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しおりを挟む春になり、庭に美しいバラの花が咲いた。それをルーシャは窓辺で眺めながら風をかき混ぜて花びらを舞い上がらせる。青く晴れたそれは高く広くどこまでも続いていて風に乗って花弁は遠くに飛んでいく。
……そういえば前の年はいろいろなことがあって王宮のバラは見られませんでしたね。
そう考えながらもユリシーズがせっせと育てた美しい野バラ眺めた。もうああして王宮から飛び出してから半年以上は経っているだろうか。
はじめはバタバタとしていた生活も段々と落ち着いてきて、よそ者のルーシャたちもこの小さな町で住人として認められていた。
それは、きっとルーシャの幸運の力も多少は助けになっているのだろうが、一番の理由はユリシーズの人柄のおかげだと思う。
それに彼は魔力があって平民たちに比べればずっと強い、頼られて魔力を持っているとばれないようにしながらも森に出た大きな魔物を倒したこともある。
その時の祝賀会で人多さに固まるルーシャをフォローして話を回してくれた彼は随分と頼りがいがあった。
本当に素敵な人なのだ。皆が好きになるのもわかる。
しかし、彼はルーシャのものだ……多分、きっと。
半年以上も一緒に住んでいるのに未だに関係ははっきりしていないところが少しだけルーシャにとって、もやもやしている部分でもある。
……でも今更、私たちって何なんですかと聞くのもなんとなく憚られます。
困ったと思いつつも一つ息をついて目を瞑ると、扉の向こうから足音が聞こえてガチャンと木の扉が開いた。
玄関扉から直接、居間につながっているこのお家は随分と小さくて、平民の暮らしとは大変だと思ったが、暮らしてみると人と暮らしているという温かみを感じられてとても居心地がいい。
あと窓が壁についているのもとても良い事だ。
窓の外から視線をもどし、扉へと目をやるといつものように腰に剣をぶら下げたユリシーズが大きな紙袋を持って立っていた。
「……お帰りなさい、ユリシーズ」
「ただいま……ルーシャ、あのさ、ごめん、この上の籠を取ってくれない?」
彼が言っている籠とは大きな紙袋の上に乗せられたリンゴのたくさん入った籠だった。
その下にはお野菜がぎちぎちに詰まった布袋があって、他にもユリシーズが持っている紙袋の上に色々と積みあがっている。
急いで立ち上がって一番上の籠から手に取ってテーブルに置いていく、そうしながらも、もしかしてと思い聞いてみた。
「あの……今日は夕食用のチーズを買いに行っただけでしたよね? どうしてこんなに色々なものを……」
「……うん。……うん、えっと、不揃いな野菜を処分しようとしているときに丁度俺が通りかかったんだって、それから売れ残りで捨てるしかないチーズのおまけと、パン屋の亭主が間違えて大量に発注した小麦粉を持っていってほしいって言われて、積みあがっていく俺の荷物を面白がって、誰かがリンゴを最後に乗せたんだよ」
「……」
それを聞いて流石にルーシャはピンときた。きっと、バラが咲いて嬉しくてユリシーズにいつもより加護がかかってしまったのだろうと思う。
……自分ではうまく調節できないのは、困りものです。
好意がこうして見える形で勝手に作用してしまって、それを二人とも確認できてしまうというのはとても恥ずかしくて、ルーシャは黙り込んだ。
無言でテーブルに彼が貰って来た物たちを並べていく。
ルーシャ自身、自分の加護というものをユリシーズと外に出てみて初めて実感した。
これは本当に不思議なもので、日々の些細な事から大きな出来事まで幸運で済ませられることがすべて加護を受けている対象に引き寄せられる。
「ふぅ、良かった、ちゃんと家まで帰ってこれて、流石に腕がプルプルしてたよ」
彼はずれた眼鏡をかけ直してほっと息をつく。それから赤くなったまま固まるルーシャに変わらない黒い瞳を愛情に染めてにっこり笑った。
「今日も、愛してくれてありがとうルーシャ」
……わざわざ言わなくてもいいじゃないですか。
改めて言われるとすごく恥ずかしくて、そんな風に思う。
「……た、ただの偶然かもしれないです」
「そうかな?」
「はい」
「本当に?」
「……多分」
「顔赤いよ、ルーシャ」
優しい低い声で言われて、観念して小さく頷いた。顔が熱くてまともにユリシーズが見られない。
恥ずかしくて仕方がないので、このまま夕食の支度でも始めてしまおうと彼が買ったり貰ったりしてきた食材を手に取って、キッチンに向かおうとする。
