ――その口元が、にやりと吊り上がった。
「へへっ、こりゃあ……やるじゃねえか、若ェの。
いや、こいつはマジで筋がいい。
誰かと思や、こりゃ現場叩きの監督サマだな。いいぜ、乗った。付き合うよ、旦那ァ」
笑いながら、肩をどんと叩いてくるケルベの手は、分厚くて温かかった。
◇ ◇ ◇
午前中には、敷地の整地と基礎石の配置が完了していた。
そこから先は、まさに“職人の出番”だった。
「おい、梁(はり)は水平出てっか。そっち、支柱の下に石詰めろ。……よし、そこ固定!」
ケルベの声が飛ぶたび、現場が動く。
指示は的確で、しかも言葉の選び方が素晴らしい。
職人の専門用語を使いつつも、簡易な言葉に縮めて伝える術を持っていた。
若い衆の動きも、見る間に変わっていく。
最初はおっかなびっくりだった手元が、数時間も経たずに道具の扱いに慣れ、声が通り、動きにリズムが生まれていく。
俺はその様子を眺めながら、ぽつりと告げた。
「……これが、“現場を回す”ってことか」
その言葉に、横から低く笑い声が返ってきた。
「へへっ、ちげぇねえ。けどな、旦那ァ。おれが回してんのは半分だけだ」
振り返ると、ケルベが図面を手に、あごをしゃくって基礎のあたりを指した。
「見ろよ、この通気層の設計。
湿気を逃がすために床下に空間を取って、さらに外壁からの風も通す構造になってる。
……こんな発想、俺でも思いつかねえよ」
「気温が高いと、中の作物が蒸れて腐るらしいんです。ちょっとした対策です」
「ちょっと、ねぇ……」
ケルベは感心したように図面を指でなぞりながら、ふと俺の顔を覗き込む。
「お前さん、どっかでこの建物、見てきたクチか?」
「――まあ、そんなところです」
(実際にはスキルの産物なんだが)
ケルベはしばし唸るように頷くと、急に大声を張り上げた。
「よし野郎ども、耳かっぽしってよく聞け!
四人で梁を上げる、アルト、釘打ちは慎重にな!」
その掛け声に、若者たちの返事が力強く返る。
材木の運搬、骨組みの設置、壁材の取り付け、屋根の葺(ふ)き作業――
すべてが一糸乱れぬ連携で進んでいった。
現場に風が吹き、木槌の音が響く。
村の端っこに建ち始めた倉が――確かに“変化の始まり”を告げていた。
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