【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶

文字の大きさ
36 / 44

35 愛おしくてならない  藤代side

しおりを挟む
 高瀬は『穂高が出てきたら、聞けばいい』と言った。
 会ったらではなく、出てくれば、だ。
 その言い方が変で、さらに嫌な笑い方をしたので。

 俺はゾクリとして、鳥肌が立った。そして猛烈な怒りが湧き、高瀬の胸倉をつかむ。

「言え、穂高千雪はどこだっ?」
 苛烈な視線で睨みつけ、ただ白状しろという気迫を注いだだけ。
 でも高瀬はうつろな目になり、俺の問いに答えた。

「ジョウロが入っている、ロッカーの中」

 生徒会室の中にいた全員が、頭に疑問符が飛んだような顔になった。
 高瀬が言うのは、園芸部がジョウロやスコップなどの備品を入れている小さなロッカーのことだ。でも、みんなその中に穂高が入るのは無理だと思ったのだろう。それくらいに小さな物入れなのだ。
 でも俺は、迷わず生徒会室を飛び出し、そのロッカーのある場所へ駆けていく。

「会長、鍵と、先生も呼んでくる」
 萩原の声が後ろから飛んできたが、返事をする余裕もなかった。
 大股で階段を駆け下り、上履きのまま外に出て、裏庭のすみにあるロッカー目指して走った。
「千雪、ここにいるか?」
 ロッカーの金属の扉を軽く叩いてみる。でもなんの反応もなかった。
 辺りにはホースや肥料の袋なども散乱している。でも、ロッカーの高さは俺の腰の辺りくらいのもの、奥行きもバケツを入れられる程度の小さな用具入れだから。ここに千雪がいないのなら、そのほうが良い。
 やはり千雪がここにいるのは考えにくいなと思ったけど。
 念のため千雪のスマホに発信してみた。

 すると。ロッカーの中から着信音がして、マジで鳥肌が立った。
 この小さな箱の中に、千雪がいる?
 いやな予感に襲われ、俺は体の芯からブルリと震える。
「千雪? いるのか? こ、こんなところに?」
 力任せにロッカーを破壊したい衝動にかられた。でも、この中で千雪がどうなっているのかわからない。無理やり扉を押し引きしたら千雪が傷つくかもしれない。だから手が出せなかった。

 そこにようやく、萩原と園芸部の顧問だった教師が駆けつけ、鍵で扉を開けた。するとロッカーの中から膝を抱えた千雪がゴロリと転がり出てきたのだ。
「きゃっ、やだ、穂高くんっ」
 あまりの惨状に、萩原が悲鳴を上げた。
 俺はすぐに千雪を抱きかかえ、彼の様子をうかがう。
 生きているのか、震える手で鼻の辺りに触れる。細い鼻息を感じ、俺はとりあえずホッとした。
 けれど、口にテープを貼られていて、それをはがしたり。手首に巻き付く紐をほどいたり。額から流れる血は制服を汚しているし。もう、本当に痛々しくて見ていられなかった。
「千雪、千雪…目を開けて。お願いだ…」
 ぐったりと脱力する千雪を目にし、俺の中に、千雪を傷つけた者への憤怒と、千雪を失うかもしれない恐怖が、一気に襲い掛かってきた。

「千雪ぃ、死ぬな。お願いだ、死なないでくれ、千雪っ」
「…うるさい、死なないよ」

 腕の中からつぶやきが聞こえ、俺は顔を上げる。
 すると千雪のまぶたがピクリと動いて、薄っすら目を開けた。
 朦朧としているけれど、俺の大好きな千雪の瞳をもう一度見られて、俺は心底ホッとしたのだ。

「千雪、気がついたか? なんでこんな…」
「君に、まだなにも言っていない。絶対、今は、死ねない」
 俺の言葉は聞こえていないみたいで、まだ朦朧としているのかもしれなかった。
 でも、とにかく意識が戻って良かったと思い。

 もう、なにもかもどうでも良くなってしまった。

 千雪がこの世で、息をしている。生きている。それだけで良かった。
「なんでも聞く。憎いでも、嫌いでも、なんでもいい。千雪の本心を聞かせてくれ」
 千雪は右手をゆるりと上げた。おぼつかない手を、俺の頭に乗せて、引き寄せる。
 俺は力の入らないその手の誘導に従って、千雪の方へ身をかがめた。
 そして千雪は。

 俺の耳元に『愛してる』と囁いた。

 ――え?
 まったく想像していなかったことを言われ、俺は驚いた。
 そして、その途端に。ボロボロと涙がこぼれた。
 天にも昇るほどに、嬉しい。そして、ものすごく驚いた。

 まさか、千雪が一番に伝えたかった言葉が、愛してるだなんて……。

 俺は、ずっと勘違いをしていた。千雪に罵られることばかりを考えていたんだ。
 そして、もし勘違いしたまま、千雪と永遠に会えなくなっていたら。
 彼に恨まれていたと思いながら、ひとりで生きていかなければならなかった。

 それは、どれほどに苛酷な地獄だったろう。

 千雪が死ぬことも、この先の人生に千雪がいないことも、考えたくはないけど。
 本当に千雪が生きていてくれて良かったと、俺は心から思い。神に感謝した。

 腕の中にある、ささやかなぬくもりや、吐息の上下する振動が、愛おしくてならない。
 千雪の生命の息吹を感じ、俺はすべてに感謝した。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

ラベンダーに想いを乗せて

光海 流星
BL
付き合っていた彼氏から突然の別れを告げられ ショックなうえにいじめられて精神的に追い詰められる 数年後まさかの再会をし、そしていじめられた真相を知った時

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

六日の菖蒲

あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。 落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。 ▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。 ▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず) ▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。 ▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。 ▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。 ▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

笑って下さい、シンデレラ

椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。 面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。 ツンデレは振り回されるべき。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

処理中です...