【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶

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38 愛しているの…キス  藤代side

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 千雪の指摘で俺は泣いていることに気づいた。
 でも、涙、止まんない。
 次々あふれる大粒の涙を拳で拭い、話を続けた。

「良くない。俺がずっと千雪を苦しめてきたんだから。千雪は、怖かったんだろ? でも俺、千雪の首にかけた手を離せなかった。嫌いって言われたくなかったし、別れるのも嫌で、ずっとあの日のことをなかったことにしていたんだ。でもずっと、悔やんでた。悔やんで、悔やんで…」
「麗しの美貌が台無しだな。藤代、顔しか取り柄ないのに…」
 笑い交じりに言われ、千雪を見る。すると千雪は俺に、両腕を差し伸べた。

「寒いから。藤代、こっち来て」
 誘われて、俺はすかさずベッドに腰を乗り上げた。そして千雪をゆるく抱きしめ、首元に顔を埋めて泣き顔を隠した。

「本当は、千雪から離れなきゃいけないんだよな。でも、ごめん。俺、千雪がいないとダメなんだ。ボロボロの千雪がロッカーから出てきたとき、俺、全身が凍りついた。千雪が…死んじゃうって…」
 彼が俺から逃げていなくなるのではない。
 本当に、この地上のどこにもいなくなっちゃう。
 そんなとてつもなく恐ろしいことを身近に感じて、鳥肌が立った。

 俺は…簡単に『死んじゃうかもね』なんて千雪に言って、脅したけど。
 あの頃の俺を殴りたい。今はもう、そんなこと口が裂けても言えないよ。

「落ち着けよ。大丈夫、僕は生きているだろ?」
 千雪にしがみついて震えていると、彼は俺の背中をポンポン叩いてくれた。
 彼を抱きしめていると、千雪の息遣いを感じて、ホッとする。
 生きているって、実感できる。
 でも、その安心を手放せなくて、彼をずっと抱きしめていた。

「なぁ、藤代。僕は君を愛しているよ」
 頭を撫でながらそう言われ、胸がひりつくくらいの幸福感を味わった。
 あぁ、俺、もう死んでもいい。最高に幸せ。
 たとえこのあとどんな言葉が続いても、今の一言だけで、なんだって耐えられる。

「でも、気絶するほどの乱暴をされて、僕の意思を無視して従わせるようなキスをした君を、許せないとも思っている。君のこと羨んで嫉妬する、醜い気持ちも抱えている。好きとか、嫌いとか、妬みとか、僕の気持ちはひとつに割り切ることはできない」
 千雪の言葉を聞いて、そうか、やはりダメなんだなって思った。
 覚悟を決めているつもりだったけど。全然、覚悟できていない。
 続く千雪の言葉を聞くのが怖くてたまらない。
 息を吸いこむと、喉がヒクリと引きつった。

「そんな僕を、君は恋人にできるのか?」

 だから。
 千雪がそう言ったとき、一瞬、言葉の意味が脳みそに到達しなかった。
 そして、理解して、驚きに目をみはり。
 それからようやく顔を上げて、俺はブンブン首を縦に振った。
「できる。決まってる。当たり前だ。むしろ、ありがとうございます」
 その俺の勢いに、千雪は苦笑した。
「ちゃんと考えろ。好きと嫌いが同じだけあるんだ。複雑で、自分でもわからない感情なんだ。それでもいいのか?」
「全然いいよ。好きでも嫌いでもないは、関心がないって意味だろ。でもその逆は、すっごく興味があるってことじゃん」
「ん? そうなのかな。まぁ、うん」
 千雪はピンと来ていないみたいだけど。
 希望が、俺の胸をこんなにも温かくしてくれる。
 千雪と相対していると、心が冷えたり温かくなったり、凍ったり熱くなったりする。
 でもその心の揺れ動きが、生きているってことなのかもな。

「そばにいることを許してくれるだけで、ありがたすぎて、涙が出る…」
「もう泣いているじゃないか。つか、泣きすぎだ」
 ははっと軽く笑う千雪が、とても愛おしい。
 だから俺は、甘えるように頭をすりつけた。
 彼の一番近くにいるけれど、もっとそばに寄り添いたくて。

「キス、してもいい?」
「…いいよ」
 しっかりと承諾をもらってから、俺は千雪に優しいキスをした。
 愛しているのキス。
 許してくれてありがとうのキス。

 愛しているの…キス。

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