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37 泣き虫王子め 藤代side
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頭に包帯を巻く痛々しい姿の千雪が、口火を切った。
「僕は君に愛してると言ったけど、それはごく一部の感情でしかない」
「うん、わかっている。すごく嬉しい言葉をもらったけど、俺への本音がまだあるんだろう? たぶん、悪いことの方がいっぱい…でも、全部聞く。覚悟して受け止めるから、千雪の全部、俺に聞かせて」
腹に力を込めて、千雪に告げた。
「そうか、表面的な言葉で勘違いさせたかと思って、ちょっと心配だったけど、藤代はちゃんと僕の真意を見ていてくれたみたいだな。じゃあ、話を続けるよ。僕の中にある、複雑で醜い感情のすべてを…」
そうして、千雪は俺の目を見て、しっかりと言った。
「僕は、君が嫌いだった」
やはり、厳しいことを言われた。
息を呑む。けど、これは自分が受け止めなければならない罪だ。
そう心に言い聞かせ、彼の言葉に耳を傾ける。
「だって、仕方がないだろう? 君は僕を殺しかけたんだ。恐怖に固まる僕にキスして、無理やり従わせようとした。僕の気持ちを無視して。それって、心も体も、僕は君に殺されかけたってことだ」
「殺され…」
思った以上に、千雪は傷ついていた。
己の悪行を、千雪の言葉で顧みて、愕然とする。
あの日は、千雪の気持ちを獲得するのに躍起になっていて、俺も必死だった。
でも冷静に思い返せば、ずいぶん強引で乱暴なことをしてしまった。
「好きという気持ちでも心が寄り添っていなければ、キスさえも凶器と化す。と、僕は思う」
もっともな正論に、俺はうなずくことしかできなかった。
千雪とキスをするとき、俺は幸せだった。
でも千雪は、そうじゃなかったんだな。
メンタル爆下がりで、血の気が下がる。顔が、冷え過ぎで気持ち悪かった。
「でも、めちゃくちゃ大嫌いな相手に無理やりキスされた…ってわけでもないよ」
千雪の言葉に、ほんの少しだけ期待して、俺は顔を上げた。
「うわっ、顔真っ青。大丈夫か?」
傷ついているのは千雪なのに、俺を心配してくれる。
そんな優しい千雪が、やっぱり好きで。好きがどんどん積み上がってしまう。
でもとりあえず、手を振って話の続きをうながした。
千雪の話を全部受け止めると覚悟を決めたのだからな。
「藤代は、僕が君から目をそらすのはバリバリ意識しているからだって言ったな? それは正解だ。僕は君のこと、綺麗な顔だなぁって思っているし。勉強とか運動とかで、僕は全然敵わないって思っていた。あらゆる場面で君と僕を比較し、自分が劣っていると感じると勝手に君のことを嫌いだって思っちゃってた」
嫌いと言われても、その話はちょっと嬉しかった。
俺は千雪と付き合う前、千雪の眼中に入っていないような気がしていたから。
でも、見ていてくれたんだ。
千雪が俺を意識していたなんて、なんか、すっごく嬉しい。
喜んじゃいけない話なんだろうけど。
「嫌いっていうか、羨望の的…だったのかも。嫌いだと思いながら、ひどく君にこだわっていた。心が囚われていた。そんな自分を認めたくなくて、君から目をそらしていたんだ」
他人とは輝きの違う、千雪のその瞳に、俺を映してほしかった。
だから目をそらされて、いら立ち、焦って。
結果、千雪を傷つけてしまった…んだよなぁ。
「僕は君のこと、なんでも持っていて、なんでもできるやつだって思っていた。でも、本当の君はそうじゃなかったね。誰でも従わせられる特別な人間なのに、君は普通を望んでいて、だから孤独だった。誰も君と対等ではなかったんだ、そんな中で普通は望めなかったんだな。で、僕だけが違うと言って君は甘えてきた。そんな君を、僕はいつの間にか愛おしいって感じていたよ」
いとおしい…いとおしいってなんだっけ?
そんなふうに感じるくらい、千雪の口から出る俺への言葉としては珍しい単語だった。
でも、噛みしめちゃう。愛おしい…。
「最初は確かに、君とキスするのが苦しかった。いつか君から逃げてやるって思っていた。その機会を狙っていた。なのに、君がひたむきに僕ばかりみつめるから…なんでか、好きの気持ちが生えたよ」
ツンな千雪が、唇をとがらせて、そう言った。
可愛い。でも。
「そんなふうに言ってもらう資格、俺にはない。こんな、どうしようもない…俺に…」
愛してると千雪が言った、最高の喜び。
千雪を苦しめてきた罪悪感。
喜びと苦しみが交互に俺の胸に押し寄せた。
「嫌いって、千雪が言うから…俺、その言葉を聞きたくなくて、首を…でも、殺す気なんかなかったし…」
「すぐ泣く。泣き虫王子め。もういいよ」
俺、泣いてる?
