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三十路のお見合い
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嶺倉京史とは一体何者なのか。
熱いシャワーを浴びながら、彼について考える。何ともいえない違和感が、頭をもたげてきた。
そもそも、あれほどの男性が私に一目惚れすること自体、おかしいとは思った。だけど、幸運の巡り合わせだと思い、ありがたく享受したのだ。
「でも、私のスリーサイズを把握してるなんて、どう考えても変よ。それに、彼が用意した真っ赤なドレスだって、色もデザインも、私のイメージとかけ離れてる」
違和感は大きくなり、嫌な予感でいっぱいになる。
バスタオルを巻いて脱衣室に出ると、小さく息をついた。汗を流してさっぱりしたが、疑問は拭えていない。
「もしかしたら、嶺倉京史が一目惚れした女性は別の誰かかもしれない。専務が勘違いして、私に話を持って来たとか?」
私はバスタオルで身体を拭き、折りたたんでからバスケットに入れた。そして、少しためらってから下着を身に着ける。薄い生地のショーツは、肌触りから高級品と分かった。
「もしも、別の誰かだったら……」
いや、それはない。見合い話を承諾してから、私も釣書を作成し、専務を通じて先方に渡してもらった。もちろん写真は添えてある。もしも人違いなら、すぐに連絡が来るはずだ。
洗面台の鏡に、下着姿を映した。腰回りに肉が付いたものの、一応くびれている。年相応のスタイルを飾るブラとショーツは、普段着けている安物とはフィット感がまったく違う。
それはもう、怖いほどに。
この下着は、嶺倉京史が吟味して選んだという。着け心地の良さは、間違いなく私が見合い相手だと証明していた。
「それにしても、どうやってスリーサイズを調べたのかしら」
考えれば考えるほど、彼の清潔な印象が崩れ、わけが分からなくなる。
鏡に映る私はドキッとするほど女っぽく、地味なアラサーとは思えないほど艶めかしい。下着のデザインのせいだと気付き、思わず目を逸らした。
嶺倉京史とは一体何者なのか。
「とにかく、お見合いの席に着こう。本人に会って、確かめるしかないわ」
ドライヤーで濡れた髪を乾かしていると、ドアの向こうから声が聞こえた。そういえば、彼女がいたのだった。
「北見様、私がヘアメイクをいたします。開けてもよろしいでしょうか」
「とてもよくお似合いです。さすが、嶺倉様のお見立てですわ。北見様の魅力を分かっておられるのですね」
ドレスを着た私を、澤田さんは褒め上げた。大げさな賛辞に困惑しつつ、私も驚いてしまった。
絶対に似合わない――
そう思っていたのに、鏡に映る女は、ハリウッドセレブが身に着けるような真っ赤なドレスを、違和感なく着こなしている。
冴えない枯れ女は何処へやら。まるで別人のよう。
(お化粧と、ヘアスタイルが違うからだわ)
澤田さんはブライダル部門の美容室を受け持つ、プロのヘアメイクアーティストだという。彼女のセンスと技術があってこそ変身できたのだ。
「すごい。さすがプロですね」
「いいえ。やはり、嶺倉様のお見立てが素晴らしいのです」
謙遜ではなく、本心からの発言だと分かった。彼女の口調は真面目で、どこにも遊びがない。
私はあらためて鏡に向き直り、ふと、胸もとに目を留める。
冷静になってみると、このドレスは襟が広く、かなり大胆なデザインだ。谷間が強調されて、実際のサイズよりボリュームが感じられる。
(お見合いの席でこれは、ちょっと、アレなのでは)
率直に言うと、恥ずかしい。無駄に大きいバストは、ただでさえ目を引きやすいのに、これでは視線を誘っているかのよう。
「あの、澤田さん。これ、何とかなりませんか」
胸の谷間を隠せないかと、相談する。彼女はうーんと考え込んだ。
「そうですねえ……」
「大胆すぎるというか……昼間だし、お見合いの席だし、露出は控えたほうがいいのでは?」
「しかし、他でもない嶺倉様のご希望なので」
私はハッとする。見合いに相応しくないドレスは、彼が選んだものだった。
「澤田さん。少し、お聞きしても良いですか? 嶺倉京史という男性は、一体どんな方なのでしょう」
「……釣書をご覧になられたのでは?」
「いえ、そうではなく」
知りたいのは、公表されたプロフィールではなく、彼と身近に接する人達のナマの声だ。何でもいいから、教えてほしかった。
「はあ……そう言われましても」
澤田さんは口ごもった。御曹司の見合い相手に先入観を持たせていいものかどうか、迷っているのだ。それに、コンプライアンスの問題もあるだろう。
困った様子を見て、私は追及するのをあきらめた。
「すみません、答えにくいですよね」
「いいえ、北見様」
澤田さんは大真面目な顔になり、私に近付いた。そして、他に誰もいないのに首をきょろきょろさせる。
「さ、澤田さん?」
「いずれ分かることなので、お教えいたします。どうやら北見様は、あの方を誤解されているようですし、ショックを和らげるためにも」
「……?」
どういうことだろう。
「端的に申し上げます。嶺倉様は……」
「は、はい」
