15 / 15
15
しおりを挟む春になり、庭に美しいバラの花が咲いた。それをルーシャは窓辺で眺めながら風をかき混ぜて花びらを舞い上がらせる。青く晴れたそれは高く広くどこまでも続いていて風に乗って花弁は遠くに飛んでいく。
……そういえば前の年はいろいろなことがあって王宮のバラは見られませんでしたね。
そう考えながらもユリシーズがせっせと育てた美しい野バラ眺めた。もうああして王宮から飛び出してから半年以上は経っているだろうか。
はじめはバタバタとしていた生活も段々と落ち着いてきて、よそ者のルーシャたちもこの小さな町で住人として認められていた。
それは、きっとルーシャの幸運の力も多少は助けになっているのだろうが、一番の理由はユリシーズの人柄のおかげだと思う。
それに彼は魔力があって平民たちに比べればずっと強い、頼られて魔力を持っているとばれないようにしながらも森に出た大きな魔物を倒したこともある。
その時の祝賀会で人多さに固まるルーシャをフォローして話を回してくれた彼は随分と頼りがいがあった。
本当に素敵な人なのだ。皆が好きになるのもわかる。
しかし、彼はルーシャのものだ……多分、きっと。
半年以上も一緒に住んでいるのに未だに関係ははっきりしていないところが少しだけルーシャにとって、もやもやしている部分でもある。
……でも今更、私たちって何なんですかと聞くのもなんとなく憚られます。
困ったと思いつつも一つ息をついて目を瞑ると、扉の向こうから足音が聞こえてガチャンと木の扉が開いた。
玄関扉から直接、居間につながっているこのお家は随分と小さくて、平民の暮らしとは大変だと思ったが、暮らしてみると人と暮らしているという温かみを感じられてとても居心地がいい。
あと窓が壁についているのもとても良い事だ。
窓の外から視線をもどし、扉へと目をやるといつものように腰に剣をぶら下げたユリシーズが大きな紙袋を持って立っていた。
「……お帰りなさい、ユリシーズ」
「ただいま……ルーシャ、あのさ、ごめん、この上の籠を取ってくれない?」
彼が言っている籠とは大きな紙袋の上に乗せられたリンゴのたくさん入った籠だった。
その下にはお野菜がぎちぎちに詰まった布袋があって、他にもユリシーズが持っている紙袋の上に色々と積みあがっている。
急いで立ち上がって一番上の籠から手に取ってテーブルに置いていく、そうしながらも、もしかしてと思い聞いてみた。
「あの……今日は夕食用のチーズを買いに行っただけでしたよね? どうしてこんなに色々なものを……」
「……うん。……うん、えっと、不揃いな野菜を処分しようとしているときに丁度俺が通りかかったんだって、それから売れ残りで捨てるしかないチーズのおまけと、パン屋の亭主が間違えて大量に発注した小麦粉を持っていってほしいって言われて、積みあがっていく俺の荷物を面白がって、誰かがリンゴを最後に乗せたんだよ」
「……」
それを聞いて流石にルーシャはピンときた。きっと、バラが咲いて嬉しくてユリシーズにいつもより加護がかかってしまったのだろうと思う。
……自分ではうまく調節できないのは、困りものです。
好意がこうして見える形で勝手に作用してしまって、それを二人とも確認できてしまうというのはとても恥ずかしくて、ルーシャは黙り込んだ。
無言でテーブルに彼が貰って来た物たちを並べていく。
ルーシャ自身、自分の加護というものをユリシーズと外に出てみて初めて実感した。
これは本当に不思議なもので、日々の些細な事から大きな出来事まで幸運で済ませられることがすべて加護を受けている対象に引き寄せられる。
「ふぅ、良かった、ちゃんと家まで帰ってこれて、流石に腕がプルプルしてたよ」
彼はずれた眼鏡をかけ直してほっと息をつく。それから赤くなったまま固まるルーシャに変わらない黒い瞳を愛情に染めてにっこり笑った。
「今日も、愛してくれてありがとうルーシャ」
……わざわざ言わなくてもいいじゃないですか。
改めて言われるとすごく恥ずかしくて、そんな風に思う。
「……た、ただの偶然かもしれないです」
「そうかな?」
「はい」
「本当に?」
「……多分」
「顔赤いよ、ルーシャ」
優しい低い声で言われて、観念して小さく頷いた。顔が熱くてまともにユリシーズが見られない。
恥ずかしくて仕方がないので、このまま夕食の支度でも始めてしまおうと彼が買ったり貰ったりしてきた食材を手に取って、キッチンに向かおうとする。
するとその手を上から押さえられて、ぎゅっと後ろから抱きしめられる。
大きな彼の体に包まれるのはすごく安心するしとっても嬉しいが、今はそれが許容範囲外であり、すでに羞恥心ではちきれそうだったルーシャは赤くなったまま固まった。
「もう夕食を作るの? 今日はもう少しゆっくりしていてもいいんじゃない」
「お、お腹すきました」
「うん。それは困ったね」
少し笑うみたいな声が項にかかって、もうどうにかなってしまいそうだったが、彼は楽しそうだ。
