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第一章
05 彼が一夜を共にした人1
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「お嬢さん、おひとりですか?もしよかったら食事でも一緒にどうでしょう?」
「いえ結構です、先を急ぐので失礼します」
日中のうちに王都を抜けてしまおうと考え、街の外へ向かおうと先を急いでいるのだが、先ほどから頻繁に声を掛けられる。シモンが貸してくれた『認識阻害』機能付きの外套を手放したせいだ。迂闊だった。ノアは舌打ちをする。
女性らしい服装をしているからか?声をかけてくるのは男ばかりだ。仄かに下卑た下心が漂ってくる。こんなことなら、浮浪者にでも擬態すべきだったかもしれない。いやしかし、それでは乗合馬車には乗せてもらえない可能性が高い。
それに、騎士団員や警備兵の制服を着た男から声を掛けられる場合は要注意だ。単なるナンパなら良いが、職務質問の場合もある。捜索願いが既に出されている可能性も考慮すべきだ。ノアがやらかしたことを考えれば、今度捕まって連れ戻されたらただでは済まない。恐らく魔力を封じられて公爵領に一生幽閉されることになるだろう。あの父ならやりかねない。
ノアは歩調を速めた。王都の端から馬車に乗って北東の山岳地帯を目指すつもりだ。残念ながら王国の主要都市の移動手段となる鉄道は北東方面へ向かう路線は敷かれていない。本来なら『転移』でひとっ飛びしたいところだが、自分が行った場所でなければ移動は難しく、ノアは北部へ足を踏み入れたことはなかった。座標もあやふやなので仕方がない。
街中に広がる噴水のオブジェの脇を通って曲がり角を進むと建物が途切れて街の外へと続く街道に出た。舗装された道が整備されており荷馬車や旅客馬車が行き交っている。早足で駅へと向かう。
「申し訳ございません。本日の運行は終了しました」
駅の係員にそう言われてノアは愕然とする。時刻は夕暮れ時であり確かに日没が迫っていた。ここのところ、魔獣による被害報告があり、夜間の馬車の運行が停止されているとの説明を受けた。街道を抜けた先に岩山地帯があり、そこに巣くう魔獣が頻繁に現れて人を襲うことがあるらしい。
「仕方ないな……」
ノアは呟くとそのまま街へと引き返すことにした。とりあえず今日は王都で寝泊まりをせざるを得ないようだ。駅周辺には宿屋が集まっている。旅人が多く泊まるので当然だ。その宿泊施設のうち比較的小綺麗な宿屋に適当に入る。扉を開けると、古びているがよく手入れされた木製の受付カウンターがあり、一人の老人が座っていた。店主であろう男はノアを見るなり眉根を寄せた。
「済まないね、今日は一杯だよ」
「そうですか」
仕方ない。食糧を調達して野宿でもするか。どうせ今の自分は一人では眠ることができないのだ。
ノアはそう決心すると踵を返して出口へ向かう。その時である。
「……お嬢さん、相部屋でよければ私が宿泊している部屋のベッドを提供しましょうか?」
突然横から若い男らしき声で呼びかけられた。またナンパかと顔を顰めて振り返ると、金髪碧眼の長身の青年が爽やかな笑みを浮かべていた。
誰もが惹かれるような華やかな美貌。服装は簡素なもので動きやすさ重視といった感じだが、どこか品がある。腰に長剣を携えていることから騎士か冒険者あたりの職業を装って一般人に紛れ込んでいるつもりなのだろうが、その容姿は高貴な出で立ちを隠せていない。
見知った、懐かしい顔をした彼がそこにいた。
ノアの内心を知ってか知らずか、青年は柔らかい微笑みを湛えてこちらを見つめている。彼はこんな庶民が泊まるような安宿に居てはならない人物だ。ノアは思わず彼の上着の襟を掴んだ。
「こんな場所で、なんという格好をしてるんですか!?まさかお一人じゃないですよね?護衛はどうされたのですか!?」
次々と出てくる抗議の言葉に、青年は肩を竦める。
「……いや、その台詞そのまま返すよ。それにしても随分可愛らしいドレスを着ているね、ノア」
「……」
穏やかに笑みを溢すこの国の第二王子サミュエルその人を目の前にし、ノアは頭痛を覚えた。
