39 / 62
39話 夜会に招待されましたわ!①
しおりを挟むライル様と会えなくなってから一カ月以上が過ぎた。
毎日迎えに来る朝の馬車に、今日こそライル様が乗っているのではと期待して落ち込むのを何度繰り返しただろう。
ジークに送迎はいらないと言っても、ライル様からの指示だと返されるばかりだった。
せめてわたくしの想いだけでも伝えられればと、手紙を託しているが返事は一向にこない。
「ねえ、ジーク。ライル様はどうしてわたくしに会いにきてくださらないの? 貴方ならなにか知っているのでしょう?」
「ハーミリア様……申し訳ございません。今はなにもお話しできることがないのです。ひとつ言えるのは、ライオネル様はなにも変わっていないということです」
「……そう。わかったわ」
ジークとの変わらないやりとりも、これでもう十数回目だ。
馬車の窓から見える景色は変わっていないはずなのに、今のわたくしにはなんの色もついていないようだった。
道端に咲いている花も、風に揺れる木々も、澄み渡る空も、なにもかも灰色に映っていた。
「ハーミリアさん、おはよう。まあ、今日はより一層酷い顔になっているわね」
「シルビア様、おはようございます。そんなにひどいですか?」
「そうねえ、屋敷から美容部員を呼び出したくなるくらいにはひどいわね」
きっと、昨日夜遅くまでライル様のことを考えていたからだ。こんなに長い間会うことすらないのが初めてて、少し心が折れそうになっていたのだ。
結局、最終的にライル様を信じると結論づけたのは、空が白み始めた頃だ。
早めに登校してクリストファー殿下が来るまでの時間を、シルビア様と話す時間にあてていた。
「ふふ、そんなわたくしに気付いてくださるのは、シルビア様だけですわ」
「友人を気にかけるのは当然のことですわ! それにこういう時くらいゆっくり来ても問題ありませんのに」
「それはわたくしが嫌なのです。シルビア様とお話しする癒しの時間がなれけば、今日という日を乗り越えられませんわ」
「また、そんなことを言って……」
シルビア様は褒められるのになれていないのか、わたくしが好意的なことを伝えるといつも頬を薄紅色に染めて恥じらうのだ。
その様子がたまらなくかわいらしい。シルビア様に婚約者ができたら、ぜひシルビア様の魅力について語りたい。
「話は変わりますけど、私ひとつお伝えしなければならないことがございますの」
「はい、どのようなことでしょうか?」
「私、ライオネル様のファンクラブを退会しましたわ」
「ええっ! どうして——」
「だって、し、親友の婚約者のファンクラブにいつまでも入っているわけにいかないでしょう!」
今度は林檎のように頬を染めて、早口で捲し立てるシルビア様が本当にかわいらしい。そして、どうやら友人から親友に昇格したようだ。シルビア様の言葉に自然と笑顔になってしまう。
「違いますのよ! いえ、違わないのだけれど、私だって王太子殿下の婚約者候補ですから、そろそろお遊びは卒業しなければと思っていたのですわ!」
「そうですね、国内のご令嬢から選ばれるならシルビア様一択だと思います」
王家に忠誠を誓うモラクス公爵家のご令嬢で年齢も二歳差、学業も魔法も学年で五本の指に入る優秀な学生だ。真っ直ぐな心根は公正な国政を進めるのに相応しい。
補佐につく家臣をしっかり選べば、あとは強かな王太子殿下の采配でうまくやれるだろう。
「シルビア様が王太子妃として活躍されるのを、わたくしは楽しみにしてますわ」
「気が早いですわ、殿下が卒業されるまで誰が婚約者になるかわかりませんのに……」
そんな会話をしていたわたくしたちに影が落とされた。視線を上げれば、燃えるような赤髪に挑戦的な琥珀色の瞳のクリストファー殿下がニヤリと笑っている。
「ハーミリア、おはよう」
わたくしとシルビア様の朝の平和なひと時が打ち切られ、スンと笑顔を消して塩辛い態度に切り替えた。
シルビア様は完璧な淑女のご挨拶をして、自席に着く。
「おはようございます、クリストファー殿下。まだ帝国にはお戻りにならないんですね」
「ああ、お前を俺の婚約者にしたら即刻戻るつもりだ」
「それではいつまでも帝国に戻れないでしょうから、いい加減諦めた方がよろしいですよ」
「悪いが狙った獲物は逃したことがない」
心なしかいつもより機嫌のよさそうなクリストファー殿下に気が付いたけれど、そんな些細な変化を感じ取ったと思われるのが嫌で口をつぐんだ。
15
あなたにおすすめの小説
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
優しすぎる王太子に妃は現れない
七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。
没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。
だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。
国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。
盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない
当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。
だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。
「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」
こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!!
