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幸せの部屋
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食事中は深刻な話題を避けた。ストーカーやセクハラの話などしたら、せっかくのムードが台無しになる。
だから、美味しい地中海料理を堪能したあと、落ち着いたところで切り出した。まず、鳥宮優一朗のつきまとい行為について。
私の後をつけたり、部屋の窓を覗いたり、果ては苦情の紙をポストに入れるという、嫌がらせまでしたことを。
智哉さんは厳しい顔つきで私の話を聞いた。
「それで、警察がベランダを調べたわけか。結果はどうだった?」
「あ、そういえば」
東松刑事が、鑑識の調査結果を電話で報告すると言っていた。
バッグからスマートフォンを取り出して着信履歴を見ると、緑警察署の電話番号がある。一時間ほど前にかかっているが、マナーモードにしていたので気付かなかった。
時計を確かめると、午後九時になろうとしている。
「東松さん、まだ警察署にいるかな」
智哉さんに断り、店の外に出て電話を折り返した。すると、東松さんは外出中とのことで、代わりに水野さんが対応してくれた。
「そうですか。ベランダに侵入した痕跡は、見つからなかったんですね」
『はい。なので、鳥宮が507号室に移動しようとして転落した可能性は、不明のまま処理することになりました。何か残っていれば、我々の推測も信憑性が増すのですがねえ』
水野さんは残念そうに言う。私としては、侵入の痕跡がなくて良かったような、真実がわからずかえって気味が悪いような、複雑な心境だった。
「わかりました。水野さん、このたびはありがとうございました。東松さんにも、よろしくお伝えください」
『こちらこそ、お手数をおかけしました。またどこかで東松をお見かけの際は、気軽に声をかけてやってください。喜びますので』
「えっ?」
東松さんが喜ぶ? ちょっと気になる言い方だった。
『それでは、失礼いたします』
「あ、はい。夜分にすみませんでした。失礼いたします」
どういう意味だろう。よくわからないが、東松さんの無愛想な顔を頭に思い浮かべて、なんだか可笑しくなる。クスクス笑いながら、智哉さんの待つテーブルに戻った。
「どうかしたのか」
「えっ、何がですか?」
席に着いた私に、智哉さんが不思議そうに訊いた。
「いや、えらく嬉しそうだから」
「ああ、違うんです。うふふ……あとで話しますね」
私は真面目になり、警察の調査結果について智哉さんに報告した。鳥宮さんがベランダに侵入した痕跡がないと知り、彼はホッとした様子になる。
「一件落着ってわけだ。まったく、とんでもない隣人だったな」
「うん。でも、今回のことは勉強になりました。私は今まで呑気すぎたのかも。世の中には、危ない人が普通に生活してるんだなあって」
智哉さんは何も言わず、私を見つめる。澄んだ瞳は、私の言葉を肯定していた。
「それで、私が笑ってたのは、東松っていう刑事さんのことです」
「例のコワモテ男?」
水野さんの言葉を、そのまま智哉さんに教えた。私は冗談のつもりで話したのだが、彼はクスリともしない。
「その水野というのは東松の上司だろう。どういうつもりで言ったのかな。コワモテ男を見かけても、声なんかかけなくていいぞ」
「え、ええ……」
つまらなそうな智哉さんの顔を見て、あれっと思う。
もしかして、東松さんを警戒しているのだろうか。でも、水野さんは、そんな深い意味で言ったのではなく、私だって本気で受け取ってはいない。
「あの、智哉さん。東松さんと私は別に……」
「もういい。その話はお終い」
智哉さんは私が言いわけしようとするのを遮り、席を立った。もしかして怒ったのかしらと不安になるが……
「それよりハル、まだ他に悩んでることがあるだろう。ゆっくり聞かせてくれ」
穏やかに言い、戸惑う私に手を差し伸べる。彼は既に、切り替えていた。
「場所を変えよう」
「は、はい」
先ほど垣間見えた彼の感情に少し驚いたけれど、胸がドキドキしている。あれは、嫉妬かもしれない。
優しく引き寄せられ、導かれるまま、二階のバーに移動した。
バーは床面積が一階の半分ほどだが、窓が広く、見晴らしが良い。ブルーの照明が落ち着いた雰囲気を醸している。
