ワイルド・プロポーズ

藤谷 郁

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三十路のお見合い

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 そのフレーズ……つい最近、どこかで聞いたような気がする。
 しかし私は、のんびり思い出す余裕などなかった。
「嶺倉さんが、ド……ドスケベ?」
「はい」
 愕然とする私に、澤田さんは生真面目に返事する。冗談を言っている顔ではない。

「で、でも……見合い写真から受ける印象は、爽やかな紳士という感じでしたが」
 高級スーツを着こなし、まっすぐにこちらを見つめる好青年。上品そうな佇まいは、育ちの良さを窺わせた。紳士で優しそうな彼に、私は一目惚れしたのだが……
「もしかして、女好きってことですか?」
 そんなこと、考えたくない。だけど、このドレスといい下着といい、彼は女性の扱いに慣れしているし、しかもセクシーなイメージがお好みらしい。

「さすがにそれは、申し上げられません。ただ、ドスケベということは承知されておいたほうが、ショックが小さいかと」
 女好きでないスケベなんて、いるものか。
 私はいよいよ不安になり、お見合に対して腰が引けてきた。澤田さんは、その心情を察してか、穏やかに声をかける。
「北見様、大丈夫です。嶺倉様は一流企業『嶺倉水産』の後継者であり、すでに社長の肩腕と呼ばれるほど、仕事のできるお方です。その上、お背が高く、容貌の優れた素晴らしい男性ですよ」

 ドスケベだけど――

 澤田さんの発言は、ショックを和らげるどころか不安を煽るばかり。そもそも私は、スケベだとか下品だとか、その手の男は大嫌いなのだ。
 ドレスを脱ぎ捨て、帰りたくなってきた。しかしお見合いをすっぽかしたら、取り持ち役である専務の顔を潰すことになる。
 それに、嶺倉京史が紳士な男性だと思い込み、舞い上がったのは私。写真の印象だけで、その人を判断した私にも非があった。

「そろそろレストランの控え室に参りましょう。あ、その前に、先ほどのドレスの件ですが」
 澤田さんは時計を見てから、思い出したように言う。胸の谷間を隠したいという、私の要望についてだ。
「衣装部から、羽織るものを借りてきます。すぐに戻りますので、少々お待ちください」
「分かりました。あの、澤田さん」
 私はふと、気になった。今さらだけど、彼女はとても大変な発言をしたと思う。
「何でしょうか」
「嶺倉さんのことをドスケベだなんて、その……言ってしまって、叱られませんか」

 彼の見合い相手に悪口を吹き込んだも同然の行為だ。嶺倉京史は、このホテルに出資する嶺倉家の御曹司なのに。
「ああ、ご心配は無用です。嶺倉の坊ちゃんは、そんな狭量な方ではございません。それに……」
「えっ?」
 何が可笑しいのか、澤田さんはクスクスと笑った。
「あの方は健全なドスケベですから。ご本人が仰るには、案外純情なんだそうですよ」
「……」
 そのフレーズも、どこかで聞いた気がする。でもやはり、思い出せなかった。



 ドレス用ショールを羽織り、ブローチで留めた。ふわりとしたレース生地が、胸の谷間はもちろん、剥き出しの二の腕も隠してくれる。嶺倉京史は不満かもしれないが、これでいい。
 私は、彼が好むセクシーな女ではないのだから。

 澤田に案内されて控え室に行くと、金田専務が待っていた。私の姿を見て、目を丸くする。
「おお、馬子にも衣裳だな、北見君」
 驚くのも無理はない。私自身、これほど変身するとは思わなかった。
「チンピラに絡まれたと聞いて心配したが、こんなに豪華なドレスをプレゼントされるとは、災い転じて福となす、だ。そうだ、写真を撮って会社の連中に見せてやろう」 
「ちょっ……専務、やめてください」

 スマートフォンを取り出そうとする専務を全力で止めた。オフィスではいつも地味な格好なのに、何があったのかと思われる。
「恥ずかしいです。それに、お見合いしたことがばれてしまいます」
 見合いが成功し、正式に婚約するまで公にしないと言ったのは専務だ。
「もう決まったも同然だろう。嶺倉さんは大乗り気だし、君もまんざらでもない」
「う……」
 さっきまで、そうだった。私は胸もとのブローチをいじり、口ごもる。

(もし上手くいかなかったら、専務は怒るだろうな。例の見返りがパアだものね)

 金田専務は、嶺倉京史に私を紹介する代わり、嶺倉水産とライセンス契約を結ぶ約束をしたそうだ。嶺倉水産の人気商品を独占的に販売するとなれば、かなりの売上げが期待できる。
 ただし、無事ゴールインできたら……という条件付きだ。

 うきうきする専務の隣で、私はため息をつく。
(どちらにしろ、無理だわ。私……というより、向こうから断ってくるだろうし)
 嶺倉京史は、私をセクシーな女だとなぜか誤解している。私が彼を、紳士だと誤解したように。
 幸運な巡り合わせなど、幻だったのだ。

「しかし、嶺倉さんは人望があるんだなあ。支配人から聞いたんだが、地元の人間には老若男女問わず慕われているとか。ただちょっと、個性的だとか言ってたぞ。まあ、将来会社を背負って立つ男だ。どんな個性も受け入れて、支えてやってくれよ、北見くん!」
「はあ……」
 その個性とは、おそらく――
 駄目だ。私はその個性を、絶対に受け入れられない。 

(よりによって、ドスケベだなんて……健全だろうが何だろうが、スケベはスケベでしょ。大体、どうやったか知らないけど、人のスリーサイズを調査するなんて普通じゃないわ)

 ほんの短い時間に、彼への評価が一八〇度転換してしまった。
 再度転換する可能性は、あるのだろうか。
 見合い写真の彼を思い出し、心は千々に乱れた。

「失礼します。嶺倉様がお着きになりました」
 レストランの案内係が、嶺倉京史の到着を知らせた。
 ドキドキドキドキ……
 あり得ないほどの速さで胸が鳴る。
 こうなったらやるしかない。震える脚で立ち上がり、見合いの席へと向かった。
 

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