千雪に言われて、自分が泣いていることに俺は気づいた。
「僕は君に愛してると言ったけど、それはごく一部の感情でしかない」
「うん、わかっている。すごく嬉しい言葉をもらったけど、俺への本音がまだあるんだろう? たぶん、悪いことの方がいっぱい…でも、全部聞く。覚悟して受け止めるから、千雪の全部、俺に聞かせて」
腹に力を込めて、千雪に告げた。
「そうか、表面的な言葉で勘違いさせたかと思って、ちょっと心配だったけど、藤代はちゃんと僕の真意を見ていてくれたみたいだな。じゃあ、話を続けるよ。僕の中にある、複雑で醜い感情のすべてを…」
そうして、千雪は俺の目を見て、しっかりと言った。
「僕は、君が嫌いだった」
やはり、厳しいことを言われた。
息を呑む。けど、これは自分が受け止めなければならない罪だ。
そう心に言い聞かせ、彼の言葉に耳を傾ける。
「だって、仕方がないだろう? 君は僕を殺しかけたんだ。恐怖に固まる僕にキスして、無理やり従わせようとした。僕の気持ちを無視して。それって、心も体も、僕は君に殺されかけたってことだ」
「殺され…」
思った以上に、千雪は傷ついていた。
己の悪行を、千雪の言葉で顧みて、愕然とする。
あの日は、千雪の気持ちを獲得するのに躍起になっていて、俺も必死だった。
でも冷静に思い返せば、ずいぶん強引で乱暴なことをしてしまった。
「好きという気持ちでも心が寄り添っていなければ、キスさえも凶器と化す。と、僕は思う」
もっともな正論に、俺はうなずくことしかできなかった。
千雪とキスをするとき、俺は幸せだった。
でも千雪は、そうじゃなかったんだな。
メンタル爆下がりで、血の気が下がる。顔が、冷え過ぎで気持ち悪かった。
「でも、めちゃくちゃ大嫌いな相手に無理やりキスされた…ってわけでもないよ」
千雪の言葉に、ほんの少しだけ期待して、俺は顔を上げた。
「うわっ、顔真っ青。大丈夫か?」
傷ついているのは千雪なのに、俺を心配してくれる。
そんな優しい千雪が、やっぱり好きで。好きがどんどん積み上がってしまう。
でもとりあえず、手を振って話の続きをうながした。
千雪の話を全部受け止めると覚悟を決めたのだからな。
「藤代は、僕が君から目をそらすのはバリバリ意識しているからだって言ったな? それは正解だ。僕は君のこと、綺麗な顔だなぁって思っているし。勉強とか運動とかで、僕は全然敵わないって思っていた。あらゆる場面で君と僕を比較し、自分が劣っていると感じると勝手に君のことを嫌いだって思っちゃってた」
嫌いと言われても、その話はちょっと嬉しかった。
俺は千雪と付き合う前、千雪の眼中に入っていないような気がしていたから。
でも、見ていてくれたんだ。
千雪が俺を意識していたなんて、なんか、すっごく嬉しい。
喜んじゃいけない話なんだろうけど。
「嫌いっていうか、羨望の的…だったのかも。嫌いだと思いながら、ひどく君にこだわっていた。心が囚われていた。そんな自分を認めたくなくて、君から目をそらしていたんだ」
他人とは輝きの違う、千雪のその瞳に、俺を映してほしかった。
だから目をそらされて、いら立ち、焦って。
結果、千雪を傷つけてしまった…んだよなぁ。
「僕は君のこと、なんでも持っていて、なんでもできるやつだって思っていた。でも、本当の君はそうじゃなかったね。誰でも従わせられる特別な人間なのに、君は普通を望んでいて、だから孤独だった。誰も君と対等ではなかったんだ、そんな中で普通は望めなかったんだな。で、僕だけが違うと言って君は甘えてきた。そんな君を、僕はいつの間にか愛おしいって感じていたよ」
いとおしい…いとおしいってなんだっけ?
そんなふうに感じるくらい、千雪の口から出る俺への言葉としては珍しい単語だった。
でも、噛みしめちゃう。愛おしい…。
「最初は確かに、君とキスするのが苦しかった。いつか君から逃げてやるって思っていた。その機会を狙っていた。なのに、君がひたむきに僕ばかりみつめるから…なんでか、好きの気持ちが生えたよ」
ツンな千雪が、唇をとがらせて、そう言った。
可愛い。でも。
「そんなふうに言ってもらう資格、俺にはない。こんな、どうしようもない…俺に…」
愛してると千雪が言った、最高の喜び。
千雪を苦しめてきた罪悪感。
喜びと苦しみが交互に俺の胸に押し寄せた。
「嫌いって、千雪が言うから…俺、その言葉を聞きたくなくて、首を…でも、殺す気なんかなかったし…」
「すぐ泣く。泣き虫王子め。もういいよ」
俺、泣いてる?
千雪に言われて、自分が泣いていることに俺は気づいた。
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