婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ

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第一章

04 彼が探しているモノ2

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 ノアは無表情のまま少年姿の闇の眷属を見下ろすと、ゆっくりと口を開いた。

「ただの通行人Aだ。お前に道を尋ねたいから話しかけただけし、お前が先に攻撃してきたから防御と反撃を行っただけだ。俺に非はないはずだが」
「うるせえ!殺すぞ!!」

 少年の姿をした闇の眷属は喚き散らす。その瞬間ノアは躊躇いなく魔力を解放し強烈な電撃を浴びせた。闇の眷属の叫び声が辺りに響き渡る。

「ぎゃあああぁぁッ!!!」

 凄まじい威力の電撃を受けた闇の眷属はのたうち回る。痙攣しながら地面を転げ回り息も絶え絶えになっている。それでもまだ息があるあたり流石高位の眷属といったところか。

「少し落ち着け。俺は道を尋ねたいだけだ」 
「いやいやいやいやっ!!人にものを頼む態度じゃねーだろ!!いでででっ……!?」

 反抗が止まらないので、再び強力な電撃を食らわせると闇の眷属は沈黙した。これ以上やりすぎると存在ごと消滅させてしまいそうだったので一度止める。

「お前の正体は人ではないだろ?」
「いやツッコむとこそこじゃねえだろ……それにアンタ魔力に闇が混じってるじゃねえかよ。ったく、何で同族の狩りを邪魔しやがる。お前はこっち側だろ?」

 闇の眷属は心底意味が分からないと言いたげに首を傾げている。ノアの魔力に闇属性が混じっていると気が付いているのだろう。彼はノアを同胞だと勘違いしているようだ。

「貴様のような下等生物と同族ではない。幼い子どもに成り済まして騙し討ちをする卑劣な奴と一緒にしないでくれ」
「はん、下等生物はこいつだろ?」

 少年姿の闇の眷属が嘲るように嗤った。彼の視線の先には呆然としている男がいた。おそらく闇の眷属に精神干渉術をかけられていた一般人だろう。

「子どもの姿をした俺を手懐けて、襲おうとしていた変態野郎だぜ?俺は人間様のあさましい欲望に応えただけだ。醜い欲望を抱えたクズを放置すれば、何の落ち度もない被害者が出る。その方が可哀想だろう?その前に俺が責任を持ってそのねじ曲がった魂を食べてやった方がいいんだよ」

 狙われた男は青ざめてガタガタ震えていた。どうやら自分の秘めた醜悪な欲望を具現化され、無意識に行動してしまったことに気が付いたらしい。罪悪感と羞恥で精神崩壊寸前といった様子である。このままでは、またすぐに別の闇の眷属に簡単に憑依されて堕ちてもおかしくないだろう。

 ノアは『認識阻害』機能が付与された外套を脱ぐと、錯乱し始めた男に羽織らせた。この外套は見た目を誤魔化し正体を隠す為に使用するもので、外からの魔力感知を防ぐ効果もある。とりあえずヤバい奴らから守ってくれるだろう。
 シモンの小言が聞こえてきそうだ。しかし今は緊急事態なので許してほしい。あの男には後日別の外套を購入して届けよう。事情を話せば分かってくれるはずだ。たぶん。

「わ、私はどうしたら……」
「お前が変態だろうが屑だろうが実際に行動を起こしていない以上、お前は犯罪者ではない。これから先に欲望のままに行動しないという選択肢を選べば大丈夫だ。理性を保て」

 ノアは冷たく言い放つと男を睨みつける。至近距離でノアに見つめられた男は何故か顔を赤らめ恍惚とした表情を浮かべている。男の目に熱っぽい光が宿っている。もしかしたら、またもや無意識に『魅了』してしまったかもしれない。

「はい……多分もう幼い子に手を出すことはありません。天使のように美しい貴方様だけを見て生きます」
「……そうか。なら良かった。では俺の視界から去れ」

 男の反応に戸惑いつつもノアは冷たく言い放つ。男は感激したように両手を組み合わせ祈りを捧げるようなポーズを取った。これは……ノアが思っていた反応とは少し違う気がするが……。まあいいか。

