悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
140 / 305

夏休み早々……。4

しおりを挟む






 ディックはそれからしばらく、ヴィンスの部屋で過ごす事となり、夜は私とヴィンスと一緒に眠った。
 とにかくディックはオスカーに聞いていた通り、相当に面倒な人種だった。彼はご飯は食べない、睡眠時間も曖昧、休息も取らないで、そりゃもう元気にならなかった。

 そんなに熱中して、何をやっているのかという事は頑なに教えてくれなかった。魔法関係だと言うことは分かるが、何をというのは分からない。

 これ程、秘密にする事って何だろうかと、私の知っている知識で考えてみると、ありえそうなのはウィングの作成、研究ぐらいだった。ララも何時間も自分の部屋にこもって、ウィングを簡易魔法玉に取り付けていたり改良していたりした。ディックはエリアルとも携わっているようだったので、彼と関係のあるディックがそれに熱中していてもおかしくはない。

 それに、ディックは入学当初、既に、固有魔法を使いこなしていた。自分で好きなウィングを作って、使っていたのかもしれない。

 私達は、研究に取り憑かれたような彼を眠らせるのに、暴れる彼を押さえつけて眠らせて、ご飯を口元まで運んで食べさせた。

 その甲斐あって、顔色は良くなったのだが、ディックは日増しに元気が無くなっていった。

 ……なんて言うか、野生動物を無理やり飼い殺してるような……気分。

 オスカーは、どうやってあんなにディックを懐かせてなおかつ、面倒を見ていたのだろう。まったく謎であり、早く帰ってきて欲しいと願いつつ、今日もまた、ヴィンスの部屋の扉を開くと、そこには珍しく、何も作業をせずに静かにヴィンスの本を勝手に読んでいるディックの姿があった。

 私はヴィンスと顔を見合わせて、ぱちぱちと瞬きをする。

 彼はふっと顔をあげて、不服そうにこちらを見た。

「ひと段落したし、今日にしよ」

 ……今日……?って、なんの……。

 そこまで考えてやっと合点がいく、そういえば彼が倒れた日に、話をする約束をしていたのだった。
 
 しかし、忘れていたのだって私の記憶力が悪いからではない。なんせディックのお世話が壮絶だったからである。まったく本当に、こちとら、夏休みに入ってから毎日有意義に鍛錬の日々を過ごしていたというのにディックが来てからというもの、目の離せない幼児を預けられた中学生のような気分だったのだ。

「いいけど……いいけどね、ディック。貴方体調が治ったでしょ、何か言うことないの」

 ボコンと爆発してしまいそうな感情を抑えつつ、笑顔を浮かべてそういうと、彼は、しおっと萎れて小さくなって気弱そうに、眉尻をさげた。

「……あり、がと」
「!……う、うん。それほどでも、ね。ね!ヴィンス」
「えぇ、有意義な数日間でした」

 ヴィンスに話を振ると、どういう意味かまったく分からない返事が返ってくる。突っ込んで聞くことは無いが首を傾げた。

 一応、ディックの事情についてはヴィンスにも共有しているので、こうして彼も話を一緒に聞けるのは何よりなのだが、ディックの素直すぎる反応が少し気になる。

 ……やっぱり弱っていってる?このまま衰弱していったり……し、しないよね?

 なんだか可哀想な気分になるが、そういえばと思い出す。入学して初めて出会った彼は、こんな感じに気が弱そうじゃなかっただろうか。

 ……じゃあこっちが、素?

「じゃあ、僕についてきて」
「うん」

 言われて、三人で部屋を出る。
 寮から出る直前に、何故かベラに呼び止められ、故郷に帰る重要性というものを十分程度話をされて、三人して首を傾げながらその力説を聞き、それからディックのあとについて、歩いていった。


 彼の向かった場所は、グラウンドのそばにある森のその先であった。

 森は広く、樹木が生い茂っており、どこまで広がっているのか分からないほど広大に思えたが最短のルートで抜けることが出来たらしく三十分程度歩いただけ開けた場所へとでた。

「……こんな場所があったのね……ヴィンスは知ってた?」
「はい、存在は知っていましたが……実際に来るのは初めてです」

 ディックは迷うことなく歩みを進め、広場の端っこの腰の位置までしか無い古びた柵に手をつけた。

 少しヒヤリとする。なんせ、金色の膜がすぐそこなのだ。という事はユグドラシルの木の淵つまりその柵の向こう側は絶壁だろう。
 息を飲んで、私も彼の方へと歩みを進める。

