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三十路のお見合い
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嘘よ。あの爽やかで、上品で、紳士な嶺倉さんが……よりによって、粗暴で、下品で、女好きのヒグマだったなんて。
ショックでめまいがしそうだった。
「騙したのね!」
「人聞きが悪いなあ」
責める私に、男……嶺倉さんは心外な顔をする。
「アロハの俺もスーツの俺も、嶺倉京史。その時々で使い分けてるだけだよ。ビジネスや見合いの席で、だらしない格好はできないだろ」
「でも、初めから名乗ってくれたらいいのに」
「名乗らなきゃ、君は見分けが付かないんだ」
「そ、それは……」
観察力が足りないと、彼は言いたいらしい。
「そもそも、君が勝手に勘違いして、俺をナンパ扱いしたんだろ。今朝の出会いを思い出してくれよ。俺は騙すどころか、素のまんまで君に接したぜ?」
「ううっ……」
言われてみれば、そのとおり。
私はあらためて、今朝のやり取りを思い出してみる。確かにこの人は、私を見合い相手の北見瑤子と認識して、声を掛けてきた。車でホテルに送ると言ったのは、見合い会場に送るという意味だった。
なのに私は、てっきりいやらしい意味だと受け取り、平手打ちを食らわせてしまった。
しかも思いっきり。
「勘違いされた上に、殴られた俺のほうがショックだよ」
「それは……悪いと思っています。すみません」
暴力を振るった件は弁解の仕様がなく、謝るしかない。
「痛かったなあ。ヨーコさんって、意外と暴力的で怖いヒトなんだ」
嶺倉さんは怯えたポーズを取り、わざとらしく頬を押さえる。まるで、被害者は自分だと言わんばかりだ。
(おかしいわよ、そんなの)
日傘をぎゅっと握りしめる。ヒグマに遭遇し、死ぬほど怖かったのは私なのに。
だんだん理不尽な気持ちになり、こちらの言い分をぶつけた。
「だって、見合い写真とあまりにも違いすぎます。誰だって別人だと思うわ」
「いーや、観察眼の問題だね」
「でも」
嶺倉さんは首を横に振り、私の手もとを見下ろす。
「俺はちゃんと気付いたよ。日傘を差した後ろ姿を見て、君が北見瑤子だと」
「あっ」
そういえば、私はあの時傘の影に隠れていた。しかも、彼に背を向けて。
「顔も確かめずに、なぜ私だと分かったんですか?」
「人ってさ、髪型や服装が違っても、佇まいは変わらないだろ?」
「佇まい……って、それだけで判断したと?」
何だか、取って付けたような理由だ。疑いの目を向けると、嶺倉さんはにんまりと笑った。
「もちろん、それだけじゃない。尻の大きさと形。スカートから覗く脚の白さ。美しいふくらはぎのライン。キュッと締まった足首。魅惑的なパーツをじっくり観察して、この女性は俺の女神……北見瑤子だと確信したのさ」
「なっ……」
このスケベ男! とんでもないセクハラ発言だ。というか、パーツで女性を見分けるって、どんな能力なの。
「でっ、でたらめです、そんなの」
「いいや、俺は君のカラダを憶えてる。初めて見た時点で、スリーサイズも把握した」
「はああ?」
ばかげた発言に呆れるが、思い当たることがあった。今私が身につけている下着は、嶺倉京史が用意したもの。ブラもショーツもサイズぴったりで、怖いほどフィットしている。
「信じられない。そんな、漫画みたいな話……」
「スリーサイズの目測は俺の得意技なんだ。なぜかって? それはドスケベだから」
まっすぐな目をして、ドスケベを自認する。
確かにこの男なら、スリーサイズの目測が可能かもしれない。
「言っておくが、カラダだけを好きになったんじゃないぜ。もちろん、顔立ちも気に入ってる。あと、中身もね」
「な、中身って。私のこと、何も知らないのに」
「大体分かるさ。だが、よくは知らない。だからこそ、こうして見合いを申し込んだわけ」
嶺倉さんはぐっと顔を近付け、さらに私を壁際に追い込む。両面テープのあとが間抜けっぽいが、全然笑えない。
「ちょ、近いですよ。近すぎっ……」
「軽い気持ちなら、面倒な手順を踏まない。俺は本気だよ。結婚を前提とする交際を君に望んでるんだ」
「け、結婚?」
「そうだ。瑤子さん、俺と結婚してくれ!」
情熱的な口調と、真剣な眼差し。生まれて初めて、男性からプロポーズされた。
独身主義者と揶揄される枯れ女が――
(ああ、ダメダメ!)