離宮に居た時のルーシャの告白にはあんな風に返したくせに、彼は、今までよりもずっと近い距離でルーシャに接してくる。これはいったい何なのだろう。
今まで全く聞いたことがなかったが、今日ばかりはもう恥ずかしさの限界でルーシャは声をあげた。
「……待ってください……いったん離れましょう!」
真剣な声を出して彼のなかでわたわたと暴れる。
それから、するりとユリシーズの腕の中から抜け出して、暴れたせいで乱れた髪をくしくしと整えつつルーシャには言いたいことがあるのだと訴えるようにユリシーズを見た。
彼はあんなに、仲の良いカップルみたいにルーシャに抱き着いてきたのに、まったく普通みたいな顔をしていて、やっぱり昔と同じように子供だとしか思われていないのではないかという疑問が浮かんだ。
ルーシャはきちんと自分の恋心を伝えたが、彼の言葉は結局、聞けずじまいで、どういう関係なのかも曖昧なのだ。
子供としての愛情が欲しいというわけではない、ルーシャは立派なレディだ。
「ユ、ユリシーズ!」
「うん? どうかした?」
彼は不思議そうな顔をして首を傾ける。離宮にいた時のように、貴族らしくもないし、高価な香水もつけてはいないが、彼はルーシャから見てずっと理想のお兄さんで好きな人だ。
今でもそれは変わってない。
「……私たち、その、こうして一緒に暮らし始めて、もうしばらく経ちますよね」
「そうだね」
「今までの生活でもずっと……楽しくて嬉しくて初めての事ばかりで、たまに怖いけれど、出てきてよかったと思ってるんです」
「……急にだね」
言い始めたはいいが、なんとなく直球に聞くのは難しくて遠回しな事を言ってごまかすみたいになってしまう、でも言いたいことはそれじゃないのだ。
「は、はい。えっと、でも、今幸せです」
「うん」
「そうなんですけど、ひとつだけ気になっていて」
少し遠回りしてやっと本題にたどり着く。急に昔の話を持ち出して幸せだと言い出したルーシャに、ユリシーズは少し首をかしげて不思議そうにしていた。
いつもの黒髪が揺れる。
「でも、私たち、恋人でもないのに、こんなに距離が近くて一緒に暮らしていていいんでしょうか?」
決心して口にした。ルーシャは一度告白をはぐらかされている。関係性をはっきりさせるのは怖かった。でも、こうして触れ合って嬉しいたびにどぎまぎするのは困るんだ。毎回とてもよくわからない気持ちになるし。
それで困るよりも素直に喜びたい。今日だって向かい合って抱きしめていいならそうしたい。
ルーシャの唐突な質問にユリシーズは、パチパチと瞳を瞬いてそれから、当たり前のように言うのだった。
「俺たちって恋人じゃなかったの?」
「え、恋人だったんですか?」
「俺はそうだと思ってたけど」
「あ、……う、え? そう、ですか」
「うん……あ、ああ。そういえばまだキスしてなかったから、わからなかった?」
言いながら、なんだと納得したユリシーズは、警戒するように距離を取っていたルーシャに数歩近づいて抱き寄せてる。それからかがんで唇にチュッと口づけた。
「ルーシャの唇は柔らかいね」
感想のようなことを言って、ユリシーズはよくできましたとばかりに頭を撫でてくる。
…………っ。
子ども扱いと同じに感じるのに、彼にとっては恋人らしく、これはとても困ったと思う。違いが分かりづらくて頭のなかはパニックだ。でも嬉しい。
見上げると眼鏡の向こうの瞳と目が合った。優しく細められているその瞳は昔から変わらない様子でどうにも落ち着かない。
「好きだよ。ルーシャ」
さらにはそんなことまで言われて、頭のなかがしびれる様だった。黒髪がさらりと落ちてきて、いつか慣れるのだろうかと思いながら抱きしめる彼の手に従う。
程よく硬い男性らしい胸板に頭を預けてルーシャはゆっくりと目をつむった。
162
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(14件)
あなたにおすすめの小説
出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~
夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。
しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。
しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。
夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。
いきなり事件が発生してしまう。
結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。
しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。
(こうなったら、私がなんとかするしかないわ!)
腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。
それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。
お飾りの側妃となりまして
秋津冴
恋愛
舞台は帝国と公国、王国が三竦みをしている西の大陸のど真ん中。
歴史はあるが軍事力がないアート王国。
軍事力はあるが、歴史がない新興のフィラー帝国。
歴史も軍事力も国力もあり、大陸制覇を目論むボッソ公国。
そんな情勢もあって、帝国と王国は手を組むことにした。
テレンスは帝国の第二皇女。
アート王ヴィルスの第二王妃となるために輿入れしてきたものの、互いに愛を感じ始めた矢先。
王は病で死んでしまう。
新しく王弟が新国王となるが、テレンスは家臣に下賜されてしまう。
その相手は、元夫の義理の息子。
現王太子ラベルだった。
しかし、ラベルには心に思う相手がいて‥‥‥。
他の投稿サイトにも、掲載しております。
殿下をくださいな、お姉さま~欲しがり過ぎた妹に、姉が最後に贈ったのは死の呪いだった~
和泉鷹央
恋愛
忌み子と呼ばれ、幼い頃から実家のなかに閉じ込められたいた少女――コンラッド伯爵の長女オリビア。
彼女は生まれながらにして、ある呪いを受け継いだ魔女だった。
本当ならば死ぬまで屋敷から出ることを許されないオリビアだったが、欲深い国王はその呪いを利用して更に国を豊かにしようと考え、第四王子との婚約を命じる。
この頃からだ。
姉のオリビアに婚約者が出来た頃から、妹のサンドラの様子がおかしくなった。
あれが欲しい、これが欲しいとわがままを言い出したのだ。
それまではとても物わかりのよい子だったのに。
半年後――。
オリビアと婚約者、王太子ジョシュアの結婚式が間近に迫ったある日。
サンドラは呆れたことに、王太子が欲しいと言い出した。
オリビアの我慢はとうとう限界に達してしまい……
最後はハッピーエンドです。
別の投稿サイトでも掲載しています。
婚約者を取り替えて欲しいと妹に言われました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ポーレット伯爵家の一人娘レティシア。レティシアの母が亡くなってすぐに父は後妻と娘ヘザーを屋敷に迎え入れた。
将来伯爵家を継ぐことになっているレティシアに、縁談が持ち上がる。相手は伯爵家の次男ジョナス。美しい青年ジョナスは顔合わせの日にヘザーを見て顔を赤くする。
レティシアとジョナスの縁談は一旦まとまったが、男爵との縁談を嫌がったヘザーのため義母が婚約者の交換を提案する……。
婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。
だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。
理由は簡単だった。
「君は役に立ちすぎた」から。
すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、
“静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。
そこで待っていたのは――
期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。
前に出なくていい。
誰かのために壊れなくていい。
何もしなくても、ここにいていい。
「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」
婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、
何者にもならなくていいヒロインの再生と、
放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。
これは、
“役に立たなくなった”令嬢が、
ようやく自分として生き始める物語。
転生令嬢だと打ち明けたら、婚約破棄されました。なので復讐しようと思います。
柚木ゆず
恋愛
前世の記憶と膨大な魔力を持つサーシャ・ミラノは、ある日婚約者である王太子ハルク・ニースに、全てを打ち明ける。
だが――。サーシャを待っていたのは、婚約破棄を始めとした手酷い裏切り。サーシャが持つ力を恐れたハルクは、サーシャから全てを奪って投獄してしまう。
信用していたのに……。
酷い……。
許せない……!。
サーシャの復讐が、今幕を開ける――。
婚約破棄ですって? 1回くらい復讐してもいいですよね?
tartan321
恋愛
王子様はいつでも自由奔放。
婚約も、そして、婚約破棄も。
1回くらい復讐したって、罰は当たりませんよね?
その後は、別の世界の住人に愛されて??
夏の眼差し
通木遼平
恋愛
伯爵令嬢であるティナの婚約者とティナの妹が恋仲になり、ティナは婚約を解消することになる。婚約者に対して特に思い入れはなかったが、姉妹の婚約のすげ替えについての噂と勝手なことばかり言う妹に気疲れしたティナは、昔から彼女を気にかけてくれていたイライザ夫人の紹介で夫人の孫娘リネットの話し相手として雇われることになった。
家から離れ、リネット共に穏やかな日々を過ごすティナは、リネットの従兄であるセオドアと出会う。
※他サイトにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ご感想ありがとうございます。 ご意見参考にさせていただきます😊
ご感想ありがとうございます。
面白かったと言っていただけて大変うれしいです。その後も書けたらいいなと思っています。
ご感想ありがとうございます。参考にさせていただきます。