【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶

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35 愛おしくてならない  藤代side

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 高瀬は『穂高が出てきたら、聞けばいい』と言った。
 会ったらではなく、出てくれば、だ。
 その言い方が変で、さらに嫌な笑い方をしたので。

 俺はゾクリとして、鳥肌が立った。そして猛烈な怒りが湧き、高瀬の胸倉をつかむ。

「言え、穂高千雪はどこだっ?」
 苛烈な視線で睨みつけ、ただ白状しろという気迫を注いだだけ。
 でも高瀬はうつろな目になり、俺の問いに答えた。

「ジョウロが入っている、ロッカーの中」

 生徒会室の中にいた全員が、頭に疑問符が飛んだような顔になった。
 高瀬が言うのは、園芸部がジョウロやスコップなどの備品を入れている小さなロッカーのことだ。でも、みんなその中に穂高が入るのは無理だと思ったのだろう。それくらいに小さな物入れなのだ。
 でも俺は、迷わず生徒会室を飛び出し、そのロッカーのある場所へ駆けていく。

「会長、鍵と、先生も呼んでくる」
 萩原の声が後ろから飛んできたが、返事をする余裕もなかった。
 大股で階段を駆け下り、上履きのまま外に出て、裏庭のすみにあるロッカー目指して走った。
「千雪、ここにいるか?」
 ロッカーの金属の扉を軽く叩いてみる。でもなんの反応もなかった。
 辺りにはホースや肥料の袋なども散乱している。でも、ロッカーの高さは俺の腰の辺りくらいのもの、奥行きもバケツを入れられる程度の小さな用具入れだから。ここに千雪がいないのなら、そのほうが良い。
 やはり千雪がここにいるのは考えにくいなと思ったけど。
 念のため千雪のスマホに発信してみた。

 すると。ロッカーの中から着信音がして、マジで鳥肌が立った。
 この小さな箱の中に、千雪がいる?
 いやな予感に襲われ、俺は体の芯からブルリと震える。
「千雪? いるのか? こ、こんなところに?」
 力任せにロッカーを破壊したい衝動にかられた。でも、この中で千雪がどうなっているのかわからない。無理やり扉を押し引きしたら千雪が傷つくかもしれない。だから手が出せなかった。

 そこにようやく、萩原と園芸部の顧問だった教師が駆けつけ、鍵で扉を開けた。するとロッカーの中から膝を抱えた千雪がゴロリと転がり出てきたのだ。
「きゃっ、やだ、穂高くんっ」
 あまりの惨状に、萩原が悲鳴を上げた。
 俺はすぐに千雪を抱きかかえ、彼の様子をうかがう。
 生きているのか、震える手で鼻の辺りに触れる。細い鼻息を感じ、俺はとりあえずホッとした。
 けれど、口にテープを貼られていて、それをはがしたり。手首に巻き付く紐をほどいたり。額から流れる血は制服を汚しているし。もう、本当に痛々しくて見ていられなかった。
「千雪、千雪…目を開けて。お願いだ…」
 ぐったりと脱力する千雪を目にし、俺の中に、千雪を傷つけた者への憤怒と、千雪を失うかもしれない恐怖が、一気に襲い掛かってきた。

「千雪ぃ、死ぬな。お願いだ、死なないでくれ、千雪っ」
「…うるさい、死なないよ」

 腕の中からつぶやきが聞こえ、俺は顔を上げる。
 すると千雪のまぶたがピクリと動いて、薄っすら目を開けた。
 朦朧としているけれど、俺の大好きな千雪の瞳をもう一度見られて、俺は心底ホッとしたのだ。

「千雪、気がついたか? なんでこんな…」
「君に、まだなにも言っていない。絶対、今は、死ねない」
 俺の言葉は聞こえていないみたいで、まだ朦朧としているのかもしれなかった。
 でも、とにかく意識が戻って良かったと思い。

 もう、なにもかもどうでも良くなってしまった。

 千雪がこの世で、息をしている。生きている。それだけで良かった。
「なんでも聞く。憎いでも、嫌いでも、なんでもいい。千雪の本心を聞かせてくれ」
 千雪は右手をゆるりと上げた。おぼつかない手を、俺の頭に乗せて、引き寄せる。
 俺は力の入らないその手の誘導に従って、千雪の方へ身をかがめた。
 そして千雪は。

 俺の耳元に『愛してる』と囁いた。

 ――え?
 まったく想像していなかったことを言われ、俺は驚いた。
 そして、その途端に。ボロボロと涙がこぼれた。
 天にも昇るほどに、嬉しい。そして、ものすごく驚いた。

 まさか、千雪が一番に伝えたかった言葉が、愛してるだなんて……。

 俺は、ずっと勘違いをしていた。千雪に罵られることばかりを考えていたんだ。
 そして、もし勘違いしたまま、千雪と永遠に会えなくなっていたら。
 彼に恨まれていたと思いながら、ひとりで生きていかなければならなかった。

 それは、どれほどに苛酷な地獄だったろう。

 千雪が死ぬことも、この先の人生に千雪がいないことも、考えたくはないけど。
 本当に千雪が生きていてくれて良かったと、俺は心から思い。神に感謝した。

 腕の中にある、ささやかなぬくもりや、吐息の上下する振動が、愛おしくてならない。
 千雪の生命の息吹を感じ、俺はすべてに感謝した。

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