我に返り、慌てて目を逸らす。
こんな男、まったく好みじゃない。むしろ大嫌いなタイプなのに、うっかりときめいてしまった。
(冷静にならなきゃ……そうだ!)
私には、もう一つ言い分があった。それを思い出し、彼を睨み付ける。
「あなたは、私の他にも女性を口説いてますよね。さっきも言いましたけど、仲間と喋ってるの、聞こえたんです」
「は?」
とぼけた顔が、なぜかとてもムカつく。もはや私は、嶺倉京史に何の興味もなく、付き合うつもりもない。だけど、不実な言動は許せなかった。
「君の他に誰を口説いてるって?」
「だから、こんなに惚れてるのにとか、ちっともなびかないとか、大きな声で話してましたよね」
「ええ? ちょっと待ってくれよ……」
嶺倉さんはしばし考え、やがてぽんと手を叩いた。
「ああ、分かった。あいつのことか。あっはは……確かに口説いてるな。何だ、そんなこと気にしてたのか」
あっさりと認めた。悪びれないところが、ますます憎らしい。
「きっ、気にしてなんかいません。二股掛けるなんて最低だと、軽蔑してるんです。あなたのような女好きが、本気でお見合いなんかするわけない。それも、私みたいな女と……」
「何だって?」
嶺倉さんは急に真顔になり、じっと私を見つめる。
「私みたいな女って、どういう意味だ」
まるで、怒ったように言う。
私はわけが分からず、急激にドキドキしてきた。
ショックでめまいがしそうだった。
「騙したのね!」
「人聞きが悪いなあ」
責める私に、男……嶺倉さんは心外な顔をする。
「アロハの俺もスーツの俺も、嶺倉京史。その時々で使い分けてるだけだよ。ビジネスや見合いの席で、だらしない格好はできないだろ」
「でも、初めから名乗ってくれたらいいのに」
「名乗らなきゃ、君は見分けが付かないんだ」
「そ、それは……」
観察力が足りないと、彼は言いたいらしい。
「そもそも、君が勝手に勘違いして、俺をナンパ扱いしたんだろ。今朝の出会いを思い出してくれよ。俺は騙すどころか、素のまんまで君に接したぜ?」
「ううっ……」
言われてみれば、そのとおり。
私はあらためて、今朝のやり取りを思い出してみる。確かにこの人は、私を見合い相手の北見瑤子と認識して、声を掛けてきた。車でホテルに送ると言ったのは、見合い会場に送るという意味だった。
なのに私は、てっきりいやらしい意味だと受け取り、平手打ちを食らわせてしまった。
しかも思いっきり。
「勘違いされた上に、殴られた俺のほうがショックだよ」
「それは……悪いと思っています。すみません」
暴力を振るった件は弁解の仕様がなく、謝るしかない。
「痛かったなあ。ヨーコさんって、意外と暴力的で怖いヒトなんだ」
嶺倉さんは怯えたポーズを取り、わざとらしく頬を押さえる。まるで、被害者は自分だと言わんばかりだ。
(おかしいわよ、そんなの)
日傘をぎゅっと握りしめる。ヒグマに遭遇し、死ぬほど怖かったのは私なのに。
だんだん理不尽な気持ちになり、こちらの言い分をぶつけた。
「だって、見合い写真とあまりにも違いすぎます。誰だって別人だと思うわ」
「いーや、観察眼の問題だね」
「でも」
嶺倉さんは首を横に振り、私の手もとを見下ろす。
「俺はちゃんと気付いたよ。日傘を差した後ろ姿を見て、君が北見瑤子だと」
「あっ」
そういえば、私はあの時傘の影に隠れていた。しかも、彼に背を向けて。
「顔も確かめずに、なぜ私だと分かったんですか?」
「人ってさ、髪型や服装が違っても、佇まいは変わらないだろ?」
