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Extra 運命1
しおりを挟む俺の幼馴染みの黒川樹は、可愛い奴だ。
家が隣で親同士が仲が良く、物心つく前から当たり前のように一緒に居た。
幼い頃は女の子みたいに可愛くて、それこそ天使のように無垢な笑顔を浮かべていた。成長するにつれ、その儚げな外見はさらに磨きがかかっていった。
色素の薄い髪や瞳は柔らかな印象を与え、中性的な雰囲気を醸し出していた。肌も白く、手足もすらりと長い。庇護欲をそそられる容姿に、小動物を思わせる言動。天然で人たらしで、警戒心が薄い。
性格は明るく人懐っこく、誰にでも分け隔てなく接する。人の見かけだけではなく、その言動をしっかり見て判断する。良いところを見つければ素直に褒め、悪いことをすれば注意する。そんな風に真っ直ぐに人と向き合う奴だ。
樹はいつも誰かしらに構われていた。男女問わず好かれ、愛されるのだ。
本人は無自覚だが、樹を狙っている奴は多かった。
俺が周囲を牽制していなければ、わりと危うかったかもしれない。分かりやすい高位の『アルファ』として樹の側にいつもいたので、周りもあまり手出しをしてこなかったが。
樹を護ることは、俺にとって必然だった。
樹の側は居心地が良かった。偽りの自分ではなく、ありのままの自分でいられた。樹はそんな俺を笑顔で受け入れてくれた。
周囲に平等に接する樹が、時折俺にだけ特別に見せる、表情や仕草がたまらなくて、この愛しい存在を手に入れたくて、ずっと側に縛り付けておきたくなるのは当然のことだった。
それでも一度だけ、別の可能性について考えたことがある。
樹には一生告げるつもりはないが。
一般的に『運命の番』とは、一目見ただけでお互いがそう直感する、と言われている。
それは正しいと、俺は今では分かる。
はじめて会った瞬間、首の後ろがざわついて体温が急激に上昇し、目の前の相手が特別なのだとすぐに感じ取れた。それが、本能によるものだとすれば、所詮人間も単なる動物なのだと実感する。
都市伝説だと樹は評していたが、意外と身近にいて、自分がその存在に出会えたと理解したときは、巡り合わせに感心した。
相手も俺が「それ」なのだと気が付いていたようだ。一瞬だけ心底嫌そうな顔を見せたが、周囲の視線を感じたのか、すぐに笑顔になった。
「特進クラスの九條蓮くん、だよね?私に何か用?」
「……大事な話があるんだ。少しだけ時間もらえる?高瀬歩美さん」
本当は、樹に告白したという図々しい女を懐柔するつもりだった。
今まで樹に好意を抱きそうな女がいたら、それとなく自分に意識を向けるよう仕向けていた。男には威圧をかけていたし、俺のものに手を出すなというわかりやすい態度を崩さなかった。
だが、おそらくこの女は駄目だ。
この女はおそらく俺と同じ人種だ。目的のためには手段を選ばない。そして俺の威圧に怯むことなく堂々と樹に接触してきた。何より、樹の側にいる俺に敵意を隠さない。
この『オメガ』は危険すぎる。
彼女の名前は、高瀬歩美。
高校で出会うことができた、世間一般で言われている意味での、俺の『運命の番』は、俺の一番大切な存在を虎視眈々と狙っている、危険な女だった。
***
「やっぱり違うし、無理だとはっきりしたな。そろそろ俺たち別れようか」
俺は笑顔を浮かべて、目の前にいる『恋人』にそう言った。
「……最初から付き合ってないでしょ!!こっちは恋人と勘違いされて迷惑なんですど!?」
高瀬は可愛らしい顔を歪ませて、激怒している。
高瀬を呼び出した翌日から、何故か俺が高瀬に告白して付き合いはじめたらしい、と噂になっていた。
俺が否定せず放置していたせいもあるだろうが、それにしても広まるのが早すぎた。もはや既成事実と言わんばかりに、周囲は囃し立ててくる。