***
サミュエルの宿泊する部屋は二階の奥まった場所にある個室で、外からは見えないようにカーテンが閉められている。室内にはシンプルなベッドとチェスト。窓際に置かれた椅子とテーブルなど最低限の家具しかない。貴族が泊まるような豪奢な作りではないものの清潔感があり落ち着いた印象だ。
『婚約者』と偽り同室に宿泊することを店主に伝えるとすんなりと通された。ベッドは一つしかない。どう見ても大人一人用だ。二人で眠るには狭すぎるので、ノアが床に寝るしかないようだ。
「ずっとノアと二人で話をしたかったんだけど、公爵からの許可が出なくてね」
サミュエルが溜息混じりに漏らした事実は初耳だったが、それもそうかとノアはすぐに納得した。建国記念祭の日にノアが『第二王子』に魔術で危害を加えようとした現場を幾人もが目撃している。完全に揉み消すことは不可能だろう。いくらサミュエルが否定したとしても、ノアの父である公爵が二人を接触させることに慎重になるのは当然のことだ。
無言で唇を噛むノアの姿を見つめ、サミュエルは苦笑した。
「座って話そうか?」
「……はい。分かりました」
ノアは大人しくベッドの端に腰を下ろす。サミュエルは備え付けの椅子に座ると思いきや、何故かノアのすぐ隣に座ってきた。
近い。密着するほど近い。というか肩が触れ合っている。あまりにも自然に距離を詰めてくるサミュエルに対してノアは内心動揺していた。
「……近すぎませんか」
「気のせいだよ」
いや気のせいじゃないだろう。そう思いながらもノアは突っ込まずにおいた。何となく今の彼は怒っているような雰囲気がある。下手に刺激するべきではない。
サミュエルが部屋に防音結界を張り巡らせる。それからゆっくりとノアの方に顔を向けた。
「久し振りに会えて嬉しいよ。体調は良くなったみたいだね」
「……一応、今日の昼間に学園の食堂でお会いしましたけど」
「ああ、そうなんだ。『私』は君に何か酷い事をしなかったかい?」
この言い方だと、今日の『第二王子』の言動については把握していない様子だ。ノアは溜息をついた。
「大勢の生徒が居る場で、『愛人』とされているルカ・クラルヴァインを膝の上に抱えて口づけをしながら愛を語りかけるなど、頭の中が花畑の腐った鳥頭のような振る舞いをしていました。あれでは国民の支持は得られません。……もし本気で王宮に迎えたいのであれば、ルカにきちんとした教育と後見人を与え、然るべき手続きを踏んで正式に婚約してください。現在の彼は平民であり地位は不安定です。このまま彼を『愛人』として中途半端に囲ったままでは、貴方の評判を地に落とすだけです。……既に多大なる誤解を招いていますし、やや手遅れ感はありますが」
ノアが怒りを抑えながら非難を混じえて一気に報告する様子を眺め、サミュエルは苦笑する。
「ああ、そんなことになってるんだ。建国記念祭で囮にしたことを余程恨まれてしまったかな……。『私』の評判が地に落ちてしまっているのなら、卒園後の信頼回復が大変そうだ。品位に欠けるとかで王位継承権を剥奪されてしまうかもしれないな」
サミュエルはそう言って愉快そうに笑う。その反応にノアは眉を顰めた。笑いごとではないのだが、まるで他人事だ。
「ルカのことについては大丈夫だ。君が心配するような立場で迎え入れることはしない。安心してくれ」
「……それなら良いのですが」
サミュエル自身の口からこのような発言が出るということは、そのうち『愛人』ではなく正式な婚約者として、ルカを迎え入れるということだろうか。先ほどは道義的な正論で諭したが、それもまた大変な道程になりそうだ。ただ、本人達の問題なのでノアがとやかく言う筋合いではない。
「今日は君の大事なペットの『ポチ』は一緒じゃないのかい?」
「……少し、喧嘩を」
「へえ」
あまり突っ込まれたくない話題になったのでノアは短く答えるに留めた。サミュエルも端的に返事をするだけでそれ以上追及してこなかった。敢えて触れないでくれているのかもしれない。
「それで、ノアは何処に行こうとしているんだ?変装までして」
「……」
さらに答えられない質問が飛んで来てしまった。北部辺境伯領へ行く予定だが、正直に告げるとさらに追及が続き最終的に連れ戻されそうなのでノアは黙秘する。サミュエルは俯くノアの肩に手をかけてその顔を覗き込むと、困ったように微笑んだ。
「私には話せないのかな?」
