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三十路のお見合い
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「はじめまして。嶺倉京史と申します。このたびは私の不躾な申し出を受けてくださり、ありがとうございました」
彼は爽やかに微笑み、私に挨拶をした。
「北見君。ほれ、君も挨拶しないか」
「あ……は、はい。はじめまして。北見瑤子と申します」
専務に小声で促され、慌てて頭を下げる。うかつにも、彼に見惚れてしまった。
本物の嶺倉京史は、見合い写真と同じように……いや、もっともっとイケメンで、魅力的な男性だった。
豊かな髪をきれいに梳かし、髭の剃り残し一つない顔は目鼻凛々しく、清潔感がある。釣書どおりの長身で、体格も立派だ。仕立ての良いネイビースーツを着こなす彼は、実年齢よりも若く感じられる。
スケベでも下品でもない。目の前にいるのは、初夏の青空のように清々しい好青年だ。
「今朝ほどは災難でしたね。報告を受けて驚きましたが、あなたが無事だと聞いて心から安堵しましたよ」
男に絡まれた件だ。私は赤くなり、慌てて頭を下げる。
「ご心配をおかけして、申し訳ございません。その上、お部屋と着替えまで用意していただき、ありがとうございます」
彼は今初めて気付いたように、私のドレス姿を見回す。
「私が好きでプレゼントしたのですから、お気になさらず。思ったとおり、とてもよくお似合いです」
「は、はあ……どうも」
ショールについては言及しない。それから、下着についても。
彼の言動は極めて紳士的で、ドスケベとは思えない。爽やかな微笑みが自然体か、演技か、判断しかねた。もしかして、ドスケベというのは澤田さんの嘘?
(ダメダメ、どうして彼女を疑うのよ。それに、スリーサイズの謎がまだ解けてないわ)
頭を横に振り、安易な考えを打ち払った。
挨拶が済むと、揃って着席した。私と専務が横に並び、嶺倉さんは私の正面に座る。
「いやあ、素晴らしい眺望ですな」
二十階に位置するレストランの個室は窓が広く、太平洋が一望できる。景色を褒めたたえる専務に、嶺倉さんは満足そうに頷いた。
「私達地元の人間にとって、自然の景観は自慢の一つです。雄大な気分になるでしょう」
私も海に目をやり、しばし眺める。
毎日毎日、都会のオフィスでパソコンを睨むばかりの私にとって、この土地の何もかもが新鮮で、まぶしく感じられる。大自然の持つ、大らかさというのか――
ゆったりと弧を描く水平線は、緊張する心を穏やかにさせた。
正面に向き直ると、嶺倉さんと目が合った。
「景色、気に入ってくれましたか?」
「はい、とても」
嶺倉さんは目を細め、嬉しそうにする。彼の地元愛は本物のようだ。
自然を愛する男性……青い海原と同じように、大らかな人柄なのかもしれない。思わず知らず、私も微笑んでいた。
「さて、食事を始めましょう。お二人とも、今日はごゆっくり、海の幸を味わってください」
嶺倉さんは急に張り切った様子になり、ウエイターを呼んだ。
ほどなくして、コース料理が運ばれて来る。三人は乾杯し、世間話など交わしつつ、魚介料理に舌鼓を打つ。
謎は謎のままだが、とりあえず、見合いは予定どおり続行された。
料理はどれも最高だった。
特に、今朝水揚げされたばかりだというカレイの刺身は蕩けるような美味しさ。また、コンロで網焼きした磯がきも、香ばしい匂いがたまらない。この辺りでは夏が旬だと、嶺倉さんが教えてくれた。
景色はきれいだし、新鮮な魚介類を毎日食べられるなんてうらやましい。などと思っているうちに、デザート皿も空になり、あっという間に食事が終わっていた。
「それでは、私はこの辺で失礼いたします。あとは、若いお二人で楽しい時間をお過ごしください」
金田専務が名残惜しげに椅子を立った。
料理の素晴らしさに感動していた私は、ハッと我に返る。そういえば、取り持ち役の専務は途中で帰る予定だったのだ。
(ちょ……ちょっと待って)
料理に夢中になりすぎて、嶺倉さんに探りを入れ損ねた。専務がいるうちに、謎を解いておきたかったのに。
「じゃあな、北見君。嶺倉さんはすっかりその気だし、この見合いは成功したも同然。しかし油断は大敵だ。彼に失礼のないよう、頑張ってくれよ」
焦る私に専務は耳打ちし、嶺倉さんに丁寧に挨拶してから退席した。
(えええ……頑張れって、どうすれば)
静かな個室で、二人きりになった。急に空気の密度が濃くなり、息苦しさを覚える。
この男性と、一体どんな会話をすればいいのか。
「北見さん」
「は、はいっ」
低く、張りのある声が響く。
「今日の午前中、あなたは地元の人間らしき男に絡まれたとか」
沈黙を破ったのは嶺倉さん。しかも、今朝のできごとについて唐突に切り出した。私は緊張し、胸がドキドキしてきた。
「嫌な思いをされたことでしょう。無理にとは言いませんが、できれば、聞かせてもらいたい」
「え?」
嶺倉さんは、テーブルに身を乗り出す。専務がいる時より、親密な態度に感じられた。
「か、絡まれたことについて、ですか?」
「そうです。あなたに絡んだのは、一体どんな男でしたか」
なぜそんなことを訊くのだろう。
私は戸惑ったが、よく考えると、この町は嶺倉水産の地元。嶺倉家は町の治安維持に関わっているのかもしれない。
そういうことなら、ぜひ役に立ちたい。
私は今朝のできごとを思い出し、絡んできた男について、嶺倉さんに詳細に話した。
彼は爽やかに微笑み、私に挨拶をした。
「北見君。ほれ、君も挨拶しないか」
「あ……は、はい。はじめまして。北見瑤子と申します」
専務に小声で促され、慌てて頭を下げる。うかつにも、彼に見惚れてしまった。
本物の嶺倉京史は、見合い写真と同じように……いや、もっともっとイケメンで、魅力的な男性だった。
豊かな髪をきれいに梳かし、髭の剃り残し一つない顔は目鼻凛々しく、清潔感がある。釣書どおりの長身で、体格も立派だ。仕立ての良いネイビースーツを着こなす彼は、実年齢よりも若く感じられる。
スケベでも下品でもない。目の前にいるのは、初夏の青空のように清々しい好青年だ。
「今朝ほどは災難でしたね。報告を受けて驚きましたが、あなたが無事だと聞いて心から安堵しましたよ」
男に絡まれた件だ。私は赤くなり、慌てて頭を下げる。
「ご心配をおかけして、申し訳ございません。その上、お部屋と着替えまで用意していただき、ありがとうございます」
彼は今初めて気付いたように、私のドレス姿を見回す。
「私が好きでプレゼントしたのですから、お気になさらず。思ったとおり、とてもよくお似合いです」
「は、はあ……どうも」
ショールについては言及しない。それから、下着についても。
彼の言動は極めて紳士的で、ドスケベとは思えない。爽やかな微笑みが自然体か、演技か、判断しかねた。もしかして、ドスケベというのは澤田さんの嘘?