「すごい言われようで傷つくなあ。仮にも、『運命の番』なのに。少しは惹かれる気持ちとかないのかな」
俺は苦笑しながらも悲しそうな、いかにも傷つきました、といった表情を作る。すると、高瀬は眉間に皺を寄せて睨んできた。
「心にもないこと言わないでよ。全く、これっぽっちも、好きになれそうにない。ひとりの人間として理性的に考えると、私があなたと一緒になって、幸せになれるとは到底思えない。自分の運命は自分で決めるわよ」
高瀬はキッパリと言い切った。
「辛辣だね。でもまあ、……同感かな」
全くブレない彼女の姿勢に思わず笑いが漏れる。
俺と高瀬の本質はやはり似ていた。ただ、相手に恋愛感情は全く抱けそうになかった。どちらかというと、同族嫌悪だ。
自分にないものをもつ存在に惹かれてしまうところまで同じだ。
「せめて、黒川くんの誤解くらい解いておきなさいよ。愛しの黒川くんから睨みつけられて、私視線が嬉しい反面、やっぱ辛いんですけど」
溜め息混じりの高瀬の懇願に「あー、うん」と曖昧な返事をする。
樹に誤解されるのは本来避けたいところだ。
だが、樹は今俺に恋人ができたと勘違いして、周囲を真っ赤な顔して威嚇し、何か言いたげに頬を膨らませて俺を見つめながら、恐らく嫉妬している最中だ。
俺にだけみせる表情が正直可愛いくて仕方がない。もう少し堪能したい。このまま放っておきたかった。
「何ニヤニヤしてんのよ。まさかと思うけど、嫉妬されて嬉しいとか思ってる?」
「……」
「図星か。キモい。黒川くんが可哀想」
「煩いな」
俺は高瀬の前で取り繕うのを辞めた。どうせこの女には俺の本性などお見通しだ。
「……余裕かましてると、そのうち足元掬われるわよ」
高瀬は不機嫌さを隠そうともせず、そう吐き捨てた。
1年後、彼女が自分の欲しいものを奪わんと、全力で足元を掬いにくることなど、この時の俺は知る由もなかった。
「彼女がいるんだから、彼女と一緒に帰れよ」
樹の膨れっ面は可愛いが、この発言はいただけなかった。一緒に下校しようと樹のクラスに誘いにきたら、いきなりコレだ。反論しようとすると、邪魔者が現れた。
「れん!来てくれたのね!!嬉しいっ、一緒に帰ろ」
俺の姿を見て嬉しそうに駆け寄ってきた高瀬が、俺の腕をとって教室の外へと引っ張っていく。
先日2人で会ったときはゴミ虫を見るような目つきで俺を睨んでいた彼女は、今は恋する乙女のようなキラキラとした眼差しを俺に向けている。平然とニセモノの仮面を身に着けていやがる。とんでもない女だ。
樹はそんな高瀬と俺を交互に見て、みるみるうちに表情を強ばらせた。心做しか瞳が潤んでいるように見える。可哀想だが、めちゃくちゃ可愛い。今すぐ抱き締めてやりたい。
「いつき、俺本屋行きたいから帰りに付き合えよー」
樹のクラスメイトの男が、馴れ馴れしく樹の腕を掴んで自分のほうへ引き寄せた。たしか三嶋とかいう名前だったはずだ。なんだこの男、樹との距離が近すぎる。
「……あ、うん。いいよ、俺も買いたい参考書あるし……じゃあ、蓮、……またな」
樹は心此処にあらずといった様子で、三嶋に肩を抱かれて教室を出て行こうとしていた。三嶋はチラッと俺を見ると勝ち誇ったように口角を上げ、無抵抗の樹を連れ去って行った。
俺の腕に絡み付いていた高瀬は、「ザマァミロ」と俺に冷たい視線を向けて言い放ち、「三嶋くんも横から攫っていくなんてムカつく。私も黒川くんと一緒に帰りたいぃ」と歯軋りしていた。
樹の人誑しぶりのヤバさは昔からだが、俺の牽制が効かない奴らまで惹き付けるとは。
俺は頭を抱え、大きなため息をつくしかなかった。
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