婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ

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第二章

07 王宮のお茶会に現れた侵入者1

  

 ノアが第二王子サミュエルとはじめて会ったのは10歳の頃。兄であるマティアスが行方不明となった後で、家族や家庭教師など最低限の人間としか接触をしないヒキコモリ生活をしていた時期のことだった。


 王宮で開かれるお茶会に、姉とともに招待されたのだ。第二王子と歳の近い子どもばかりが集められたそのお茶会は、恐らく王子の側近や婚約者候補を選ぶ場でもあったのだろう。その茶会当時王子と同じ12歳だったノアの姉カロリーナは、まだ婚約者の決まっていないサミュエルに見初められるのではないかと浮かれていた。


「ちょっと、ノア!あんた『魅了』魔術使えるんでしょ?サミュエル殿下にかけてきなさいよ。私と殿下がいい感じになれるようにサポートしてよね」
 
「姉さま、無茶を言わないでください。王族に闇属性の魔術をかけるなんて……重罪です」

 ノアは呆れ果てた目で姉を見つめた。王家の血筋は光属性を持つものが多く、第二王子も例外ではない。光と闇は対となる属性だ。相手の魔力量にもよるが、下手をすると反発しあって命の危険もある。

「大丈夫よ!少しだけだって!私みたいな可愛い子に恋心を抱くようにちょっとだけ操ればいいんだから!そのくらい役にたちなさいよ!!」

 カロリーナは全く分かっていない。『魅了』とは、一時的に相手の感情を操作し自分に好意を抱かせる闇属性の魔術だが、その効果は永続的ではないのだ。
 闇属性持ちのノアは、幼少の頃、笑顔を振り撒きながら無意識に『魅了』魔術を発動していたらしく、誘拐事件に巻き込まれたことがある。それ以来常に無表情を通していたし、意識的に感情の起伏を抑えるように心掛けていた。

 そんな過去の経緯もあり、ノアは『魅了』魔術に苦手意識があって封印しているのだ。なのにカロリーナはそんな弟の内心を察することもなく無茶振りしてくる。

 もともとノアに好意的だった兄マティアスと違い、姉カロリーナは、父の再婚により新しく家族となったノアとノアの母に対して当たりが強かった。自分の実の母親を亡くしたすぐ後に、公爵夫人の座にチャッカリおさまったノアの母を嫌悪していて、そのせいかノアに対しても何かと突っかかり冷たく接してきたのだ。母は完全に姉に怖気づいて言い返すこともできず、黙って耐えている状態だった。

 カロリーナの心の奥底には実の母を幼くして亡くした寂しさがあるのかもしれない。それはなんとなく伝わってきたので、ノアも面倒だなとは思いつつも強く反抗することはなかった。だからと言って大人しく何でも従うつもりはない。正直言って鬱陶しい。

「嫌です」

 ノアはきっぱりと言い切った。そもそも相手の心を捻じ曲げて寵愛を得ようなどという浅はかな考えには賛同しかねる。
 カロリーナはむぅっと頬を膨らませ拗ねたが、それ以上は強く言ってこなかった。

「まぁいいわ。自分で勝手にやっておくから。せっかくの機会だから、あんたも少しは愛想よくして友だちでもつくりなさいよ。そんな可愛げのない仏頂面をしてたら、この先もずっと一人よ」
 
 カロリーナはそう忠告すると、ノアを置いてさっさと去って行った。ノアはその後ろ姿を見送りながら深いため息をついた。



(闇属性持ちの子どもだとバレたら、人間の友だちなんてできるわけないだろう)

 心の中で毒づくが、それを口に出したりはしない。余計なトラブルは避けたいからだ。

 本当は欠席したかったのだが、父である公爵からは絶対に参加するようにと厳命されていた。それにノア自身にも目的があった。
 それは、光属性持ちの第二王子サミュエルが、ノアの目的を達成するための対価にふさわしい人物かどうかを見極めるというものだ。

 それにもう一人。第二王子の家庭教師にも少しばかり注目していた。サミュエルから少し離れて佇むその男は、クライヴ・スペンサーという名の宮廷魔術師だ。数々の功績を残し国王からも信頼の厚い実力者である。ノアが彼に興味を持ったのは、クライヴが闇属性の魔術の研究を認められている第一人者であり、その知識は広く深いと評判だからだ。
 今はサミュエルの護衛兼教育係をしているようだ。黒に近いダークブラウンの髪と、切れ長の鋭い新緑の瞳、表情は乏しく冷たい印象を受ける。年の頃は30代半ばくらいだろうか。

 ノアは、彼の研究資料を見てみたいと常々思っていたが、彼のことは「危険人物」だと聞かされていたので直接接触するつもりはなかった。それにもしこの先師事するなら、第一王子殿下の師匠の方が良い。弟子をとらないことで有名な方なので、望みは薄いだろうが。

