ワイルド・プロポーズ

藤谷 郁

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二人目の求婚者

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「……てことがあって、そのあと安井さんが部長から注意されたみたい」
 河内さんは他の二人に、昼間のできごとを細かに話している。終業後の薄暗い廊下に、彼女の高い声はよく響いた。
「えっ? じゃあ、あの北見さんが手を打ってくれたわけ?」
「嘘みたい。これまでは絶対、こっちの事情に踏み込んでこなかったのに」
 私は物音をたてないよう、給湯室の入り口前に佇む。ここにいてはまずいと思いつつ、動くことができない。

「いきなり『ありがとう』とか言うし、雰囲気もぴりぴりしてなかったし、別人かと思ったよ。それに、今日の北見さんはいつもと違くて、きれいにメイクしてたんだよね!」
 河内さんの口調は興奮気味だ。
「あ、私もびっくりした。営業の人達も言ってたよね、何があったんだ!? ……って」
「そうそう、男でもできたのかなって噂してた」
(ええっ?)
 鋭い指摘と生々しい表現に驚き、ポーチを落とすところだった。嶺倉さんの顔が反射的に浮かび、焦って打ち消す。

「さすがにそれはないわー。もし男ができたとしたら、よほどの物好きじゃない?」
「あはは、言えてる!」
 胸にグサッと突き刺さるが、そのとおりなので仕方ない。私自身、嶺倉さんが私に一目惚れしたという告白を信じられなかった。
「うーん、でもお」
 楽しげに笑う二人に、河内さんがぼそりとつぶやく。
「あり得なくもないかも……きちんとメイクした北見さんって、美人っぽいような。言いたくないけど、あれで愛想が良かったら案外モテたりして」
「はあ? ちょっと、どうしたのよ河内ちゃん。仕事をフォローされたからって、好意的に見すぎでしょ」
「そうだよ、あの北見さんだよ?」
「だって、ホントにそう思うんだもん」

 そこで、他の二人はなぜか押し黙った。
 ひょっとして立ち聞きがばれたのかもしれない。私はそっと立ち去ろうとするが……
「河内ちゃんが言うなら、そうなのかな」
「だね。あたし達の中で一番毒舌なのは、河内ちゃんだもんね」
 どうやら河内さんは、オピニオンリーダー的存在らしい。愛くるしい顔立ちとは裏腹に、女性を見る目が厳しく、意見も辛辣なのだろう。

 何だかムズムズしてきた。地味なオバサンとか独身主義者とか、私を揶揄した彼女達に好意的に見られるのは妙な心地である。
 ポーチをしっかりと抱え、足音がしないよう気を付けて、その場を立ち去った。
(ダメだ。悪口を言われるより、ある意味いたたまれない!)
 嶺倉さんのアドバイスを実行したことで、仕事だけでなく人間関係にも変化が表れた。しかも、たった一日で。その事実に驚くばかりだった。



「北見さん、金田専務がお待ちだよ」
 オフィスに戻ると、同僚が慌てた様子で私を手招きした。
「五分くらい前に突然現れてさ。今、隣の応接室にいるぜ」
「えっ、金田専務が?」
「あの人、この前も君を訪ねて来たけど、何かあったの?」
「いっ、いえ……ちょっと、取引き先のことで調査を依頼されて……」
 怪訝そうに見てくる同僚を、曖昧な笑みでかわす。専務の紹介で見合いしたことは、誰にも話していない。

 私はポーチを引き出しに仕舞ってから、足早に応接室に向かった。昨夜、一応電話で報告したのだけど、見合いの結果を直接確かめに来たのだろう。
「すみません、お待たせいたしました」
「おお、北見君。昨日はご苦労さん」
 専務はニコニコ顔でソファに座っていた。首尾よく事が運んだので、機嫌が良いのだろう。私はプレッシャーを感じながら、向かいに腰かける。

「専務もお疲れ様でした。それで、あの……昨夜もお話しましたが、嶺倉さんとのお見合いは」
「ああ、成功して何よりだ。実は嶺倉さんからも電話をいただいてね、君と結婚を前提とした交際をすることになったと、大喜びだったぞ」
「そ、そうなんですか」
「本人のみならず、彼のご両親もだよ。跡取り息子がようやく落ち着いてくれると、この縁談に大いに期待を寄せているそうだ」
 私は目を見開き、専務の満足そうな顔を見返す。嶺倉さんの両親というのは、嶺倉水産の社長夫妻である。

「社長夫妻は賛成なのですか?」
「もちろん、反対だったら見合いなんかさせんよ。どうしてそんなことを?」
「今さら言うのも何ですが、私は一介の会社員ですし、家柄も……」
 縮こまりながら言うと、専務は顔の前で手を振った。
「嶺倉家は子息の結婚相手に家柄を求めるような、気取った家風ではないそうだ。その点は何の心配もいらん」
 それを聞いて、ちょっと安心する。私の実家は普通のサラリーマン家庭であり、明らかな庶民だから。
(ご両親の意向は大切だわ。このまま縁談が進めば……の話だけど)
 そう、まだ結婚するとは限らない。専務には黙っているが、私は嶺倉さんに、ある疑惑を抱いているのだ。

「とにかく北見君、大変なお手柄だよ。ウイステリアのために、よく頑張ってくれた!」
 金田専務は嶺倉京史と私の縁を取り持つ代わりに、嶺倉水産とライセンス契約を結ぶ約束をしている。要するに、お見合いは商談と同義だ。実現すれば、彼自身の株が上がる。
「いえ、私は別に、会社のためにお見合いしたわけでは」
「わはは、どちらでも構わないさ。とにかくすべてが上手くいった」
 浮かれる専務を前に、私はますますプレッシャーを感じてしまう。無事ゴールインしたらという条件付きなのに、今の段階でこんなに喜ばれては困る。

「しかし実際、北見君も乗り気なんだろう? 外見に表れてるじゃないか」
「はい?」
 専務は私の顔を見て、意味ありげに笑う。そういえば、先ほどメイクを直したばかりだ。
 嶺倉京史のために、色気づいたと思われたらしい。
「別に、そういうわけではありません!」
「まあまあ、むきにならんでもいい。まったく、そんな堅苦しいことじゃ振られてしまうぞ」
「なっ……」

 調子のいい人だ。私はもう何も言わず、一つだけ念を押すことにする。
「それで、専務。昨夜もお願いしましたが、この縁談について公表するのは、正式に婚約してからということでお願いいたします」
「分かっている。ただ、一部の役員や社員には伝えざるを得ないぞ。ライセンス契約の準備があるんでな」
「承知しました」
 専務はニコニコ顔のまま、元気よく応接室を出て行った。
 パワフルな専務と話したためか、それともプレッシャーの重さのためか、私は何だかぐったりとしてソファにもたれるのだった。



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