 近づいてみれば、ここは半円状の展望広場のようになっているようで、床には綺麗にタイルを敷き詰められて、柵は古ぼけているが学園側がきちんと整備していることが伺える。

 崩れ落ちたりはしないはずだが少し怖く思いながらもディックの隣まで移動すると、そこには大きな真っ黒な渓谷とそれぞれ、左右に二つの大地が見えた。

 きっとこの先のどこかに、私たちが幽閉されていた場所がある。あの暗くて寂しい場所はもうごめんだ。思い出したくもない。

「……クラリス様……いいえ、クラリスと呼ばせて欲しい」
「……うん」

 名前を否定することはしない。体はクラリスなのだ、間違ってはいない。

 ディックは黒く、底が見えない渓谷のその先を見据えながら、言葉を紡ぐ。
 
 この場所は、遮るものが何も無いからか、風が強く少し肌寒いぐらいだった。

「僕は、この場所で育った。……だから、学園以外を僕は知らない」

 ディックは、少し緊張しているような声で言って、私を振り返る。瞳には決意が伺える。

「でもだからこそ、この場所の大切さを僕はいちばん知っている。クラリス、何故こんなことを僕が君に言うのか、わかる?」

 頭を振ると、わかったというようにディックは話を続ける。

「ここは、この場所は、居場所のない人間の受け皿。ユグドラシルに守られた安息の場所なんだ……教師陣、学園の運営者、清掃員や料理人に至るまで、彼らが皆、学園のお休みの時にもここにいる理由それは、彼らが皆、帰る場所が無いからなんだ」

 帰る場所が無い……。確かに、少し不思議には思っていた。どこの誰にだって出身地というものがある。生徒が私達しかいないのに、ベラはきちんと毎日寮にいるし、先生だって常にいる。

 それについては、私がまだこの学園のことをよく知らないからで、これから先、学園が完全に閉鎖されるお休みでもあるかもと思っていたからだ。

「アウガスとメルキシスタ、この二つの国をわかつ大渓谷のちょうど中心にあるこの場所には、多くの人が逃げ込んでいる。僕の親だって同じようなものだし、僕ら学園側の人間は、ここにしか居場所がない」

 風が吹き荒れて、彼の髪をなびかせた。彼は続けて言葉を紡ぐ。

「そして、この場所は、同時に、二つの国の均衡も保っている。片方の国に魔法使いが偏らないように、発展しすぎた魔法が使われないように。そして……戦争が起こらないように」
「ここが無いと戦争が起きてしまうの?」
「……そう遠く無いうちに。二つの国は案外、仲が悪いんだ」
「そう」

 キュッと口角をあげて彼は少しだけ笑った。戦争だなんて、冗談みたいな話だが、ありえない事では無いと思う。そして、この魔法がある世界での戦争は、とても悲惨な事になるのでは無いかという想像もたやすかった。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

夕香里
恋愛
王子に婚約破棄され牢屋行き。 挙句の果てには獄中死になることを思い出した悪役令嬢のアタナシアは、家族と王子のために自分の心に蓋をして身を引くことにした。 だが、アタナシアに甦った記憶と少しずつ違う部分が出始めて……? 酷い結末を迎えるくらいなら自分から身を引こうと決めたアタナシアと王子の話。 ※小説家になろうでも投稿しています

悪役令嬢に転生しましたが、全部諦めて弟を愛でることにしました

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したものの、知識チートとかないし回避方法も思いつかないため全部諦めて弟を愛でることにしたら…何故か教養を身につけてしまったお話。 なお理由は悪役令嬢の「脳」と「身体」のスペックが前世と違いめちゃくちゃ高いため。 超ご都合主義のハッピーエンド。 誰も不幸にならない大団円です。 少しでも楽しんでいただければ幸いです。 小説家になろう様でも投稿しています。

幽霊じゃありません!足だってありますから‼

かな
恋愛
私はトバルズ国の公爵令嬢アーリス・イソラ。8歳の時に木の根に引っかかって頭をぶつけたことにより、前世に流行った乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったことに気づいた。だが、婚約破棄しても国外追放か修道院行きという緩い断罪だった為、自立する為のスキルを学びつつ、国外追放後のスローライフを夢見ていた。 断罪イベントを終えた数日後、目覚めたら幽霊と騒がれてしまい困惑することに…。えっ?私、生きてますけど ※ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください(*・ω・)*_ _)ペコリ ※遅筆なので、ゆっくり更新になるかもしれません。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...