耳もとに唇を寄せ、内緒話みたいに囁く彼女の口調が恐ろしい。
私は緊張し、ごくりと唾を呑み込んだ。
「嶺倉様は、かなりのドスケベでございます」
熱いシャワーを浴びながら、彼について考える。何ともいえない違和感が、頭をもたげてきた。
そもそも、あれほどの男性が私に一目惚れすること自体、おかしいとは思った。だけど、幸運の巡り合わせだと思い、ありがたく享受したのだ。
「でも、私のスリーサイズを把握してるなんて、どう考えても変よ。それに、彼が用意した真っ赤なドレスだって、色もデザインも、私のイメージとかけ離れてる」
違和感は大きくなり、嫌な予感でいっぱいになる。
バスタオルを巻いて脱衣室に出ると、小さく息をついた。汗を流してさっぱりしたが、疑問は拭えていない。
「もしかしたら、嶺倉京史が一目惚れした女性は別の誰かかもしれない。専務が勘違いして、私に話を持って来たとか?」
私はバスタオルで身体を拭き、折りたたんでからバスケットに入れた。そして、少しためらってから下着を身に着ける。薄い生地のショーツは、肌触りから高級品と分かった。
「もしも、別の誰かだったら……」
いや、それはない。見合い話を承諾してから、私も釣書を作成し、専務を通じて先方に渡してもらった。もちろん写真は添えてある。もしも人違いなら、すぐに連絡が来るはずだ。
洗面台の鏡に、下着姿を映した。腰回りに肉が付いたものの、一応くびれている。年相応のスタイルを飾るブラとショーツは、普段着けている安物とはフィット感がまったく違う。
それはもう、怖いほどに。
この下着は、嶺倉京史が吟味して選んだという。着け心地の良さは、間違いなく私が見合い相手だと証明していた。
「それにしても、どうやってスリーサイズを調べたのかしら」
考えれば考えるほど、彼の清潔な印象が崩れ、わけが分からなくなる。
鏡に映る私はドキッとするほど女っぽく、地味なアラサーとは思えないほど艶めかしい。下着のデザインのせいだと気付き、思わず目を逸らした。
嶺倉京史とは一体何者なのか。
「とにかく、お見合いの席に着こう。本人に会って、確かめるしかないわ」
ドライヤーで濡れた髪を乾かしていると、ドアの向こうから声が聞こえた。そういえば、彼女がいたのだった。
「北見様、私がヘアメイクをいたします。開けてもよろしいでしょうか」
「とてもよくお似合いです。さすが、嶺倉様のお見立てですわ。北見様の魅力を分かっておられるのですね」
ドレスを着た私を、澤田さんは褒め上げた。大げさな賛辞に困惑しつつ、私も驚いてしまった。
絶対に似合わない――
そう思っていたのに、鏡に映る女は、ハリウッドセレブが身に着けるような真っ赤なドレスを、違和感なく着こなしている。
冴えない枯れ女は何処へやら。まるで別人のよう。
(お化粧と、ヘアスタイルが違うからだわ)
澤田さんはブライダル部門の美容室を受け持つ、プロのヘアメイクアーティストだという。彼女のセンスと技術があってこそ変身できたのだ。
「すごい。さすがプロですね」
「いいえ。やはり、嶺倉様のお見立てが素晴らしいのです」
謙遜ではなく、本心からの発言だと分かった。彼女の口調は真面目で、どこにも遊びがない。
私はあらためて鏡に向き直り、ふと、胸もとに目を留める。
冷静になってみると、このドレスは襟が広く、かなり大胆なデザインだ。谷間が強調されて、実際のサイズよりボリュームが感じられる。
(お見合いの席でこれは、ちょっと、アレなのでは)
率直に言うと、恥ずかしい。無駄に大きいバストは、ただでさえ目を引きやすいのに、これでは視線を誘っているかのよう。
「あの、澤田さん。これ、何とかなりませんか」
胸の谷間を隠せないかと、相談する。彼女はうーんと考え込んだ。
「そうですねえ……」
「大胆すぎるというか……昼間だし、お見合いの席だし、露出は控えたほうがいいのでは?」
「しかし、他でもない嶺倉様のご希望なので」
私はハッとする。見合いに相応しくないドレスは、彼が選んだものだった。
「澤田さん。少し、お聞きしても良いですか? 嶺倉京史という男性は、一体どんな方なのでしょう」
「……釣書をご覧になられたのでは?」
「いえ、そうではなく」
知りたいのは、公表されたプロフィールではなく、彼と身近に接する人達のナマの声だ。何でもいいから、教えてほしかった。
「はあ……そう言われましても」
澤田さんは口ごもった。御曹司の見合い相手に先入観を持たせていいものかどうか、迷っているのだ。それに、コンプライアンスの問題もあるだろう。
困った様子を見て、私は追及するのをあきらめた。
「すみません、答えにくいですよね」
「いいえ、北見様」
澤田さんは大真面目な顔になり、私に近付いた。そして、他に誰もいないのに首をきょろきょろさせる。
「さ、澤田さん?」
「いずれ分かることなので、お教えいたします。どうやら北見様は、あの方を誤解されているようですし、ショックを和らげるためにも」
「……?」
どういうことだろう。
「端的に申し上げます。嶺倉様は……」
「は、はい」
耳もとに唇を寄せ、内緒話みたいに囁く彼女の口調が恐ろしい。
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