【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶

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15 ひとしずくの水  藤代side

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 編入早々、俺は担任に生徒会長に立候補しないかと勧められた。
 小学校でも中学校でも、こんなふうに打診されたことはよくあったので、珍しくない。むしろ、またかという感じ。
 でも生徒会の仕事も、そういうわけでまぁまぁ熟知していたから、選挙に立候補するのはやぶさかではなかったのだけど。そのとき俺は、自分が会長になるのなら副会長は穂高が良いと思ったのだ。
 俺が落選することは、まずない。
 この学校でも、相変わらず俺は衆目を集めていて、みんながすでに俺の味方だ。
 そしてこういう状況下では、俺の思惑も難なく通る。

 中等部時代からA組入りを保ち続け、賢くて、どことなく気品があって、物静か。それゆえに、彼は積極的に表舞台に立つタイプではない、みたい。
 俺は穂高のことを、奥ゆかしいという印象で見ていた。
 でも今まで突出していなくて、生徒の中にあえて埋没していたような印象の穂高が、いきなり生徒会に入るのは難しいかもしれない。うん、普通だったらな。
 でも俺が強く推薦すれば、穂高も絶対に当選するよ。マジで。

 念のため、穏便に穂高が生徒会に入る気になるよう、裏工作してみた。
 高等部の園芸部で活動しているのは、ほぼ穂高と須藤という先輩だけ。
 他は幽霊部員という弱弱弱小クラブだったので、俺はとりあえず須藤に近づいて、園芸部を辞めさせた。
 園芸部が存続できなくなれば、居所のなくなった穂高はスルッと生徒会入りを承諾すると思ったんだ。でも…。

 放課後。園芸部は空中分解したというのに、穂高は律儀に花壇で水まきをしていた。
 思えば、はじめて会った日も。
 穂高以外の人物が花壇に水をまいているのは見なかった。
 きっと穂高は花が純粋に好きなんだろうな。
 だけど、穂高は背筋を伸ばして、小さな口をキュッと引き結ぶ、なにやら難しい案件に取り組んでいるかのような顔つきでジョウロを振っていた。
 真面目さが表情や仕草ににじみ出ていて、なんだか無性に可愛い。

 あぁ、彼と一緒に生徒会ができたら最高だな。
 俺はこのとき、もう『会長、俺。副会長、穂高』の図しか考えていなかった。

 だから、笑顔で勧誘したあとに穂高に拒否られ、呆気にとられた。
「…興味、ない」
 俺は、断られる場面を想像していなかった。
 だって、俺は今まで誰にも拒否られたことがないのだ。
 だからつい、穂高がみんなと同じ反応をしないということを失念してしまって。
 いや、でも。これは穂高にもメリットのある話だ。生徒会経験は内申にだいぶ有利に働くからな。
 もしかしたら、聞き間違いかと思った。それくらい、思わぬ展開だったのだ。
 しかし穂高が首を縦に振ることはなく。

 結局俺は、彼の説得に失敗してしまったのだった。

 その後、当然俺は生徒会選挙に受かり、生徒会長に選出されたが。穂高を生徒会に引き入れることができず、落胆していた。
 なんか……俺が追うと、穂高はその二倍の速さでさーーっと逃げていくみたいじゃね?
 そして、俺が感じたその感覚は決して間違いではなかったのだ。

 なぜなら穂高は、俺の能力に気づいていたのだから。

 園芸部に俺が入部したことを彼に言ったとき、そのようなことを言われたのだ。
 えぇぇぇ、穂高、すごくね? 今まで誰にも気づかれなかったのに。一番近くにいる両親や兄弟さえも、俺は疑われたことはないんだよ。
 みんなが俺に好感を持つ、俺に従う、その能力を穂高だけが見破った。
 俺はひどく高揚した。やっぱり穂高は特別な人物なのだ。

 自分の能力に惑わされない、ただひとりの人。貴重な存在をみつけてしまったぁぁ。

 嬉しくて嬉しくて、俺はテンション爆上がりした。
 しかし、浮き上がった分、叩き落されたときの打撃は半端なかった。
「君と友達にはなれないんだ。君は得体の知れない不気味なやつだから」

 ガーーン、ときたね。
 容赦のない言葉を、一番好感を持っている相手にぶつけられたのだ。
 マジで、しばらく立ち直れなかった。
 つまりさぁ、能力に惑わされない穂高の目にそう映っているということは、俺の本質は得体の知れない不気味な男だってことだ。

 ムカついた。腹が立った。

 俺は今まで、誰にも悪意を持たれたことがなくて、たとえ俺が女の子を手ひどく振ったとしても、それが怒りという形で己に帰ってくることもなかった。
 だから、悪口を言われたのははじめて。誘拐犯ですら『君は悪くない』と言っていたからね。
 なんて、胸の中がムカムカするのだろう。
 冗談でムカつくなどと、軽く口に出したりもするけれど、本当のムカつくは、マジでムカムカするのだ。そして、ひどく息苦しい。呼吸はできているのに、喉になにかが詰まっているみたいな感じ。腹が焼ける。気持ち悪さを吐き出せなくて、モヤモヤする。

 はじめての不快感に、俺はもがいた。

 穂高が憎い。穂高が嫌い。穂高は意地悪だ。
 でも。こうして誰かを恨むことも、真に心が傷ついた経験も、他者にここまで執着するのも、はじめて。
 だって、俺に好かれたくて、誰も嫌なことをしてこなかった。
 そしてそんな彼らのことを、俺は興味を持たなかった。誰かが去っていっても気づかないほどに。
 だけど、穂高が去っていったら、気づくよ。引き留めるよ。行かないでってお願いするよ。
 なんでだろう。嫌いだと思うのに、俺は穂高を無視できない。
 なににも惑わされずに、まっすぐに、クリアに、俺をみつめる穂高の瞳が、俺は欲しいのだ。

 穂高は、砂漠にひっそりと咲く花のよう。俺の目の前にだけある、唯一の花。俺の乾いた喉を潤せるのは、その花の中にある、ひとしずくの水だけ。

 俺は、飢えていた。穂高に、飢えている。どうしても、穂高が欲しいのだ。

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