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第二章
08 王宮のお茶会に現れた侵入者2
しおりを挟む「……ヴェイル?」
その気配を追って辿り着いた場所は、王宮の庭園の端にある小さな池だった。すぐそばで倒れている獣を見つけて駆け寄る。全身火傷を負って痛みに震えている自分の大事な家族の姿を見下ろして、ノアは唇を噛み締めた。
消滅したように見せかけて転移魔術を発動し、あの場から悪者のまま去ったのは、ノアを庇うためだったのだろう。
「勝手に付いてくるなと言っただろう!なのに何故来た。余計なことを……」
ノアは苛立ち紛れにヴェイルを怒鳴りつけてしまい、すぐに後悔して口を噤んだ。助けてくれてありがとう……と伝えるべきなのだが、どうしてもそう伝えるのが難しい。
だって実際にノアはヴェイルの行動にめちゃくちゃ怒っているのだ。自分を犠牲にして庇ってくれても全く嬉しくない。
胸の奥が締め付けられるような苦しさを感じながらノアは屈み込むと、焼け爛れた毛皮に触れた。
「ヴェイル、ごめん……僕のせいで……痛かっただろう……」
謝罪の言葉を口にしながら、ノアはヴェイルの身体を優しく抱き上げる。治癒魔法が使えないノアは彼を癒すことができない。せいぜい自分の闇の魔力を分け与えるくらいだ。ノアは涙を堪えながら大事な家族の名を呼び続けた。こんなときに兄がいれば……、と一瞬だけ頭を過ぎるが、その考えを振り払うように慌てて首を振った。
「……ノア。一人称が『僕』に戻ってるぞ。甘えたいなら後でよしよし撫でてやるから。まずは、落ち着け……」
こんな時でさえ、いつも通りの憎まれ口を叩くヴェイルに腹が立った。
「あの魔術師、ムカついて危うく反撃しそうになったが……耐えてやったぞ。褒めて、欲しいくらい、なんだが……?」
「バカ!反省しろ。勝手に付いてきて俺の邪魔をするな!!」
白い犬の姿をしたノアのペットは、途切れ途切れの声で語る。弱々しい呼吸音に不安になり、ノアは怒りに任せて言い放ってしまう。
「……違う。もう、喋るな」
今度は自嘲的な呟きを漏らした。酷い矛盾だが仕方がない。助けてもらったのに文句ばかり言う自分が情けなくて泣きたくなる。
「……大丈夫だ。もう少ししたら、自力で治せるから。……ノア。少し、離れてろ……」
「嫌だ」
「おい」
離れたくないと訴えるノアにヴェイルは困ったように呟く。ノアの腕の中の彼の声がどんどん掠れていく。焦燥感が募る一方で何もできない己の無力さに苛立ちを感じた。ヴェイルの身体から温もりがどんどん薄れていく気がする。このまま本当に死んでしまったらどうしよう。
ノアの脳裏にかつて経験した辛い記憶と後悔が蘇り、視界が滲んでいく。嫌だ、絶対に離れてはいけない。
──お願いだから、また僕の傍からいなくならないで。
「大丈夫?」
不意に背後から声をかけられた。驚いて振り返ると、そこには先ほどの第二王子サミュエルが佇んでいた。いつの間に追いかけてきたのか。彼の美しい碧色の瞳がまっすぐノアに向けられている。彼の背後には誰もいない。どうやら、護衛を蒔いて単独で来たようだ。
彼の魔力は光属性だ。もしかしたら、あるいは。
「……助けて」
ノアは涙を流しながら唯一の救いにすがった。けれど、たとえ王子が『治癒』を使えるとしても、魔物を助けるような真似はしないだろう。そもそも助けることができるのかすら分からない。それでもノアは諦めきれずに懇願してしまう。
サミュエルの顔が僅かに歪む。彼は静かにノアの隣にしゃがみ込み、火傷だらけのヴェイルの身体にそっと触れた。ヴェイルはもう喋らない。この場に他の人間が来たからなのか、もう喋ることが出来ない程衰弱してしまったからなのか、ノアには判断がつかなかった。
「……この子は闇の眷属、だよね?」
サミュエルの問いにノアは無言で頷いた。多分誤魔化せない。腕のなかのヴェイルが息苦しそうに短く呼吸を繰り返す度にビクビクと痙攣するように動く。このままでは死んでしまうかもしれない。
「大事なペットで……家族、なんだ。助けて……」
「わかった。やってみる」
サミュエルはノアの懇願にアッサリ頷くと、再びヴェイルの身体に触れ何やら集中しているようだった。
サミュエルの指先が眩い光を放ち始める。その光がヴェイルを包み込んだ。ノアにはない聖なる光属性の魔力だ。幸運なことに、彼は光属性持ちで、その力をノアのために行使してくれるようだ。
きらきらと輝く柔らかな光の粒子があっという間にヴェイルの全身に満ちていく。発動が早い。それと同時に酷かった火傷の痕が徐々に塞がっていくのが見える。ノアは思わず目を奪われた。
(すごい……)
まるで奇跡を見ているようだった。ノアは光属性持ちだった兄のマティアスが治癒の魔術を使う姿を見たことはあるが、ここまで圧倒的な光景ではなかったと思う。ただ、ノアを惹きつけた神々しいまでの光の美しさは兄と同じだった。
「……きれい」
思わず感嘆の声を漏らしたノアの呟きを拾ったのか、サミュエルがこちらを見て少しだけ笑った。