 華やかな場所が苦手なノアは、誰とも交流せず隅の方に設置されているテーブル席に座ってぼんやりとしていた。
 王宮の美しい庭園に設営された会場内を見回せば、王子の姿はすぐに見つかった。綺麗な金髪碧眼の美少年である。優雅な仕草で紅茶を飲みながら、令嬢たちに囲まれ穏やかに談笑していた。

 サミュエルの優しそうな雰囲気は、どことなく兄マティアスを彷彿させる。光属性を持って生まれた者は皆慈悲深い気質なのかもしれない。王子の周囲にいる令嬢たちもみんな笑顔だ。あの中に入っていくのはノアにとって苦行でしかないが、仕方ない。接触してみなければ何も分からない。

 ノアは覚悟を決めると、その場から立ち上がった。そのときである。


「君、この辺りに闇の精霊の気配を感じたんだが、何かおかしなことはなかったかい?」

 突然背後から声をかけられ、びくりと肩を震わす。驚いて振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。艶のある長い髪を一つに束ねた整った顔立ちの青年である。

「いえ……特には……」

 ノアは動揺しながら答えた。相手は宮廷魔術師クライヴ・スペンサーであった。いつの間にこんな至近距離まで来ていたのか。サミュエルに気を取られていたとはいえ全く気づかなかった。油断していたとはいえ不覚だ。

 ノアが闇属性持ちだということは、家族や近しい使用人の一部と主治医だけしか知らない秘密である。しかしクライヴは闇属性についての造詣が深いだけあって勘が鋭いのか、こちらの動揺を見てとったらしい。

「いや……君自身から闇の気配を感じる気がするな……ひょっとして君は……」

 クライヴが語りながら、ノアに触れようと手を伸ばしてくる。それを見てノアは咄嗟にその手から逃れようと身を翻した。触れられたらバレるかもしれない。その瞬間。

 

 ガブッ。

 クライヴの右手首に何かが噛みついていた。それは小さな白い仔犬のような生き物だった。いきなり出現したその生き物は、クライヴの腕に牙を突き立てながら彼を睨み付けている。



「……ああ、なるほど。コレの気配だったのか」

 クライヴは口元に笑みを浮かべながら、自身の右手に噛みついている生き物に対し優雅な手つきで左手をかざした。彼が小声で詠唱しながらその左手を翻すと、そこに炎の球体が出現した。そのまま躊躇なくそれを自分の右手に投げつけた。

「ギャンッ!」

 小さな悲鳴と共に仔犬のような生き物は吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。全身が赤く燃え上がり、見るも無惨な状態で悶絶している。その様子を目の当たりにしてノアは衝撃を受けた。ノアが結界を展開する間もなかった。ノアの身体が震えだす。


「きゃああああああ!!」

 現場を目撃したらしい令嬢の一人から甲高い悲鳴があがった。異変に気が付いた周囲が騒がしくなっていく。皆怯えて後退る中で、サミュエルが駆け寄ってくるのが見えた。

「先生!何があったんですか?」

 サミュエルが叫ぶと同時に、クライヴの足元に横たわっていた生き物がふわりと空中に浮かび上がる。そして一際大きく燃え上がった次の瞬間には、跡形もなく消滅していた。その場に漂う焦げ臭い匂いだけがその存在を主張していた。

「失礼しました。サミュエル殿下。今のは闇の眷属です。このような場所に出現したのは異例ですが」

 クライヴが謝罪しながら答えると、サミュエルは眉をひそめた。

「闇の眷属?」
「ええ。闇属性を持つ魔術師が召喚する使い魔です。こちらのご子息に取り憑こうとしていたようで……何者かが悪戯に送り込んだのでしょう。幸いまだ契約前でしたので、私の手で排除致しました」

 クライヴは淡々とした口調で説明しながらノアを見つめた。


(なにが、取り憑こうとしていただ……)

 ノアは心の中で吐き捨てるように罵った。この男が傷付けたのは、ノアの大事なペットだ。あの子はこの魔術師からノアの魔力属性がバレないよう守ろうとしてくれただけだ。なのに……
 ノアは思わずクライヴを睨みつけた。するとクライヴは肩を竦めて口を開いた。

「先程の異形のものは、可愛らしい動物に擬態した闇の眷属だよ。もしかしたら君はアレを可愛がっていたのかもしれないが、害虫駆除は早い方がいい。それに私は闇属性の専門家でね。こういうことに慣れているから」

 ノアは反論しようとしたが言葉が出なかった。周囲も同意しているのだろう。誰もクライヴを責めたりしない。一方的に排除されるのは当然といった雰囲気だ。

「……助けていただき感謝します。ありがとうございました。体調がすぐれないので失礼いたします」

 ノアは必死で冷静を装い礼を述べると、直ぐに踵を返した。これ以上ここにいるのは耐え難い。それに、早く犬の姿をした自分の大事なペットを探し出さなければならない。 

「君。ちょっと待ってくれ」

 背後からサミュエルの呼び止める声が聞こえたが無視した。本来であればチャンスだと喜ぶべきなのかもしれない。しかし今は話をする時間はない。ノアは足早にその場を後にした。
 背中にいくつもの視線を感じたが、振り向かずに走り続けた。

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