【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶

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36 ツンからの照れ隠し  藤代side

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 学園に到着した救急車に千雪は乗せられた。俺も同行し、藤代総合病院に運んでもらう。あらかじめ電話で両親に連絡を取って、病室を確保してもらった。
 俺の大切な友達が暴行されたと言ったら、ともに医者である両親は精密検査をすると言ってくれて。
 病院についたら、しっかりと調べてくれた。
 後遺症が残ったら大変だからな。千雪の白い肌にひとつの傷も残したくない。

 そして千雪は藤代総合病院の中でも最上級な病室である特別室にひと晩入院することになった。
 連絡を受けた千雪の両親がすぐに駆けつけて、千雪になにがあったのか聞いている。
 俺も、教師も警察も、それは知りたいことだった。

 だが、千雪はそのことについて一言も話してくれなかったのだ。

 なぜ? おおよその想像はついているけど、千雪の口から犯人が誰なのかを言ってもらいたかった。
 でも結局、面会時間を過ぎて両親が帰宅するまで、千雪は事件のことを話しはしなかったのだ。

 完全看護なので、面会時間が過ぎたあとは誰も付き添えない。
 でも俺は、ひと晩、千雪のそばについているつもりだった。
 まぁ、病院の息子の特権だよ。

「君は、やることがいちいち大袈裟だな。この病室って、政治家がお忍びで入院するときに使う個室だろ? うちは庶民なんだから、こんな病室用意されても困るよ。母さん、ビビっていた」
 少し頭を起こしたベッドに横になっている千雪は、呆れた様子で言った。

「入院費のことは気にしないで。俺が勝手に手配したし、うちの両親も俺の親友が傷つけられるなんて一大事だってさ、率先して検査をしてくれたんだ」
 千雪の怪我は、髪の生え際の傷を二針縫っただけで済んだ。つか、跡の残る怪我とか、マジで叫び散らかしたいほどムカつくけどな。
 命に別状はないということだけ良かったと思える。
 気絶をしていたから脳のダメージを心配したが、それは大丈夫のようで。
 あと、あちこち打撲があり腹も蹴られたようだけど、内臓の損傷もないようで。まぁ、ひと安心だ。
 それでも急変が怖いので、モニターチェックはしている。

「藤代のお友達特権、ありがたいことだ」
「恋人って言ったら、もっと手厚く診てもらえたかな? 今からでも訂正しようか」
「バカか。二度とこの病院使えなくなるからやめてくれ」
「また、この病院に来てくれるのか?」
「……選択肢は多いほうが良いだろ」

 額に大きなガーゼが当てられ、頭に包帯を巻いている千雪は痛々しいけど。
 ツンからの照れ隠しで、右の指先を鼻の頭に当てるのが、可愛い。
 眼鏡のつるを押し上げる仕草だ。
 でも、そういえば千雪の代名詞である眼鏡がないな。
「眼鏡、どうした?」
 彼のベッドのかたわらにある椅子に座っている俺は、千雪にたずねた。
 なくした場所に心当たりがあれば、取ってくるつもりだったのだが。

 千雪はチョンと首を傾げた。
「さぁ。顔を蹴られたときに、どっか飛んだ」
 のんきな感じで言うが、俺はその場面を想像して血の気が下がった。
 そして猛烈な怒りで血が沸騰した。
 千雪をこんな目に合わせた者への憤怒、千雪の体が心配なこと、不快で苦しく重い感情が、胸の中にぐちゃぐちゃと渦巻いた。

「あぁあぁ、ネガティブオーラをまき散らかさないでくれ。君の感情は周りに影響を及ぼすんだぞ」
 俺の剣呑な感情をいち早く察知した千雪が、俺を注意するけど。
「だって、なにがあったのか千雪が教えてくれないからっ。つか、千雪が言わなくても大体のことはもうわかっているんだからな。だから、言ってくれ」
「大体わかっているのなら、僕が言わなくたっていいだろ」
 そう言って、千雪は小さな口をムッとへの字にする。
 そうだけどぉ。その可愛い唇が可愛くて可愛いんだけどぉ。

 高瀬が関与しているのは察している。だがその詳細を知りたいのだ。
 もどかしい気持ちで俺は千雪をみつめるが、彼はそっと目を伏せた。
「それより僕たち、もっと大事な話をしなきゃいけなかったはずだ」
 その言葉に、俺はハッとして、背筋を伸ばす。
 誰が千雪を傷つけたのか、それはとても重要なことだけど。

 俺たちにはそれよりも最優先にするべき話があった。
 千雪と向き合うと決めたのだ。なにを言われても、受け止めると。

 俺はうなずいて、しっかりとした視線を千雪に向けた。

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