(ダメダメ、どうして彼女を疑うのよ。それに、スリーサイズの謎がまだ解けてないわ)
頭を横に振り、安易な考えを打ち払った。
挨拶が済むと、揃って着席した。私と専務が横に並び、嶺倉さんは私の正面に座る。
「いやあ、素晴らしい眺望ですな」
二十階に位置するレストランの個室は窓が広く、太平洋が一望できる。景色を褒めたたえる専務に、嶺倉さんは満足そうに頷いた。
「私達地元の人間にとって、自然の景観は自慢の一つです。雄大な気分になるでしょう」
私も海に目をやり、しばし眺める。
毎日毎日、都会のオフィスでパソコンを睨むばかりの私にとって、この土地の何もかもが新鮮で、まぶしく感じられる。大自然の持つ、大らかさというのか――
ゆったりと弧を描く水平線は、緊張する心を穏やかにさせた。
正面に向き直ると、嶺倉さんと目が合った。
「景色、気に入ってくれましたか?」
「はい、とても」
嶺倉さんは目を細め、嬉しそうにする。彼の地元愛は本物のようだ。
自然を愛する男性……青い海原と同じように、大らかな人柄なのかもしれない。思わず知らず、私も微笑んでいた。
「さて、食事を始めましょう。お二人とも、今日はごゆっくり、海の幸を味わってください」
嶺倉さんは急に張り切った様子になり、ウエイターを呼んだ。
ほどなくして、コース料理が運ばれて来る。三人は乾杯し、世間話など交わしつつ、魚介料理に舌鼓を打つ。
謎は謎のままだが、とりあえず、見合いは予定どおり続行された。
料理はどれも最高だった。
特に、今朝水揚げされたばかりだというカレイの刺身は蕩けるような美味しさ。また、コンロで網焼きした磯がきも、香ばしい匂いがたまらない。この辺りでは夏が旬だと、嶺倉さんが教えてくれた。
景色はきれいだし、新鮮な魚介類を毎日食べられるなんてうらやましい。などと思っているうちに、デザート皿も空になり、あっという間に食事が終わっていた。
「それでは、私はこの辺で失礼いたします。あとは、若いお二人で楽しい時間をお過ごしください」
金田専務が名残惜しげに椅子を立った。
料理の素晴らしさに感動していた私は、ハッと我に返る。そういえば、取り持ち役の専務は途中で帰る予定だったのだ。
(ちょ……ちょっと待って)
料理に夢中になりすぎて、嶺倉さんに探りを入れ損ねた。専務がいるうちに、謎を解いておきたかったのに。
「じゃあな、北見君。嶺倉さんはすっかりその気だし、この見合いは成功したも同然。しかし油断は大敵だ。彼に失礼のないよう、頑張ってくれよ」
焦る私に専務は耳打ちし、嶺倉さんに丁寧に挨拶してから退席した。
(えええ……頑張れって、どうすれば)
静かな個室で、二人きりになった。急に空気の密度が濃くなり、息苦しさを覚える。
この男性と、一体どんな会話をすればいいのか。
「北見さん」
「は、はいっ」
低く、張りのある声が響く。
「今日の午前中、あなたは地元の人間らしき男に絡まれたとか」
沈黙を破ったのは嶺倉さん。しかも、今朝のできごとについて唐突に切り出した。私は緊張し、胸がドキドキしてきた。
「嫌な思いをされたことでしょう。無理にとは言いませんが、できれば、聞かせてもらいたい」
「え?」
嶺倉さんは、テーブルに身を乗り出す。専務がいる時より、親密な態度に感じられた。
「か、絡まれたことについて、ですか?」
「そうです。あなたに絡んだのは、一体どんな男でしたか」
なぜそんなことを訊くのだろう。
私は戸惑ったが、よく考えると、この町は嶺倉水産の地元。嶺倉家は町の治安維持に関わっているのかもしれない。
そういうことなら、ぜひ役に立ちたい。
私は今朝のできごとを思い出し、絡んできた男について、嶺倉さんに詳細に話した。
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