ワイルド・プロポーズ

藤谷 郁

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二人目の求婚者

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 お見合いの翌日。
 出勤してオフィスに入った私は、周囲の反応がいつもと違っていることに気付く。皆、私のことを二度見するのだ。ロビーで行われた朝礼でもそれは同じだった。

(他部署の社員まで。何なの、一体……)

 今日は嶺倉さんのアドバイスどおり、丁寧にメイクをし、スーツの下に明るい色のシャツを着て、ちょっぴりお洒落してきた。それだけなのに、この現象はどうしたことか。
 特に、男性社員の様子がおかしい。あからさまに凝視する人もいる。
 これまでの私はあまりにも地味すぎた。なので、ささいな変化も大きく目立つのかもしれない。それにしても、あんなに見てくるのは失礼だ。
 何だかいたたまれず、朝礼が終わるとすぐオフィスに戻り、仕事に取りかかった。

(メイクも服も全然似合わないとか、陰口を言われてたりして)

 仕事中も何だか落ち着かない。
 ネガティブ思考に支配されそうになるが、嶺倉さんの陽気な笑顔を思い出すと、なぜか前向きな気分になれた。これでいいのだ……と。
 そわそわしつつも、彼の影響力の強さをひしひしと感じている。


「あのー、北見さん。ちょっといいですか?」
 午後、パソコンで経費の集計をしていると、背後から声がかかった。キーを打つ手を止めて振り向くと、女性社員がおずおずと覗き込んでいる。
 営業事務三人娘の一人だ。
「はい、何でしょう」
「すみません。これ、ついさっき安井さんから預かったんです」

 彼女が差し出す領収書を見て、私はため息をつきそうになり、ハッと思いとどまる。
 嶺倉さんの顔が、反射的に頭に浮かんでいた。
「スーツのポケットに入れっぱなしだったと……F社の接待費だそうです。提出期限は過ぎちゃったけど、まだ間に合いますか?」
 いつもなら問答無用で突き返すところだ。そして、彼女に締め切りを守るよう厳しく注意する。だけど、今日の私は彼女の表情を見、提出期限を破った原因を推し量る余裕があった。

 領収書を受け取り、彼女に確認した。
「F社の担当は安井さんですね。確か先月も……ていうか、ほぼ毎月あの方が後から出してきますね」
「はい」
 営業部の安井さんは私の同期だ。仕事はできるが自分本位な性格で、部下や事務員にミスを尻拭いさせていると噂で聞いた。私には関係ない、他部署の問題だと考えていたが……

「分かりました。こちらで処理しておきます」
「はあ……えっ?」
 彼女は目をぱちくりとさせる。
「い、いいんですか? 締め切りを過ぎたのに」
「まだ集計中ですので、今回は処理します。ええと……」
 私は彼女のネームプレートをちらりと見やる。

「河内さん、ありがとうございます。すぐに持って来てくれたのですね」
「!?」
 私を覗き込む彼女の頬は上気していた。一秒でも早く届けるため、経理課まで走って来たのかもしれない。
「あ、いえ、別に……一応、仕事ですから」
 河内さんはちょっと気まずそうに言うと、ぺこりとおじぎして、慌てた感じで出て行く。私は彼女を見送ったあとパソコンに向き直り、領収書の数字を打ち込んだ。

(私、あの子の名前、うろ覚えだった)

 初めて気付く事実に愕然とする。
 信じられない、なぜしっかり覚えていなかったのだろう。いや、覚える気がなかったのだ、きっと。三人娘の一人と認識すれば十分だと思って――
 実際、それで困ることはなかった。こちらから名前を呼ぶことなど皆無だったから。

 要するに、今まで私は営業事務の女性を軽んじていたのだ。その気持ちが言葉や態度に出て、彼女達に伝わったのだと思い至る。
 河内さんには河内さんの事情があるのに、一方的に、ミスばかりする事務員と決め付けた。あまりにも勝手な解釈。部下や事務員を軽んじ、ミスを押し付け、無責任な仕事をする安井さんと同類だ。
 情けない気持ちになるが、私はやるべきことをやるために席を立つ。安井さんの領収書を持ち、経理課長のデスクに向かった。

 課長は財務部長にも領収書提出の遅れについて報告した。そして部長は早速営業部長に電話をし、改善を要求したとのこと。
 さすがの安井さんも、部長に注意されては改善せざるを得ないだろう。出世欲の強い彼は、上の人間には従順だ。
「最初からこうすれば良かったのね」
 問題の大本を捉え、確実な方法で処理する。これまでにない発想が、慢性的な問題を、あっという間に解消した。発想のヒントを与えてくれたのは嶺倉さんだ。
 今度会ったら、お礼を言おう……そう思った。


 仕事を終えた私は大きく伸びをし、オフィスの窓を眺めた。星の瞬く夜空は、彼と出会った海辺の街まで続いている。
「さーて、帰ろうっと」
 その前に、手洗いに寄ってメイクを直すことにする。
 普段より濃いめの口紅なので、色落ちが気になってしまう。先週までの私なら、メイク直しなど時間の無駄だと思うだろう。でも、今はこれも必要なことだと感じる。

 手洗いから戻る途中、給湯室から声が聞こえてきた。会議室の片付けを終えた女性社員が、お喋りしているようだ。私はその前を、足早に通り過ぎようとした。
「そういえば、北見さんがさあ」
 ふいに響いた言葉が、私のパンプスを止める。
(この声、営業部の……河内さん?)
 立ち聞きするつもりなどないのに、身体が勝手に反応した。私は緊張し、ポーチをぎゅっと握りしめる。



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