私と智哉さんは窓際のカウンター席に並んで座り、ロングカクテルを注文した。
だから、美味しい地中海料理を堪能したあと、落ち着いたところで切り出した。まず、鳥宮優一朗のつきまとい行為について。
私の後をつけたり、部屋の窓を覗いたり、果ては苦情の紙をポストに入れるという、嫌がらせまでしたことを。
智哉さんは厳しい顔つきで私の話を聞いた。
「それで、警察がベランダを調べたわけか。結果はどうだった?」
「あ、そういえば」
東松刑事が、鑑識の調査結果を電話で報告すると言っていた。
バッグからスマートフォンを取り出して着信履歴を見ると、緑警察署の電話番号がある。一時間ほど前にかかっているが、マナーモードにしていたので気付かなかった。
時計を確かめると、午後九時になろうとしている。
「東松さん、まだ警察署にいるかな」
智哉さんに断り、店の外に出て電話を折り返した。すると、東松さんは外出中とのことで、代わりに水野さんが対応してくれた。
「そうですか。ベランダに侵入した痕跡は、見つからなかったんですね」
『はい。なので、鳥宮が507号室に移動しようとして転落した可能性は、不明のまま処理することになりました。何か残っていれば、我々の推測も信憑性が増すのですがねえ』
水野さんは残念そうに言う。私としては、侵入の痕跡がなくて良かったような、真実がわからずかえって気味が悪いような、複雑な心境だった。
「わかりました。水野さん、このたびはありがとうございました。東松さんにも、よろしくお伝えください」
『こちらこそ、お手数をおかけしました。またどこかで東松をお見かけの際は、気軽に声をかけてやってください。喜びますので』
「えっ?」
東松さんが喜ぶ? ちょっと気になる言い方だった。
『それでは、失礼いたします』
「あ、はい。夜分にすみませんでした。失礼いたします」
どういう意味だろう。よくわからないが、東松さんの無愛想な顔を頭に思い浮かべて、なんだか可笑しくなる。クスクス笑いながら、智哉さんの待つテーブルに戻った。
「どうかしたのか」
「えっ、何がですか?」
席に着いた私に、智哉さんが不思議そうに訊いた。
「いや、えらく嬉しそうだから」
「ああ、違うんです。うふふ……あとで話しますね」
私は真面目になり、警察の調査結果について智哉さんに報告した。鳥宮さんがベランダに侵入した痕跡がないと知り、彼はホッとした様子になる。
「一件落着ってわけだ。まったく、とんでもない隣人だったな」
「うん。でも、今回のことは勉強になりました。私は今まで呑気すぎたのかも。世の中には、危ない人が普通に生活してるんだなあって」
智哉さんは何も言わず、私を見つめる。澄んだ瞳は、私の言葉を肯定していた。
「それで、私が笑ってたのは、東松っていう刑事さんのことです」
「例のコワモテ男?」
水野さんの言葉を、そのまま智哉さんに教えた。私は冗談のつもりで話したのだが、彼はクスリともしない。
「その水野というのは東松の上司だろう。どういうつもりで言ったのかな。コワモテ男を見かけても、声なんかかけなくていいぞ」
「え、ええ……」
つまらなそうな智哉さんの顔を見て、あれっと思う。
もしかして、東松さんを警戒しているのだろうか。でも、水野さんは、そんな深い意味で言ったのではなく、私だって本気で受け取ってはいない。
「あの、智哉さん。東松さんと私は別に……」
「もういい。その話はお終い」
智哉さんは私が言いわけしようとするのを遮り、席を立った。もしかして怒ったのかしらと不安になるが……
「それよりハル、まだ他に悩んでることがあるだろう。ゆっくり聞かせてくれ」
穏やかに言い、戸惑う私に手を差し伸べる。彼は既に、切り替えていた。
「場所を変えよう」
「は、はい」
先ほど垣間見えた彼の感情に少し驚いたけれど、胸がドキドキしている。あれは、嫉妬かもしれない。
優しく引き寄せられ、導かれるまま、二階のバーに移動した。
バーは床面積が一階の半分ほどだが、窓が広く、見晴らしが良い。ブルーの照明が落ち着いた雰囲気を醸している。
私と智哉さんは窓際のカウンター席に並んで座り、ロングカクテルを注文した。
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