───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。
「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」
そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。
ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。
彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。
一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。
※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
婚約者を奪われ魔物討伐部隊に入れられた私ですが、騎士団長に溺愛されました
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のクレアは、婚約者の侯爵令息サミュエルとの結婚を間近に控え、幸せいっぱいの日々を過ごしていた。そんなある日、この国の第三王女でもあるエミリアとサミュエルが恋仲である事が発覚する。
第三王女の強い希望により、サミュエルとの婚約は一方的に解消させられてしまった。さらに第三王女から、魔王討伐部隊に入る様命じられてしまう。
王女命令に逆らう事が出来ず、仕方なく魔王討伐部隊に参加する事になったクレア。そんなクレアを待ち構えていたのは、容姿は物凄く美しいが、物凄く恐ろしい騎士団長、ウィリアムだった。
毎日ウィリアムに怒鳴られまくるクレア。それでも必死に努力するクレアを見てウィリアムは…
どん底から必死に這い上がろうとする伯爵令嬢クレアと、大の女嫌いウィリアムの恋のお話です。
裏切り者として死んで転生したら、私を憎んでいるはずの王太子殿下がなぜか優しくしてくるので、勘違いしないよう気を付けます
みゅー
恋愛
ジェイドは幼いころ会った王太子殿下であるカーレルのことを忘れたことはなかった。だが魔法学校で再会したカーレルはジェイドのことを覚えていなかった。
それでもジェイドはカーレルを想っていた。
学校の卒業式の日、貴族令嬢と親しくしているカーレルを見て元々身分差もあり儚い恋だと潔く身を引いたジェイド。
赴任先でモンスターの襲撃に会い、療養で故郷にもどった先で驚きの事実を知る。自分はこの宇宙を作るための機械『ジェイド』のシステムの一つだった。
それからは『ジェイド』に従い動くことになるが、それは国を裏切ることにもなりジェイドは最終的に殺されてしまう。
ところがその後ジェイドの記憶を持ったまま翡翠として他の世界に転生し元の世界に召喚され……
ジェイドは王太子殿下のカーレルを愛していた。
だが、自分が裏切り者と思われてもやらなければならないことができ、それを果たした。
そして、死んで翡翠として他の世界で生まれ変わったが、ものと世界に呼び戻される。
そして、戻った世界ではカーレルは聖女と呼ばれる令嬢と恋人になっていた。
だが、裏切り者のジェイドの生まれ変わりと知っていて、恋人がいるはずのカーレルはなぜか翡翠に優しくしてきて……
【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜
白崎りか
恋愛
色なしのアリアには、従兄のギルベルトが全てだった。
「ギルベルト様は私の婚約者よ! 近づかないで。色なしのくせに!」
(お兄様の婚約者に嫌われてしまった。もう、お兄様には会えないの? 私はかわいそうな「妹」でしかないから)
ギルベルトと距離を置こうとすると、彼は「一緒に暮らそう」と言いだした。
「婚約者に愛情などない。大切なのは、アリアだけだ」
色なしは魔力がないはずなのに、アリアは魔法が使えることが分かった。
糸を染める魔法だ。染めた糸で刺繍したハンカチは、不思議な力を持っていた。
「こんな魔法は初めてだ」
薔薇の迷路で出会った王子は、アリアに手を差し伸べる。
「今のままでいいの? これは君にとって良い機会だよ」
アリアは魔法の力で聖女になる。
※小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる