婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ

文字の大きさ
7 / 33
第一章

06 彼が一夜を共にした人2

しおりを挟む




「……実は、母に会いに行こうかと思っておりまして。父からは当然許可を貰えないし、外出許可も下りないのは分かっているので、黙って出てきました。もちろん週明けまでには学園に戻ります」

 ノアは視線を逸らしたまま、あらかじめ用意してあった嘘を小さな声で一気に答える。それを聞いたサミュエルの眉間の皺が深くなったことに、ノアは気が付かなかった。

 ノアの母は心身共に衰弱しており面会謝絶の状態がもう何年も続いていた。今は南部の地方都市にある療養院に隔離されている。ノアとは数年間会っていない。彼女が精神を病んだ原因の一端である自分は、母との面会を固く禁じられている。現在の病状などはノアには一切知らされておらず、父も主治医も沈黙している。
 この理由であれば、周囲に黙って王都を出ようとしたノアの行動に、サミュエルも納得するであろうと判断した。寄宿舎を抜け出す理由として、シモンにも同じ理由を告げている。もっとも、シモンの方はノアの発言を信じているのかは疑わしい。


「そういう理由か。なら私も同行しよう。君を一人で行かせるわけにはいかないからね」

 サミュエルが何故か勝手について来る宣言をしてきたので、ノアは困惑した。これでは当初の目的であった北部辺境伯領に行くことができない。

「いえ、大丈夫です。殿下を危険に曝すわけにはいきません。殿下は早急にお戻りください」
「学園に戻る必要はないよ。その理由は君も薄々気が付いているだろう?むしろ今私が戻るとややこしくなる」

 サミュエルの際どい発言に、ノアは冷や汗をかく。防音結界をはっているとはいえ、万が一誰かに聞かれたら大事になる発言だった。

「どちらにしろ、私は殿下と一緒に行動できない立場なので」
「それは、君が私を殺そうとしたから?」
「……そうです」

 ノアの頑なな態度に、サミュエルは溜息を漏らした。

「ノア、何故嘘をつくんだ?君は私を殺そうとした訳じゃないし、誰も傷付けていない。最初からずっとそうだった」

 ノアは押し黙った。サミュエルの役に立てるなら、自分に利用価値があるなら、何でもしようと考えていた時期もあった。しかし、今の自分はただの無能な犯罪者だ。この方に何かの形で報いることもできず、足を引っ張るだけの存在となっている。

「それに、この先の駅からは北部へ行く乗合馬車しか出ていないよ。南部へ行くなら国境近くの駅まで一旦戻るしかない。ノアは方向音痴みたいで心配だから、私が案内してあげよう」
「……ですから!」
「私の案内が不安なら、公爵に連絡して正式に許可を取ってもいいが、どうする?」

 サミュエルにさらりと脅されて、ノアは焦った。それはまずい。困る。今父に連絡されて学園を不在にしていることがバレれば、間違いなく連れ戻されることになる。

「……父に連絡は不要です。分かりました。案内をお願いします」
「よろしい」

 不満たっぷりのノアの顔を見つめながら、サミュエルが満足気に微笑む。どこまで気が付いて何を把握しているのか全然読めない。油断のならない相手である。

「出発は明朝でいいかい?もう遅いから今日は休もうか」
「……承知しました」

 ノアは仕方なく頷く。これ以上の抵抗は無駄だと悟ったからだ。
 仕方がない。夜中、サミュエルが寝入ったところで一人こっそり抜け出して転移魔法で北部辺境の山中に適当に移動しよう。座標はあやふやだし、森の中なら魔物はいるかもしれないが、人間に迷惑をかけることはないはずだ。最初からそうすれば良かった。
 
 ノアは密かに計画を立てた。ノアが居なくなったときのサミュエルの反応を想像し、少しばかり罪悪感を抱いたが、すぐにそれを頭から振り払う。






 しかし、その計画は結局実行されることはなかった。


***

 翌朝、ベッドの中での激しい密着に耐えかねて目を覚ますとすぐ隣でサミュエルが安らかな寝息を立てていた。

(……夢?)

 驚き過ぎて硬直してしまう。昨晩は当たり前のように床で寝ようとしたノアを引き留めて、ベッドへと引き摺り込んだのはサミュエルだ。せめてもの抵抗としてベッドの端と端で離れて就寝したはずだ。何故彼はノアを抱き締めているのか。否、むしろ何故ノアは彼の腕の中にいるのか。疑問しか湧いてこない。

「起きたのかい?おはよう、ノア」

 こちらが狼狽えていることに気が付いていないのか、サミュエルは目を瞑ったまま至近距離から呑気に挨拶をしてくる。ノアは無言で身を捩ってサミュエルの腕の中から抜け出そうとしたが、彼の腕はビクともしない。
 服は着ている。特に異常はないようだ。念のために身体のあちこちを確認する。心臓が煩いくらいに脈打っていた。

「よく眠れた?」

 ノアの挙動不審な行動を気にせずサミュエルは柔らかい微笑みを浮かべる。

「はい。……その、腕を解いていただけますか?」
「ああ、ごめん。君が逃げ出さないよう無意識のうちに拘束してたみたいだ」

 サミュエルに抱きしめられて眠っていたという現実が受け止めきれずに狼狽えるノアの反応が面白いのか、サミュエルはクスクスと楽しそうに笑った。それからゆっくりと腕を緩めてノアの身体を解放してくれる。

 昨夜はいつの間にか寝落ちしていたらしい。久しぶりによく眠ったような気がする。疲労と睡眠不足が溜まっていたのもあるが、自分以外の他人の体温に安心してしまったのだろうか。
 一種の裏切り行為に思えて、ノアは居心地の悪さを感じていた。

「朝ごはん食べに行こうか」
「……その前に、これも外してもらえませんか」

 ノアは自分の手首に巻かれた手枷を示す。昨晩の就寝時にサミュエルからはめられた。魔力を阻害する類の魔導具で、ノアは魔術を行使することができなくなってしまったのだ。
 以前魔法省の取調を受けていた際も同じような手錠をはめられたことがある。違うのは、鎖に連なるようにサミュエルの腕に似たような輪状の金属が装着されていることだ。この二つの装置を無理矢理外すと爆発するらしいよ、と昨晩笑いながら説明されてノアは硬直した。
 どうやら夜中に逃げ出そうと企んだことを見透かされていたようだ。流石にサミュエルを傷付けたり殺傷することは避けたいので、ノアは夜の間は大人しくしていた。にしても、少しやり過ぎな気がするのは気のせいではないはずだ。
 
「忘れていたよ。解除しようか」

 サミュエルは悪びれる様子もなく素早く解呪する。手枷が外れたことで魔力が流れ込んでくる感覚にほっと息をつく。
 とりあえず、隙をついて逃げ出すか、シモン辺りにこっそりと連絡してサミュエルを回収してもらう以外に方法はないだろう。騎士団の詰め所か警備兵にサミュエルの存在をチクリたいところだが、普通は一国の王子がこんな場所にいる訳がないので、下手すると偽物扱いされる可能性もある。悩ましいことである。

「ノア、今日は普通の格好にしようか。昨日の服は可愛いかったけど、誘拐されかねない」
「……」
「返事は?」
「……はい」  

 逃亡を邪魔した彼への苛立ちからつい仏頂面になってしまう。そんなノアに対し、サミュエルは楽しげに笑みを浮かべていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を取られるなんてよくある話

龍の御寮さん
BL
ノエルは義母と妹をひいきする父の代わりに子爵家を支えていた。 そんなノエルの心のよりどころは婚約者のトマスだけだったが、仕事ばかりのノエルより明るくて甘え上手な妹キーラといるほうが楽しそうなトマス。 結婚したら搾取されるだけの家から出ていけると思っていたのに、父からトマスの婚約者は妹と交換すると告げられる。そしてノエルには父たちを養うためにずっと子爵家で働き続けることを求められた。 さすがのノエルもついに我慢できず、事業を片付け、資産を持って家出する。 家族と婚約者に見切りをつけたノエルを慌てて追いかける婚約者や家族。 いろんな事件に巻き込まれながらも幸せになっていくノエルの物語。 *ご都合主義です *更新は不定期です。複数話更新する日とできない日との差がありますm(__)m

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる

路地裏乃猫
BL
ひょんなことから悪役令嬢モノと思しき異世界に転生した〝俺〟。それも、よりにもよって破滅が確定した〝バカ王子〟にだと?説明しよう。ここで言うバカ王子とは、いわゆる悪役令嬢モノで冒頭から理不尽な婚約破棄を主人公に告げ、最後はざまぁ要素によって何やかんやと破滅させられる例のアンポンタンのことであり――とにかく、俺はこの異世界でそのバカ王子として生き延びにゃならんのだ。つーわけで、脱☆バカ王子!を目指し、真っ当な王子としての道を歩き始めた俺だが、そんな俺になぜか、この世界ではヒロインとイチャコラをキメるはずのヒーローがぐいぐい迫ってくる!一方、俺の命を狙う謎の暗殺集団!果たして俺は、この破滅ルート満載の世界で生き延びることができるのか? いや、その前に……何だって悪役令嬢モノの世界でバカ王子の俺がヒーローに惚れられてんだ? 2025年10月に全面改稿を行ないました。 2025年10月28日・BLランキング35位ありがとうございます。 2025年10月29日・BLランキング27位ありがとうございます。 2025年10月30日・BLランキング15位ありがとうございます。 2025年11月1日 ・BLランキング13位ありがとうございます。 第13回BL大賞で奨励賞をいただきました。これもひとえに皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございました。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

処理中です...