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三十路のお見合い
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「その場所は、海沿いに並ぶホテルの裏手でした。景色がとてもきれいで、私は夢中で写真を撮っていたのです。その時突然『何してんだ、コラア!』っていう乱暴な声が聞こえて、振り向いたら、ホテルの裏口から男の人が何人か出て来て……」
嶺倉さんは頷きながら聞いている。私はできるだけ詳しく、男達の様子を伝えた。
「二十代から三十代くらいの、若い男達です。なぜか皆、アロハシャツを着ていました。下は白いハーフパンツと、サンダル履きだったと思います。どの男もいかつくて、いかにもならず者という雰囲気でしたが、中でも恐ろしかったのが、私に絡んできた男です」
「ほう」
嶺倉さんの眉がぴくりと動く。彼が一番聞きたいのは、その男についてなのだ。
「とにかく背が高くて、頑丈そうな身体つきでした。髪は伸びっぱなしのぼさぼさで、髭むくじゃらで、まるで熊みたい」
「熊?」
彼は目を丸くした。
「ええ、それも凶暴なヒグマ。声も態度も大きくて、何だか偉そうにしてるし、口調も荒っぽいし、最悪でした。だから私は、熊に気付かれないよう、じっとしてたんです」
「ふ、ふうん」
嶺倉さんは、よく分からないといった風に首を傾げる。身振り手振りで説明するのだが、ぴんとこないようだ。私はじれったくて、少しむきになった。
「大げさでなく、あの男はロクデナシです。粗暴で、下品で、女好きで」
「ちょっと待った」
いきなりストップがかかる。私はハッとして、彼と目を合わせた。
「粗暴で下品はともかく、女好きってどういうことだ。君はなぜ、そう思ったんだ?」
「え……」
どうしてか、心外そうな表情に見える。
「それは……会話の内容と、その後の行動から察するに……」
「どんな会話だった?」
なぜそんなことにこだわるのだろう。私は妙に思いつつ、あの男が女好きである根拠を、嶺倉さんに示した。
「あの男は、辺り憚らぬ大声で喋っていました。これから本命に会いに行くとか、彼女は俺のために生まれた女神だとか、は……早く抱きたいとか、恥ずかしげもなく」
仲間に指摘されたとおり、あの男はドスケベであり、あちこちの女に手を出す女好きなのだ。
「人ごとながら頭にきました。女性を何だと思ってるのかしら」
「人ごと……ああ、うん。確かに、その会話を聞けば腹が立つかもしれん、な」
嶺倉さんも納得したようだ。浮気男を軽蔑してか、眉間にしわを寄せている。
私は話すうちに、男の馴れ馴れしさを思い出し、ムカムカしてきた。
「知り合いを装って、私をナンパしたんですよ。自分のことを純情とか言ってたけど、言動不一致も甚だしい。これから本命に会いに行くのに、その前にナンパってどういうこと?」
「う、うむ。まったく、けしからん奴だな」
「そう思いますよね? 誘い文句もひどかったわ。俺の車でホテルに送るから、おいで……ですって! 私、思いきりびんたしてやりました。発情期の熊よ、アイツは」
「……」
ふと見ると、嶺倉さんはうつむき、頭を抱えている。
小刻みに肩を震わせて。
私は我に返り、声を荒げたことに気付く。ついむきになって、怒りを爆発させてしまった。嶺倉さんに当たっても仕方ないのに。
「す、すみません。思わず感情的になってしまいました」
「いや、同じ男として、あなたに済まなく思ったんです。あまりにもひどい話で、堪らなくなりました。その男、本当にまったく、あきれてしまう」
「嶺倉さん……」
胸がじいんとする。
彼は私の災難に同情し、心を痛めたのだ。同じ男でも、ナンパ男とは全然違う。やはり、嶺倉京史は見た目どおり紳士な男性なのだ。
澤田の言葉も、スリーサイズの謎も、私の頭から消え去っていた。
「嶺倉さん、ありがとうございます。私、もう大丈夫ですから。あなたがそんなに、辛くならないでください」
「ええ……北見さん」
彼は顔を上げた。男らしく爽やかな微笑みは、私の胸をきゅんとさせる。
「なぜあんな痛い思いをしたのか、よーく分かりました」
「えっ?」
痛い思い?
どういうことだろう。きょとんとする私に、嶺倉さんは肩をすくめてみせる。
「いや、何でもありません。ところで北見さん。あなたはナンパ男から逃げる際、落とし物をしたのでは?」
「落とし物……」
私はしばし考え、あっと声を上げる。
「ひ、日傘を落としました……けど、どうしてそれを」
「さあ、どうしてかな」
嶺倉さんはにやりとする。意味ありげな眼差しと、ちょっと意地悪そうに見える口もと。先ほどの、爽やかな笑みとは違う。
「あの、嶺倉さん?」
「少し待っていてください」
嶺倉さんは椅子を立ち、部屋を出て行ってしまった。
「……一体どこへ?」
ドアが閉まり、一人ぽつんと取り残された。誰もいない個室は静かすぎて、そわそわする。
「なぜ嶺倉さんが、日傘を落としたことを……」
彼の言動は一貫性がなく、意味が分からない。私は妙な胸騒ぎを覚えた。
もしかして嶺倉さんは、あのナンパ男と知り合いだったとか? 彼は地元の人間で、そういえば年恰好も男と同じくらいだ。同級生という線もあり得る。
日傘を落としたことは、あの男から前もって聞いていたのでは。絡まれた経緯を私に訊ねたのは、事件を裏付けるため?