「ありがとうございます、救世主様……」

 そう言うと男はニコニコと笑いながら去って行った。その表情は晴れやかで幸せそうだった。
 良かった。彼ならきっと乗り越えられるだろう。

「あいつ、ターゲットが俺みたいな美少年からアンタに変わっただけで、根本的解決にはなってねえんじゃねえか?」
「大丈夫だ。子ども相手に襲いかかれば犯罪だが俺は成人男性だし……たぶん平気だ」
「は?成人男性?嘘だろ?いやその……アンタ、その見た目で?」
「失礼な奴だな」

 闇の眷属がギョッとした顔でノアを見る。ノアは憮然とした表情を浮かべた。昔から年齢より幼くみられてしまうことをノアは密かに不満に思っていたため、闇の眷属の指摘に不貞腐れた態度をとってしまう。
 なお、ノアは自分が女装していることを完全に忘れている。

「とりあえず話を戻すが……道を尋ねたい。答えてくれるのであれば、拘束を解除してやる」
「……その辺の親切そうな奴に聞けば?」
「いや、その辺の奴らには分からない。人語を話す闇の眷属を探していたらお前を発見した。ちょうど良かった」

 ノアの言葉に闇の眷属は眉間に皺を寄せた。そして訝しげにノアを見つめる。ノアの言うことが理解できないといった様子だ。

「何を尋ねたいんだ?」 
「お前らのボスの居場所だ。北部辺境伯領にいるんだろう?具体的にどう行けばいいのか分かるか?」

 ノアがそう言うと闇の眷属は一瞬目を見開いた後で鼻で笑う。

「……やっぱりこっち側だろ、お前。お前は魔王様の配下になりたいのか?そうそう、先日建国記念祭とやらで、勇者の末裔が目覚めたとかどうとかで騒ぎになっていたが……」

 そこまで言ってから闇の眷属は目を瞬かせる。そして再びノアをじっと見つめた。真意を探るかのようだ。ノアは無表情のまま相手を見据える。

「……居場所を知らないと言ったら?」

 闇の眷属は疑問符を浮かべる。ノアは静かに腕組みをすると相手を見下ろした。想定内の反応だ。そして冷淡な声音で答える。

「ならばお前を抹消する」
「おいおい!道案内だけのつもりだったって聞いてた話と違うんだが!?」
「お前を抹消し、様子を見に来た別の魔族を捕まえて吐かせることにする」

 そう言ってノアは闇の眷属の頭部目掛けて右手を掲げる。指先に魔力を集中させると黒い霧のようなものが発生した。それが渦を巻いて凝縮されていく。闇の眷属の顔に焦りの色が浮かぶ。

「待て!待て待て待て!!本当に知らないんだ!魔王様の居場所なんて下っ端は知らねえの!!」
「嘘をつくな」
「いやマジで!魔王様は自由気ままで神出鬼没だ。いつ何処にいらっしゃるかなんて俺達にも分からねえ!!そもそも魔族に統率って概念無いんだよ!!」

 闇の眷属は必死に弁明を続ける。その必死さに一応信用してやることにした。ノアは右手を下げると闇の眷属に問いかける。

「……北部辺境伯領に奴の拠点があるんだろう?」
「つか、お前やっぱりこっち側だろ?何で魔王様を探してるんだよ……はっ、まさかお前魔王様の隠し子か何かなのか?」
「……」

 ノアは無言のまま相手を見つめる。全く違うがここで否定すると『なんで魔王に用事があるのか?』という元の質問が来てしまうだろう。ノアは適当に答えることにした。

「……複雑な事情がある」
「……なるほどな」

 闇の眷属は納得したような顔で頷く。どうやらノアが魔王の隠し子だと思い込んだらしい。
 まぁそれで良いか。余計なことを喋らずに済む。

「そういうことなら協力してやりたいところだが、本当に場所は知らねえんだよ」
「そうか……役立たずが」

 ノアの平坦な侮蔑の声に闇の眷属はムッとした表情になる。

「おいテメエ……いちいち上から目線なのは何なんだよ!!」
「お前は俺より格下であるのは確定している」
「こっち側なのに偉そうでなんか腹立つな~」

 闇の眷属は不服そうに舌打ちをする。ノアは構わず話を進める。

「もうひとつだけ尋ねたいことがある」
「何だ?」

 ノアの言葉に闇の眷属は怪訝そうに眉をひそめた。

「『ヴェイル』という者を知っているか?」
「ヴェイル?……ああ、魔族の中でもかなり上位の奴だな。昔は魔王様の側近だったはずだが……ここ数年は姿を消してるらしい。つか、魔王様じゃなくそっちが目的かよ?」
「……」

