ワイルド・プロポーズ

藤谷 郁

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三十路のお見合い

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「あっ、あなたは……どうして、何でここに……」
 私はうろたえ、椅子から飛び上がった。男はサンダル履きの足で、のしのしと近付いて来る。
 ぼさぼさの髪と髭のせいで表情が見えない。でも、笑顔でないのは確かだ。今朝、私はこの男を思いきりひっぱたいた。ナンパを突っぱねたことを逆恨みし、やり返すつもりだ。
(この男を呼んだのは嶺倉さん? だとしたら、何で、どうして彼が一緒じゃないの? こんな奴と二人きりにさせるなんて酷い)
 驚きと恐怖で声が出ず、身体が動かない。目の前に来た男は、サッと手を振り上げた。
(ぶたれる!)

 思わず目を閉じた。首をすくめ、身を縮こめて――

「……?」
 何の衝撃も感じない。恐る恐る目を開くと、きちんと折りたたまれた日傘があった。男が柄をこちらに向け、差し出している。
「これは、私の……」
「そう、君の落とし物。ったく、あんなに慌てて逃げなくてもいいだろ。傷付いたぜ」
 顔を上げた私に、男は不満げに言う。震える手で日傘を受け取りながら、あれっと思った。
(この人、声が嶺倉さんにそっくり……口調は違うけど、トーンが同じだわ)
 男の髭面をじっと見つめる。
 今までまったく気付かなかった。ビジュアルに差がありすぎて、ぴんとこなかったのだ。

「おっ、ようやく分かったかな?」
「はい?」
 男はずいっと前に出た。私は反射的に飛びのき、そのまま後ずさりする。
「あれっ、まだ分かんない?」
「な、何がですか?」
 じりじりと迫って来る。私は抵抗もできず、壁際に追い詰められてしまった。
「いやだから、俺のこと。そろそろ気付いてもいいんじゃないのって」
「い、一体、何の話ですか。大体、あなたは誰? 嶺倉さんとどんな関係なの?」
「はあ……まだそんなことを」
 男はなぜか落胆し、ため息を漏らす。でも、なぜそんなにがっかりするのだろう。言わんとすることも、まったく分からない。

「しょうがねえ。こうなったら」
 男はいきなり腕を伸ばし、壁に手を突いた。
「きゃあっ」
 壁ドンされた私は日傘を握りしめ、がたがたと震える。
 はだけたアロハシャツから、厚い胸板が覗く。引きしまった身体。腹筋が見事に割れている。凶暴な肉体から立ち上る男の匂いに戦慄した。
 私はこれから、発情期のヒグマに捕食されるのだ。
「今すぐ分からせてやるよ、俺のこと」
「やめてください。人を呼びますよっ」
「取って食いやしない。食いたいのは山々だが、ものには順序があるからな」
「どっ、どういうことですか。仰ることが、意味不明なんですけど!」
 男はもう一度、大きなため息をつく。
「……嶺倉の坊ちゃんと見合いしただろ」
 やはりこの男、嶺倉さんと知り合いなのだ。

「そっ、そんなこと、あなたに何の関係が……」
「ああいうのがタイプなのか」
 一方的に問い詰めてくる。私は怯えながらも反発を覚え、キッと睨み付けた。
「そうよ。嶺倉さんは優しくて、爽やかで、紳士な方ですから。私、下品な人は大嫌い」
「ふうん、なるほどね。だが、あいつだって相当なもんだぞ。俺に負けず劣らずのドスケベだ。そんなエロいドレスや、サイズぴったりの下着をプレゼントしたり」
「なっ!?」
 男は私の胸もとを覗くようにした。
「ショールなんかで隠さないでくれよ。セクシーなデザインが台無しだ」
「……」
 私は呆然とする。ドレスと下着の事情は、嶺倉さんしか知らないはず。嶺倉さんしか――
(え、ちょっと待って。負けず劣らずって……)

 ――あの方は健全なドスケベですから。ご本人が仰るには、案外純情なんだそうですよ。
 ――こいつらはドスケベって言うけど、案外純情なんだぜ。

 澤田さんの言葉は、男の発言と符合する。ドスケベで、案外純情。年恰好が同じで、声がそっくり。でもまさか、信じられない!

「マジで別人だと思ってたんだ。鈍いっつーか、観察力が足りないぜ」
 男は髭を掴み、バリバリッと剥いだ。
「ああっ」
 突如として表れた顔に愕然とする。これは、イリュージョン?
「くそ、両面テープがベタベタする」
 頬を撫でながら、付け髭をぽいと捨てる。そして今度は頭髪に手をやり、乱雑な仕草でむしり取った。ぼさぼさの髪はウイッグだったのだ。
 男はすっきりした様子で地毛をかき上げ、にやりとする。
「驚いたか」
「嘘……」

 意味ありげな眼差しと、ちょっと意地悪そうに見える口もと。
 凶暴なヒグマ『ミイちゃん』は、嶺倉京史だった。

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