優しい声色に潜む棘を敏感に察知してノアは慌てて目を逸らす。やはり彼は怒っているようだ。穏やかな話し方なのに威圧感がすごい。ノアが逃げられないように肩を掴むサミュエルの手の力が強い。どうやら逃げられそうにない。
「いえ結構です、先を急ぐので失礼します」
日中のうちに王都を抜けてしまおうと考え、街の外へ向かおうと先を急いでいるのだが、先ほどから頻繁に声を掛けられる。シモンが貸してくれた『認識阻害』機能付きの外套を手放したせいだ。迂闊だった。ノアは舌打ちをする。
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それに、騎士団員や警備兵の制服を着た男から声を掛けられる場合は要注意だ。単なるナンパなら良いが、職務質問の場合もある。捜索願いが既に出されている可能性も考慮すべきだ。ノアがやらかしたことを考えれば、今度捕まって連れ戻されたらただでは済まない。恐らく魔力を封じられて公爵領に一生幽閉されることになるだろう。あの父ならやりかねない。
ノアは歩調を速めた。王都の端から馬車に乗って北東の山岳地帯を目指すつもりだ。残念ながら王国の主要都市の移動手段となる鉄道は北東方面へ向かう路線は敷かれていない。本来なら『転移』でひとっ飛びしたいところだが、自分が行った場所でなければ移動は難しく、ノアは北部へ足を踏み入れたことはなかった。座標もあやふやなので仕方がない。
街中に広がる噴水のオブジェの脇を通って曲がり角を進むと建物が途切れて街の外へと続く街道に出た。舗装された道が整備されており荷馬車や旅客馬車が行き交っている。早足で駅へと向かう。
「申し訳ございません。本日の運行は終了しました」
駅の係員にそう言われてノアは愕然とする。時刻は夕暮れ時であり確かに日没が迫っていた。ここのところ、魔獣による被害報告があり、夜間の馬車の運行が停止されているとの説明を受けた。街道を抜けた先に岩山地帯があり、そこに巣くう魔獣が頻繁に現れて人を襲うことがあるらしい。
「仕方ないな……」
ノアは呟くとそのまま街へと引き返すことにした。とりあえず今日は王都で寝泊まりをせざるを得ないようだ。駅周辺には宿屋が集まっている。旅人が多く泊まるので当然だ。その宿泊施設のうち比較的小綺麗な宿屋に適当に入る。扉を開けると、古びているがよく手入れされた木製の受付カウンターがあり、一人の老人が座っていた。店主であろう男はノアを見るなり眉根を寄せた。
「済まないね、今日は一杯だよ」
「そうですか」
仕方ない。食糧を調達して野宿でもするか。どうせ今の自分は一人では眠ることができないのだ。
ノアはそう決心すると踵を返して出口へ向かう。その時である。
「……お嬢さん、相部屋でよければ私が宿泊している部屋のベッドを提供しましょうか?」
突然横から若い男らしき声で呼びかけられた。またナンパかと顔を顰めて振り返ると、金髪碧眼の長身の青年が爽やかな笑みを浮かべていた。
誰もが惹かれるような華やかな美貌。服装は簡素なもので動きやすさ重視といった感じだが、どこか品がある。腰に長剣を携えていることから騎士か冒険者あたりの職業を装って一般人に紛れ込んでいるつもりなのだろうが、その容姿は高貴な出で立ちを隠せていない。
見知った、懐かしい顔をした彼がそこにいた。
ノアの内心を知ってか知らずか、青年は柔らかい微笑みを湛えてこちらを見つめている。彼はこんな庶民が泊まるような安宿に居てはならない人物だ。ノアは思わず彼の上着の襟を掴んだ。
「こんな場所で、なんという格好をしてるんですか!?まさかお一人じゃないですよね?護衛はどうされたのですか!?」
次々と出てくる抗議の言葉に、青年は肩を竦める。
「……いや、その台詞そのまま返すよ。それにしても随分可愛らしいドレスを着ているね、ノア」
「……」
穏やかに笑みを溢すこの国の第二王子サミュエルその人を目の前にし、ノアは頭痛を覚えた。
***
サミュエルの宿泊する部屋は二階の奥まった場所にある個室で、外からは見えないようにカーテンが閉められている。室内にはシンプルなベッドとチェスト。窓際に置かれた椅子とテーブルなど最低限の家具しかない。貴族が泊まるような豪奢な作りではないものの清潔感があり落ち着いた印象だ。
『婚約者』と偽り同室に宿泊することを店主に伝えるとすんなりと通された。ベッドは一つしかない。どう見ても大人一人用だ。二人で眠るには狭すぎるので、ノアが床に寝るしかないようだ。
「ずっとノアと二人で話をしたかったんだけど、公爵からの許可が出なくてね」
サミュエルが溜息混じりに漏らした事実は初耳だったが、それもそうかとノアはすぐに納得した。建国記念祭の日にノアが『第二王子』に魔術で危害を加えようとした現場を幾人もが目撃している。完全に揉み消すことは不可能だろう。いくらサミュエルが否定したとしても、ノアの父である公爵が二人を接触させることに慎重になるのは当然のことだ。
無言で唇を噛むノアの姿を見つめ、サミュエルは苦笑した。
「座って話そうか?」
「……はい。分かりました」
ノアは大人しくベッドの端に腰を下ろす。サミュエルは備え付けの椅子に座ると思いきや、何故かノアのすぐ隣に座ってきた。
近い。密着するほど近い。というか肩が触れ合っている。あまりにも自然に距離を詰めてくるサミュエルに対してノアは内心動揺していた。
「……近すぎませんか」
「気のせいだよ」
いや気のせいじゃないだろう。そう思いながらもノアは突っ込まずにおいた。何となく今の彼は怒っているような雰囲気がある。下手に刺激するべきではない。
サミュエルが部屋に防音結界を張り巡らせる。それからゆっくりとノアの方に顔を向けた。
「久し振りに会えて嬉しいよ。体調は良くなったみたいだね」
「……一応、今日の昼間に学園の食堂でお会いしましたけど」
「ああ、そうなんだ。『私』は君に何か酷い事をしなかったかい?」
この言い方だと、今日の『第二王子』の言動については把握していない様子だ。ノアは溜息をついた。
「大勢の生徒が居る場で、『愛人』とされているルカ・クラルヴァインを膝の上に抱えて口づけをしながら愛を語りかけるなど、頭の中が花畑の腐った鳥頭のような振る舞いをしていました。あれでは国民の支持は得られません。……もし本気で王宮に迎えたいのであれば、ルカにきちんとした教育と後見人を与え、然るべき手続きを踏んで正式に婚約してください。現在の彼は平民であり地位は不安定です。このまま彼を『愛人』として中途半端に囲ったままでは、貴方の評判を地に落とすだけです。……既に多大なる誤解を招いていますし、やや手遅れ感はありますが」
ノアが怒りを抑えながら非難を混じえて一気に報告する様子を眺め、サミュエルは苦笑する。
「ああ、そんなことになってるんだ。建国記念祭で囮にしたことを余程恨まれてしまったかな……。『私』の評判が地に落ちてしまっているのなら、卒園後の信頼回復が大変そうだ。品位に欠けるとかで王位継承権を剥奪されてしまうかもしれないな」
サミュエルはそう言って愉快そうに笑う。その反応にノアは眉を顰めた。笑いごとではないのだが、まるで他人事だ。
「ルカのことについては大丈夫だ。君が心配するような立場で迎え入れることはしない。安心してくれ」
「……それなら良いのですが」
サミュエル自身の口からこのような発言が出るということは、そのうち『愛人』ではなく正式な婚約者として、ルカを迎え入れるということだろうか。先ほどは道義的な正論で諭したが、それもまた大変な道程になりそうだ。ただ、本人達の問題なのでノアがとやかく言う筋合いではない。
「今日は君の大事なペットの『ポチ』は一緒じゃないのかい?」
「……少し、喧嘩を」
「へえ」
あまり突っ込まれたくない話題になったのでノアは短く答えるに留めた。サミュエルも端的に返事をするだけでそれ以上追及してこなかった。敢えて触れないでくれているのかもしれない。
「それで、ノアは何処に行こうとしているんだ?変装までして」
「……」
さらに答えられない質問が飛んで来てしまった。北部辺境伯領へ行く予定だが、正直に告げるとさらに追及が続き最終的に連れ戻されそうなのでノアは黙秘する。サミュエルは俯くノアの肩に手をかけてその顔を覗き込むと、困ったように微笑んだ。
「私には話せないのかな?」
優しい声色に潜む棘を敏感に察知してノアは慌てて目を逸らす。やはり彼は怒っているようだ。穏やかな話し方なのに威圧感がすごい。ノアが逃げられないように肩を掴むサミュエルの手の力が強い。どうやら逃げられそうにない。
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