【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶

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18 好きで好きでたまらなかった  藤代side

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 十一月になり、千雪と付き合い出してから五ヶ月ほどが経った。
 昼の休み時間に、俺は千雪を生徒会室に呼び出して雑用をさせている。円卓の椅子に並んで座り、俺がプリントを三枚ワンセットで重ね、それを千雪がクリップでとめる、いわゆる単純作業だけど。

 ちなみに、生徒会室の円卓は、アーサー王と円卓の騎士の話を連想させるのか、一般生徒に俺は王と呼ばれていた。生徒会役員はナイト。さらに、次期生徒会役員候補として俺が選出している執行部の生徒はジャックと呼ばれていた。
 雑用は大体、ジャックの生徒が喜んで務めてくれる。むしろそれが執行部の仕事なのだけど。
 でも俺はあえて、千雪とふたりで雑用していた。
 生徒会長である俺が雑用をする理由…そんなの、千雪とふたりきりになりたいから。それだけだ。

 静かな空間に、紙の擦れる音だけが聞こえている。
 軽く目を伏せて作業をする千雪に、俺は見惚れていた。
 理知的なふちなしメガネの向こうにある千雪の瞳は、いつも凛としている。でも、瞳は大きくて、丸くて、愛らしいのだ。色白の顔に桜色の唇が映えている。その唇が、しっとりとして柔らかく、気持ちのいい触感であることを知っていた。
 千雪はよく、自分のことを地味メンだのなんだの言うけど、俺は全体的に見て綺麗な容貌だと思うけどな。千雪が鼻ぺちゃだという低めの鼻梁も、俺は愛嬌があるって思っている。

 とにかく俺は、千雪が好きで好きでたまらなかった。

 思えば…千雪とはじめて出会った花壇の前で、俺はもうひと目惚れしていたのだろうな。
 そんなことを、千雪の顔を眺めながら考えていた。
「早く」
 ジッとみつめていた唇が動いた。
 俺は、千雪とキスしたときの唇の感触だけを思い出していて、千雪の言葉の意味を理解しなかった。
「早く、プリントを寄越せ」
 千雪ははっきりとそう口にし、手のひらを振って、俺に催促までした。

 もう、その素っ気ない言葉と態度、なぁにぃ??
 超、不満。
 俺は手元にプリントをワンセット持っていたが、わざとそれを遠ざけて、千雪が振る手を握った。

「せっかく千雪とふたりきりなんだから、もっと話とかしたいな。そうだ、次の生徒会選挙には千雪も立候補してくれるよな?」
 高等部の生徒会の任期は半年だ。毎年、五月と十一月に選挙がある。
 今期の生徒会選挙は千雪にキスをする前だったから、立候補を断られてしまったけれど。
 来期は…キスの効力があるのかないのかイマイチわからないけど、腐っても恋人であるので。俺を手助けするために千雪も生徒会に入ってくれるんじゃないかなと期待していた。
 一応。梓浜学園に編入早々生徒会長になった俺だが、いまだに人気は絶大で、次の選挙でもほぼ当選確実だ。

「その話は、断る。成績を維持するのに精いっぱいなのに、生徒会をやるような余裕はない」
 しかし千雪の返答はにべもない。むぅぅ。
「成績は充分、医大レベルだろ。俺も勉強面のサポートはするし。でも、生徒会で俺の補佐ができるのは千雪だけなんだ。千雪の優秀なスキルで手助けしてほしい」
「今現在、僕なしでも生徒会は回っている」
「こうして、いつも生徒会の仕事を手伝ってくれているじゃないか。恋人としても、俺のそばにいつもいてほしいし、なぁ、良いだろう?」
「しつこい。絶対に受けないから、この話は終わりにしてくれ」
 凍りつきそうな冷ややかな視線を千雪は向ける。
 俺は恋人として、いろいろ話したり、触れ合ったりしたいのに。そういう甘い空気を、千雪はいつもブリザードでかき消してしまうのだ。
 もうちょっと、空気読んでくれよ、千雪ぃ。

「まだ邪魔をする気なら、この雑用は僕ひとりでやるよ」
 しかしその空気を読むこともなく、千雪は俺から勝手に用紙を取ろうとするのだ。
 ちょっとイラっとして、用紙に伸ばした千雪の手をギュッと掴む。
 すると途端に、千雪は体をびくりとさせ、こわばらせるのだ。
 力加減が強かったり、乱暴なことをしてしまうと、千雪は意識を失ったあの日のことを思い出すのだろう。瞳を丸くして目をみはる千雪の様子を見ると、可哀想で、痛ましくて。
 そして俺も。危害を加える男と思われているのかと思い、悲しくなる。

「そんなに怖がるなよ。あれから…俺は千雪を大切に扱ってきたつもりだ。なのにまだ、俺が千雪を殺すとか思っているのか?」
 自分は無害だと、なるべく優しい声を出して、彼をなだめる。
 でも内心、しまったと思った。
 俺は今まで、あの日のことに触れないできたのだ。
 なにをしたのか、よく覚えていないけど、怒りに任せて彼の体を揺さぶった。すがるようにもがくように、千雪を抱きしめた。けれど、そのときどこかを打ったり締めつけたりして、息ができないでいたのに気づかなかったのかも。
 意識を取り戻したあとも、彼に言うことを利かせたくて『今度首を締めたら、千雪、本当に死んじゃうかも』なんて、脅すようなことも言ってしまった。
 そのことを、千雪に思い出してほしくなかった。
 あの日の記憶の上に、そっと、穏やかな楽しい時間を降り積もらせて、いずれなかったことにしたかった。

 あぁ、そんなの都合が良すぎるって、俺も思うけど。
 あの日の失態をどう挽回したらいいかわからないから、そうするしかなかったんだ。

 千雪は、こわばった体の力を抜いて、みはった目も、いつもの凛とした輝きに戻った。
「僕がいなくなったら、どうする?」
 抑揚のない声で千雪にたずねられ、俺はドキリとする。ときめきではなく、ヒヤリとするドキ、だ。

 その質問、なに?

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