 ノアは闇の眷属の問いには答えず静かに口元に手を当てる。魔王の側近といえば幹部クラスだ。何の目的でノアに近付いたのだろうか。監視のためか?それとも……
 やはり、もっと早めに疑うべきだったのかもしれない。いずれにしても、どうやら奴は魔族の中でも有力者のようだったらしい。

「そうか。情報提供に感謝する。じゃあな」

 ノアはそう言うと踵を返してサッサと立ち去ろうとする。闇の眷属は慌てて制止した。拘束魔法が掛けられたままで身動きできないのに、逃げられたら堪らないのだろう。

「コラッ!待て待て!!これを解いていけよ!!」
 闇の眷属が叫ぶ。ノアはゆっくりと振り返った。

「この先人間を襲わないと約束するなら解除しよう」
「いや無理だろ。俺達の存在意義は人間の欲望と願望と妄想を叶えることだ」
「なるほど。ならばやはりここで朽ち果ててくれ」

 ノアは冷酷に言い放つと同時に、再び右手を掲げる。その仕草を見て闇の眷属が悲鳴を上げた。

「わわわかった!もう悪さはしない!だから助けてくれ!!」
「本当か?」
「嘘じゃない!人間界では大人しくやってくから!」
「なら、お前の名前を教えてくれ」
「名前?えーっと……」
「言えないのか?」
「……いや。えーと『ゼニー』だ」
「随分金に執着してる名だな」
「あん?何か文句でもあるのかよ!」
「別にない」

 ノアは溜息をついて拘束魔法を解除する。闇の眷属……ゼニーはゆっくりと立ち上がると、伸びをして凝り固まった体をほぐした。そしてノアに向き直ると恭しく頭を下げる。

「感謝するぜ、ご主人様」
「ご主人様?」

 ゼニーの発言にノアは首を傾げる。ゼニーはニヤリと笑うと胸を張った。

「とりあえず、お前の方が格上で強いってことは認めてやるよ。だから俺はお前の配下になることにした」
「不要だ。帰れ」
「冷たいなー。お前は魔王様のお子様だろ?命令には従うさ」

 小首を傾げながら可愛らしく笑ってみせるゼニーにノアは冷めた目を向ける。見た目が弱々しい美少年でも中身は狡猾で残忍な魔物だ。絶対に油断してはいけない。

「お前の名前は?なんて呼べばいい?」
「……名前は教えられない」
「ええ~、つれないなぁ。契約で縛ったりしないから安心してくれよ。お前の願望とか好みに外見を変えることだってできるんだぜ?お前の理想を映し出す鏡みたいなもんだからさ。大人の男が好きなのか?それとも……」
「いらん」

 ノアは無表情のまま即答する。何故大人の男が好みであると思われているのだろうか。普通は男性に対して女性を用意するのではないだろうか。よく分からない。
 なお、ノアは自分が女装していることを完全に忘れている。

 ゼニーはノアの反応に若干面食らいつつも気を取り直すと調子よく言葉を紡いだ。

「じゃあ、ペットになってやろうか?使い魔の定番の黒猫とか蛇とか狐とか……」
「しつこい。媚びても魔力はやらんぞ」
「ん~、バレてたか」

 ゼニーは苦笑いを浮かべながらも諦めて引き下がる。そのまま姿を消してしまった。やはり魔物は厄介だ。隙を見せたらすぐに付け込まれてしまう。次会ったときは容赦しないでおこう。それに。


「……ペットは既に飼っている。他は不要だ」

 ノアの独り言は、夕暮れ時の薄暗くなった路地に虚しく響いた。


 
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