するとその手を上から押さえられて、ぎゅっと後ろから抱きしめられる。
大きな彼の体に包まれるのはすごく安心するしとっても嬉しいが、今はそれが許容範囲外であり、すでに羞恥心ではちきれそうだったルーシャは赤くなったまま固まった。
「もう夕食を作るの? 今日はもう少しゆっくりしていてもいいんじゃない」
「お、お腹すきました」
「うん。それは困ったね」
少し笑うみたいな声が項にかかって、もうどうにかなってしまいそうだったが、彼は楽しそうだ。
離宮に居た時のルーシャの告白にはあんな風に返したくせに、彼は、今までよりもずっと近い距離でルーシャに接してくる。これはいったい何なのだろう。
今まで全く聞いたことがなかったが、今日ばかりはもう恥ずかしさの限界でルーシャは声をあげた。
「……待ってください……いったん離れましょう!」
真剣な声を出して彼のなかでわたわたと暴れる。
それから、するりとユリシーズの腕の中から抜け出して、暴れたせいで乱れた髪をくしくしと整えつつルーシャには言いたいことがあるのだと訴えるようにユリシーズを見た。
彼はあんなに、仲の良いカップルみたいにルーシャに抱き着いてきたのに、まったく普通みたいな顔をしていて、やっぱり昔と同じように子供だとしか思われていないのではないかという疑問が浮かんだ。
ルーシャはきちんと自分の恋心を伝えたが、彼の言葉は結局、聞けずじまいで、どういう関係なのかも曖昧なのだ。
子供としての愛情が欲しいというわけではない、ルーシャは立派なレディだ。
「ユ、ユリシーズ!」
「うん? どうかした?」
彼は不思議そうな顔をして首を傾ける。離宮にいた時のように、貴族らしくもないし、高価な香水もつけてはいないが、彼はルーシャから見てずっと理想のお兄さんで好きな人だ。
今でもそれは変わってない。
「……私たち、その、こうして一緒に暮らし始めて、もうしばらく経ちますよね」
「そうだね」
「今までの生活でもずっと……楽しくて嬉しくて初めての事ばかりで、たまに怖いけれど、出てきてよかったと思ってるんです」
「……急にだね」
言い始めたはいいが、なんとなく直球に聞くのは難しくて遠回しな事を言ってごまかすみたいになってしまう、でも言いたいことはそれじゃないのだ。
「は、はい。えっと、でも、今幸せです」
「うん」
「そうなんですけど、ひとつだけ気になっていて」
少し遠回りしてやっと本題にたどり着く。急に昔の話を持ち出して幸せだと言い出したルーシャに、ユリシーズは少し首をかしげて不思議そうにしていた。
いつもの黒髪が揺れる。
「でも、私たち、恋人でもないのに、こんなに距離が近くて一緒に暮らしていていいんでしょうか?」
決心して口にした。ルーシャは一度告白をはぐらかされている。関係性をはっきりさせるのは怖かった。でも、こうして触れ合って嬉しいたびにどぎまぎするのは困るんだ。毎回とてもよくわからない気持ちになるし。
それで困るよりも素直に喜びたい。今日だって向かい合って抱きしめていいならそうしたい。
ルーシャの唐突な質問にユリシーズは、パチパチと瞳を瞬いてそれから、当たり前のように言うのだった。
「俺たちって恋人じゃなかったの?」
「え、恋人だったんですか?」
「俺はそうだと思ってたけど」
「あ、……う、え? そう、ですか」
「うん……あ、ああ。そういえばまだキスしてなかったから、わからなかった?」
言いながら、なんだと納得したユリシーズは、警戒するように距離を取っていたルーシャに数歩近づいて抱き寄せてる。それからかがんで唇にチュッと口づけた。
「ルーシャの唇は柔らかいね」
感想のようなことを言って、ユリシーズはよくできましたとばかりに頭を撫でてくる。
…………っ。
子ども扱いと同じに感じるのに、彼にとっては恋人らしく、これはとても困ったと思う。違いが分かりづらくて頭のなかはパニックだ。でも嬉しい。
見上げると眼鏡の向こうの瞳と目が合った。優しく細められているその瞳は昔から変わらない様子でどうにも落ち着かない。
「好きだよ。ルーシャ」
さらにはそんなことまで言われて、頭のなかがしびれる様だった。黒髪がさらりと落ちてきて、いつか慣れるのだろうかと思いながら抱きしめる彼の手に従う。
程よく硬い男性らしい胸板に頭を預けてルーシャはゆっくりと目をつむった。
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