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しおりを挟む……復讐を止めるのも、私を助けたのも全部私の為で、未来に進めというのも全部正しいです。
ルーシャはそれを頭の中で肯定した。全部、合っていて正しくて、うんと言うべきだとそれが正しいと思った。だからこそ途端に苦しくなって今まで絶対に口には出していなかった自分の心の本音が、口を開けばこぼれ出た。
「……嫌です。できません」
「どうして?」
首を振って、子供のように拒絶する。こんな醜い考えをユリシーズには知られたくないのに。
「っ、何も、わたしは、これが、終わったら何もなくなってしまうから」
「うん」
「帰る場所もないんです、どこで何をしたらいいのかわからないんです。一人で今更、生きて行けなんて言われても困るんです」
「……」
「何も持っていないから、私にあるのは今までの恨みと憎しみだけなんです。それを大事にする以外の道はないんです」
汚くて自己中心的でそして未熟な子供みたいな理由だ。
そんな気持ちでクリフやアンジェリカに怪我をさせて、貶めて、苦しみを与え続けた。どこまで行っても光はないと知っていても手放すのが怖かった。
「なにも、なく、っ、無くなるのが、怖いんです」
初めて口に出して、自分の臆病さに泣けてくる。無力で情けなくて、聖女だなんていわれたって、ただの馬鹿な子供だ。
すがるものがないと不安で泣いてしまう。間抜けで体ばかりが大きくなった子供なのだ。
こんな姿を見せられた大人の彼がどう思うのか、それが怖くて今までおくびにも出さなかった。呆れてしまうかもしれない、そう思ってずっと大人らしく振る舞っていたのに。
中身がこんなに幼いのだと、ばれないようにきちんとしていたのに。
「……」
ぐっと目をつむるとボロボロと涙がおちてしずくが頬を伝う。それはユリシーズの大きな手のひらでゆっくりと拭われてそのまま目を開いた。
馬鹿じゃないのかそんな風に言われると思っていたのに、意外なことにユリシーズはいつものようにちょっとだけ微笑んだ。
「そっか、うん」
噛みしめるみたいにそう言ってから「怖かったんだね」と同意して目を細める。眼鏡越しの彼の瞳は優しくて、次から次に流れ落ちてくる涙はユリシーズの手を濡らす。
ひっくひっくと泣きながら頷くルーシャにユリシーズは落ち着くまで待ってやってそれから、提案するように簡単に言う。
「……ねぇ、ルーシャ、じゃあ君の未来の手伝いを俺がしてもいい?」
いつの間にか彼はいつもの彼に戻っていて、この離宮に来てから少しだけ体調がよさそうになった顔をルーシャに近づけて「それならどう?」と聞いてくる。
あまりに軽い言葉にルーシャはパチパチと瞬きして、それからスンスンと鼻をすすって彼に聞く。
「どういう、意味ですか」
「そのままの意味だよ。ここを出て適当なところで暮らそう。俺も今は何もないし、でも二人でいれば何もない一人ぼっちではないよね」
「……」
……だから、復讐をやめて許せっていうんですか? 自分がされたことも自分がしたことも忘れて、普通に未来に進めって……。
ドンッ、と扉が強くたたかれる。このままここにいればドアノブは壊れてしまいそうで、いつかはアンジェリカが中に入ってくるだろう。
このままここにいれば彼の提案を拒否することになる。でも出ていくためには結局、ルーシャを殺そうとするアンジェリカを傷つけたり許すと口にして約束しなければならないだろう。
「そうだ、ルーシャ、いいこと思いついたよ」
悶々と考えを巡らせるルーシャをきにせずに、ユリシーズはベルトにつけていた剣の鞘を外して風の魔術の魔法道具を出した。
「せっかくだしルーシャの魔法で出ていこうよ。吹き飛ばしてしまいたいって言っていたのは聞いたことあったけど、やったことなかったでしょ」
言いながら天井を指さした。なんだかとんでもない事をユリシーズは口にして気が小さくてよく胃を痛めているのに、とんでもない事を言うんだなと思った。
しかし、楽しそうでいつも優しい彼にルーシャはいつも惹かれていた。気苦労が多い人なのに、それでもなんでか幸せそうな彼が好きだった。
……それに今でも好きです。
そうしたいと思えた。
「行こう、ルーシャ。忘れちゃったらいいんだよ。もう、二度と会わないんだし戻ってこないんだから」
手を引かれて、滅多に使わない魔法を使った。空に向かって風を吹き上げるとバンッと風が当たる感覚があってガシャァンと轟音が鳴り響く、怪我をしないように破片ごとはるか彼方に吹き飛ばす。
「豪快だね」
そう言うユリシーズの手を両手を引いた。ルーシャが彼に魔法を掛けると引きちぎってしまうので、風の魔法道具でふんわり浮いているだけの彼を引っ張って持ち上げる。
空なんか飛んだことがなかったので、どうしたらいいのかわからなかったが、ユリシーズがそうしようといったのだからできるだろうと思って視線を巡らせた。
丁度、昔に絵本で読んだ魔法使いの女性は、何故だかほうきに跨って飛んでいた。なので細長いものに跨ればいいのかと思って背の高い燭台を手元に風で運んだ。
それから彼を引っ張って外へと飛び出す。
空は先程まで酷く雨が降っていたのに、驚くほどの快晴で空中でその燭台にドレスのスカートを直しながら座って、ユリシーズを隣に座らせて、すーっとまっすぐに進んだ。
風に髪が靡いて、案外やればできるものだと思いながら魔力が持つか少し心配になった。
なんせ外に出てみたら空が広すぎて、どこまで行けばいいのかよくわからなかったからだ。
「ねぇ、ユリシーズ、どこに……どうしましたか?」
どこに向かったらいいのかと問いかけようとしたが、彼は腹を押さえて背を丸めていた。
風に乗って、できるだけ王宮から離れつつも隣に座っている彼の背に触れる。すると青い顔をして眼鏡をくっと上げ直した。
「いや、うん。……ごめん。今更、凄い事になったって思ったら」
「…………やめときますか?」
後悔して胃を痛くしているのなら可哀想だと思ってルーシャはそう聞いた。しかし、彼は「違うよ」と言って困った顔のまま笑みを浮かべた。
「後悔とかじゃない、ただ、ちょっと怖気づいちゃってね」
「……」
「でも大丈夫、幸運の女神の加護があるからね」
……それは私がユリシーズを好きだからという話ですか?
なんだか彼らしくなくて不思議に思った。
その視線に彼も気がついてまた「あ、違うよ?」と言って風になびく黒髪を耳にかけた。
「君が君の幸せを望んで大切にするなら、きっと君には加護がつく、だから、ルーシャはずっと幸運に恵まれて幸せになれるよ。風の魔術も持ってるし」
女神の力はあまり公にされていない。ルーシャが自分に加護を与えられない事をユリシーズは知らないのだろう。だから彼は勘違いをしている。しかし、それを否定する気もなかった。
「さて、どこに行こうか。……晴れが多い土地がいいな。あんまり雨が多いと気分が滅入るもんね」
「……はい、そうですね」
……ユリシーズが言うならそうなれるって思うのも、悪くないです。
風に乗ってどこまでも進む、些細な会話の間に王宮はとっても小さくなっていて、あの場所を飛び出してどこかに行くことがこんなに簡単だなんて思わなかった。
その時にふと、彼が前に言っていた言葉が脳裏によぎった。
……確かに鳥かごの鍵はすでに開いていましたね。
そんな風に認めて、進む。未来は案外手の届くところにあるのだと思うのだった。
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