「佇まい……って、それだけで判断したと?」
何だか、取って付けたような理由だ。疑いの目を向けると、嶺倉さんはにんまりと笑った。
「もちろん、それだけじゃない。尻の大きさと形。スカートから覗く脚の白さ。美しいふくらはぎのライン。キュッと締まった足首。魅惑的なパーツをじっくり観察して、この女性は俺の女神……北見瑤子だと確信したのさ」
「なっ……」
このスケベ男! とんでもないセクハラ発言だ。というか、パーツで女性を見分けるって、どんな能力なの。
「でっ、でたらめです、そんなの」
「いいや、俺は君のカラダを憶えてる。初めて見た時点で、スリーサイズも把握した」
「はああ?」
ばかげた発言に呆れるが、思い当たることがあった。今私が身につけている下着は、嶺倉京史が用意したもの。ブラもショーツもサイズぴったりで、怖いほどフィットしている。
「信じられない。そんな、漫画みたいな話……」
「スリーサイズの目測は俺の得意技なんだ。なぜかって? それはドスケベだから」
まっすぐな目をして、ドスケベを自認する。
確かにこの男なら、スリーサイズの目測が可能かもしれない。
「言っておくが、カラダだけを好きになったんじゃないぜ。もちろん、顔立ちも気に入ってる。あと、中身もね」
「な、中身って。私のこと、何も知らないのに」
「大体分かるさ。だが、よくは知らない。だからこそ、こうして見合いを申し込んだわけ」
嶺倉さんはぐっと顔を近付け、さらに私を壁際に追い込む。両面テープのあとが間抜けっぽいが、全然笑えない。
「ちょ、近いですよ。近すぎっ……」
「軽い気持ちなら、面倒な手順を踏まない。俺は本気だよ。結婚を前提とする交際を君に望んでるんだ」
「け、結婚?」
「そうだ。瑤子さん、俺と結婚してくれ!」
情熱的な口調と、真剣な眼差し。生まれて初めて、男性からプロポーズされた。
独身主義者と揶揄される枯れ女が――
(ああ、ダメダメ!)
我に返り、慌てて目を逸らす。
こんな男、まったく好みじゃない。むしろ大嫌いなタイプなのに、うっかりときめいてしまった。
(冷静にならなきゃ……そうだ!)
私には、もう一つ言い分があった。それを思い出し、彼を睨み付ける。
「あなたは、私の他にも女性を口説いてますよね。さっきも言いましたけど、仲間と喋ってるの、聞こえたんです」
「は?」
とぼけた顔が、なぜかとてもムカつく。もはや私は、嶺倉京史に何の興味もなく、付き合うつもりもない。だけど、不実な言動は許せなかった。
「君の他に誰を口説いてるって?」
「だから、こんなに惚れてるのにとか、ちっともなびかないとか、大きな声で話してましたよね」
「ええ? ちょっと待ってくれよ……」
嶺倉さんはしばし考え、やがてぽんと手を叩いた。
「ああ、分かった。あいつのことか。あっはは……確かに口説いてるな。何だ、そんなこと気にしてたのか」
あっさりと認めた。悪びれないところが、ますます憎らしい。
「きっ、気にしてなんかいません。二股掛けるなんて最低だと、軽蔑してるんです。あなたのような女好きが、本気でお見合いなんかするわけない。それも、私みたいな女と……」
「何だって?」
嶺倉さんは急に真顔になり、じっと私を見つめる。
「私みたいな女って、どういう意味だ」
まるで、怒ったように言う。
私はわけが分からず、急激にドキドキしてきた。
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