全く別の人間であるはずなのに、マティアスの影がちらつく。胸の奥が疼くような妙な感覚が襲ってきて、落ち着かない気分になってしまう。
傷だらけだったヴェイルの全身が再生していく。その奇跡の過程をノアは息を飲んで見守っていた。
暫くして完全に傷が癒えたのか、光が消え去った後には綺麗な毛並みの白い獣が寝息を立てて眠っていた。体力の消耗が激しい為か眠りについたようだ。
ノアは信じられない思いでサミュエルを見つめた。まさか本当に死にかけの魔物を助けてくれるなんて思わなかった。しかもノアの懇願に躊躇することなく『治癒』を施してくれるなんて。それに、あれ程の傷を負っていたヴェイルを、ほぼ無傷の状態まで回復させてしまうとは、サミュエルは相当な魔力と技術の持ち主らしい。
サミュエル自身は、ノアが自分に寄せる尊敬の眼差しに気が付かず、少し怪訝そうにヴェイルを見つめていた。
「闇の眷属に『治癒』を施したことは初めてだったけど、思ったほど抵抗がないな。闇の眷属も本来は自然から生まれた生命体だからか?それともこの子に悪意が無かったからなのか?」
ヴェイルの回復具合を考慮すれば、短時間に大量の魔力を消費したと思われるはずなのに、彼の表情には疲労感どころか興奮の色を浮かべている。研究者気質なのか、ブツブツ呟きながら何か考え込んでいる様子だった。
「ありがとう……ございます」
ノアは感謝の気持ちを伝えて深く頭を下げた。何の見返りもなく、こんな奇跡を与えてくれる王族は他にいないだろう。素晴らしい人である。サミュエルがノアを咎めることも、ヴェイルを捕らえるつもりもないのを察して、ノアは安堵した。
同時に、自分はこの先の人生、この御方に誠心誠意仕えようと心に固く誓う。
「礼は不要だ。先生……クライヴが君の家族を傷つけて悪かった。彼は私の専属護衛魔術師、兼教育係なのだが、たまに暴走するところがあるから困ってるんだ。……あと、今の出来事は秘密にしよう。お互いの為にもね」
「わかりました」
サミュエルの提案にノアは素直に同意した。ここで恩を仇で返すような愚かな真似をするつもりはない。
ノアの返答を聞いたサミュエルは満足げに微笑んだ。彼の手がゆっくりと伸びてきて、何故かノアの頬を撫でてきた。安心感から気を抜いていたノアは、突然の接触に驚き思わず身体を硬直させてしまう。
サミュエルの指先が涙の跡を辿るようにノアの輪郭を慎重になぞっていく。ノアは彼の意図が読めなくて困惑していた。けれども、ノアはサミュエルの手を振り払うことも逃げ出すこともせず、彼のしたいようにさせていた。
「……君、もしかして闇属性を?」
サミュエルはノアの顔を覗き込んで静かに問いかけてきた。その声音には確信を持っている風ではなくて、どちらかと言うと疑念の色合いが強いように感じた。このまま嘘を貫き通しても良かったのだが、ノアは正直に答えることにした。恩人に嘘をつくのは良くないことだと、兄ならそう言う気がしたからだ。
「はい。私は闇属性を生まれ持っています」
正直に告白するとサミュエルの表情が僅かに輝いた。意外な反応である。そして、気のせいか彼に触れられた箇所が少しずつ熱くなっていく。
「……私に触られて異変はない?魔力の反発は?」
優しい声音で語りかけながら、サミュエルはノアの様子を注意深く窺う。ノアは戸惑いつつも小さく首肯した。
「……少し熱いですが、大丈夫です」
「少し?我慢できる?」
「はい、なんとか……」
サミュエルは、まだノアの頬を優しく弄っている。少し擽ったい。これは一体何をしているのだろうか。
さらにサミュエルが何かを尋ねようと口を開いたとき、遠くから彼の護衛騎士の声が響いた。
「サミュエル殿下……!」
「あー、見つかってしまったか。もう少し検証したかったのになあ」
サミュエルが残念そうな表情で呟く。どうやらノアで遊んでいる場合ではなくなったようだ。護衛騎士が慌ただしく走り寄ってくるのを見て、サミュエルがノアを隠すように立ち上がる。そしてノアにそっと耳打ちした。
「今度改めて会おう。二人だけでゆっくり話せる時にね。君の名前を教えてもらえるか?」
ノアは頷いて素直に名乗った。恩人である王子の指示だ。拒否することはできないだろう。それにしても何故わざわざ個人的に会おうとしてくるのか。理解できなかったが素直に従うしかノアに選択肢はない。
「ノア・オルコットです」
「……ああ、君はファーレンホルスト公爵の……」
サミュエルは一瞬だけ苦し気な表情を浮かべたが、すぐに穏やかな笑みに戻りノアの頭を優しく撫でてきた。まるで兄が弟にするような親愛の仕草。サミュエルはノアの髪を撫でながら何か考え込んでいるようだったが、
「またすぐに連絡するから待っていてくれ」
それだけ言い残すとあっさり踵を返し去って行く。取り残されたノアは、暫くの間呆然と立ち尽くしていた。彼は一体ノアに何の用があるのだろうか。
考え込んでいたノアは、そのとき自分の腕の中にいるヴェイルが、サミュエルを睨みつけていることに気がついていなかった。
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