(これからあの男を呼び出して、私に謝罪させるとか)
考えすぎだろうか。でも、ここにいるのはまずい気がしてきた。
焦って席を立ちかけた時、勢いよくドアが開いた。
「ひいっ!?」
私の前に現われたのは、嶺倉京史ではない。
髭むくじゃらの顔。頑健な体躯。派手なアロハシャツを着た、凶暴なヒグマだった。
嶺倉さんは頷きながら聞いている。私はできるだけ詳しく、男達の様子を伝えた。
「二十代から三十代くらいの、若い男達です。なぜか皆、アロハシャツを着ていました。下は白いハーフパンツと、サンダル履きだったと思います。どの男もいかつくて、いかにもならず者という雰囲気でしたが、中でも恐ろしかったのが、私に絡んできた男です」
「ほう」
嶺倉さんの眉がぴくりと動く。彼が一番聞きたいのは、その男についてなのだ。
「とにかく背が高くて、頑丈そうな身体つきでした。髪は伸びっぱなしのぼさぼさで、髭むくじゃらで、まるで熊みたい」
「熊?」
彼は目を丸くした。
「ええ、それも凶暴なヒグマ。声も態度も大きくて、何だか偉そうにしてるし、口調も荒っぽいし、最悪でした。だから私は、熊に気付かれないよう、じっとしてたんです」
「ふ、ふうん」
嶺倉さんは、よく分からないといった風に首を傾げる。身振り手振りで説明するのだが、ぴんとこないようだ。私はじれったくて、少しむきになった。
「大げさでなく、あの男はロクデナシです。粗暴で、下品で、女好きで」
「ちょっと待った」
いきなりストップがかかる。私はハッとして、彼と目を合わせた。
「粗暴で下品はともかく、女好きってどういうことだ。君はなぜ、そう思ったんだ?」
「え……」
どうしてか、心外そうな表情に見える。
「それは……会話の内容と、その後の行動から察するに……」
「どんな会話だった?」
なぜそんなことにこだわるのだろう。私は妙に思いつつ、あの男が女好きである根拠を、嶺倉さんに示した。
「あの男は、辺り憚らぬ大声で喋っていました。これから本命に会いに行くとか、彼女は俺のために生まれた女神だとか、は……早く抱きたいとか、恥ずかしげもなく」
仲間に指摘されたとおり、あの男はドスケベであり、あちこちの女に手を出す女好きなのだ。
「人ごとながら頭にきました。女性を何だと思ってるのかしら」
「人ごと……ああ、うん。確かに、その会話を聞けば腹が立つかもしれん、な」
嶺倉さんも納得したようだ。浮気男を軽蔑してか、眉間にしわを寄せている。
私は話すうちに、男の馴れ馴れしさを思い出し、ムカムカしてきた。
「知り合いを装って、私をナンパしたんですよ。自分のことを純情とか言ってたけど、言動不一致も甚だしい。これから本命に会いに行くのに、その前にナンパってどういうこと?」
「う、うむ。まったく、けしからん奴だな」
「そう思いますよね? 誘い文句もひどかったわ。俺の車でホテルに送るから、おいで……ですって! 私、思いきりびんたしてやりました。発情期の熊よ、アイツは」
「……」
ふと見ると、嶺倉さんはうつむき、頭を抱えている。
小刻みに肩を震わせて。
私は我に返り、声を荒げたことに気付く。ついむきになって、怒りを爆発させてしまった。嶺倉さんに当たっても仕方ないのに。
「す、すみません。思わず感情的になってしまいました」
「いや、同じ男として、あなたに済まなく思ったんです。あまりにもひどい話で、堪らなくなりました。その男、本当にまったく、あきれてしまう」
「嶺倉さん……」
胸がじいんとする。
彼は私の災難に同情し、心を痛めたのだ。同じ男でも、ナンパ男とは全然違う。やはり、嶺倉京史は見た目どおり紳士な男性なのだ。
澤田の言葉も、スリーサイズの謎も、私の頭から消え去っていた。
「嶺倉さん、ありがとうございます。私、もう大丈夫ですから。あなたがそんなに、辛くならないでください」
「ええ……北見さん」
彼は顔を上げた。男らしく爽やかな微笑みは、私の胸をきゅんとさせる。
「なぜあんな痛い思いをしたのか、よーく分かりました」
「えっ?」
痛い思い?
どういうことだろう。きょとんとする私に、嶺倉さんは肩をすくめてみせる。
「いや、何でもありません。ところで北見さん。あなたはナンパ男から逃げる際、落とし物をしたのでは?」
「落とし物……」
私はしばし考え、あっと声を上げる。
「ひ、日傘を落としました……けど、どうしてそれを」
「さあ、どうしてかな」
嶺倉さんはにやりとする。意味ありげな眼差しと、ちょっと意地悪そうに見える口もと。先ほどの、爽やかな笑みとは違う。
「あの、嶺倉さん?」
「少し待っていてください」
嶺倉さんは椅子を立ち、部屋を出て行ってしまった。
「……一体どこへ?」
ドアが閉まり、一人ぽつんと取り残された。誰もいない個室は静かすぎて、そわそわする。
「なぜ嶺倉さんが、日傘を落としたことを……」
彼の言動は一貫性がなく、意味が分からない。私は妙な胸騒ぎを覚えた。
もしかして嶺倉さんは、あのナンパ男と知り合いだったとか? 彼は地元の人間で、そういえば年恰好も男と同じくらいだ。同級生という線もあり得る。
日傘を落としたことは、あの男から前もって聞いていたのでは。絡まれた経緯を私に訊ねたのは、事件を裏付けるため?
(これからあの男を呼び出して、私に謝罪させるとか)
考えすぎだろうか。でも、ここにいるのはまずい気がしてきた。
焦って席を立ちかけた時、勢いよくドアが開いた。
「ひいっ!?」
私の前に現われたのは、嶺倉京史ではない。
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