【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶

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27 ウザいと思ってもらいたい  穂高side

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 藤代の元カノ話は続く。
「でも、束縛もかなり強くてさ、それで嫌になって別れちゃうパターンが多かったな。とにかくそばにいたがるんだ。学校でも放課後もさ、自分の家に誘い込んで、なかなか帰してもらえなかったり。えっちのあとベタベタしてくるの、面倒くさくて、ちょっとウザかった」
「…言ってくれれば良かったのに」
 僕はうつむいて、藤代に言った。

 いいなりのふりをしていたことが、バレた。

 つか、メロメロになっていないのにキスに応じていたとか、恥ずかしすぎだろ。
 藤代が今言っていたような強烈なものが、いいなりの正体なのだとしたら。
 自分のいいなりは幼稚園のお遊戯のようなもの。
 僕の演技に気づいていたのなら、なんで言ってくれなかった? まったく、無駄な時間を過ごした。
 そんなつもりで言った。

 すると藤代は慌てて言うのだ。
「待って、千雪は良いんだよ。つか、千雪とはもうずーーーっとチュウしていたいし。もっとイチャイチャしたいし。いつか、え、え、えっちしたとしても…千雪がベタベタしてくれたらウザいなんて絶対に思わない。むしろ一晩中千雪を抱いていたいですぅぅ」
 この男は、なに言ってんだ? と思った。
 僕が言ったのは、ウザいに対してじゃなく、いいなりのふりをしていたことなのだが。

 つか、むしろ早くウザいと思ってもらいたい。

「だからこの話は、俺の知るいいなりがどういうものか説明したもので、千雪は彼女たちとは違う特別ってことを言いたいわけであって。千雪が俺にメロメロになってべったりそばにいてくれたらいいなって、ちょっとは思うけど。いいなりとか服従とか、そういうのは千雪に求めていないからな」
 物凄い早口で藤代が言い訳をする。
 まぁ、なるほど。藤代の言いたいことはわかった。
 俺が特別だから、いいなりのふりをしていることを知っても泳がして、つなぎとめていたってことか。ふむふむ。

 分析モードに入って、僕はいろいろ考えた。
「僕にキスをする君は、趣味が悪いなって、ずっと思っていた。でもミスコン優勝の女子大生と付き合っていたと聞くと、美的感覚が残念なわけではなさそうだ」
 僕は向かい合う藤代の顔に手を当てて、顔を近づける。
「よく見ろ、藤代。君が今相手にしているのは、鼻ぺちゃ男だぞ。君が恋人にしてきたミスコン女子大生とは比べ物にならないくらいのブサメンメガネだ」
「いや、普通に可愛い。丸いメガネの奥の瞳も丸くて、黒真珠のようにピカピカしている。引き結ばれた小さな唇は桜貝のように愛らしいし、短く切り揃えた髪も、清潔感があって好き。笑顔はひまわりのように明るくて、白い肌は透き通るようで妖精さんかもしれないって…」
「誰だ、それは」
 藤代の賛辞があまりにもお花畑だったものだから、ついツッコんでしまった。
 つか、もういいです。お腹いっぱい。
 てか、藤代の脳みそに僕以外の穂高がいるのかも? 説。

 まぁ、それは良い。僕は己の分析結果を述べてみた。
「盲目的で、束縛が強く、快楽に溺れがち。君がいいなりにしてきた彼女たちの状態は、今の君の状態に当てはまる」
「あぁあ、そうだなっ。俺、千雪にメロメロだもん」
 僕の見解に、藤代は同意し、大きくうなずいた。

「もしかして、だけど。僕は君の能力が効かない。だから、僕とキスをすると君の効力が跳ね返って、自分自身をいいなりにしてしまうんじゃないか??」
 話していて、これはかなり良い線行っているのじゃないかと思い、調子に乗って話を続けた。
「あぁそうか、君自身が惑わされているから、僕みたいな男を可愛いなんて思っちゃうんだよ。だったら、解決方法は簡単だ」
 僕はビシリと人差し指を藤代に突きつけて、得意げに言った。
「僕以外の女性とセックスすればいいんだ。そうすれば暗示は解けて、こんな男に執着しないで済むぞ」

「どうして、そんな意地悪を言うんだ?」
 透明な粒が、藤代の目からこぼれ落ちた。
 あまりにも突然で。そしてその美しい現象に目を奪われ、僕は息を呑む。

 まさか、藤代が泣くなんて。

 僕は、己の考察に酔いしれて、藤代の表情が悲しげに変化していったことに気づくのが遅れたのだ。
「他の女を抱け? 力が跳ね返っている? バカなことを言うな。唾液に効力があるって言ったのは、俺の推測だけど、それが本当かどうかはわからないし。たとえそうだとしても、いつも俺の口の中にあるものが自分を惑わすなんて、そんなわけないじゃーんっ」
 モデルも顔負けの男が、捨てられた子犬のようなつぶらな瞳でこちらを見る。
 やめろ、その目は反則だぞ。

「千雪は他の子たちみたいにいいなりじゃないけど、でも俺に尽くしてくれるのは、俺を愛しているからだと思っていた。でも、違うの? 俺が他の女を抱いても千雪はなんとも思わないの? どうして…他の女と、なんて言葉が千雪から出てくるんだよぉ?」
 違うの? と聞かれて、僕はぎくりとする。
 そんなこと、僕にもわからないよ。この件に関しては、自分で自分の気持ちがわからないのだから。
 だから…とっさになんの言葉も出なかった。

「あ、元カノの話をしたから怒っちゃったのか? 俺、もう千雪しか見えていないよ。惑わされているわけじゃないけど、千雪にメロメロなんだ。千雪としかキスしたくないし。もう千雪としかえっちしない。まだえっちしていないけど…でも、本当に誰ともえっちしない。だから、意地悪なこと言わないでくれ」
 たまにこうして、藤代は僕に弱い面をさらけ出してくる。
 いつも優位に立って、横暴に振舞う姿だけを見ていたら、いっそ激しく憎めるのに。
 だが僕は、そんな藤代に弱い。完敗だ。

「悪かった。もう言わないよ、藤代」
 僕は、項垂れる藤代の頭をそっと手で撫でた。
 つか、なんだこれ。とんだ茶番だな。

 藤代はしばらく泣いていたが、ふと顔を上げた。
「でもさ、惑わされていないのに千雪がチュウを嫌がらないのは、千雪も俺とチュウして良いと思っているからだろ?」
「違っぅ…」
 とっさに拒否るようなことを言って、いいなりのふりをしなきゃと思い焦ったが。
 演技はもうバレているのだった。
 そんな僕を、藤代は目を細めてうっとりみつめる。
「違わない」
 藤代は僕が戸惑うほど綺麗な顔で笑い、手を伸ばして僕を抱きしめると…熱くくちづけた。唇をついばむ、そのくすぐったさに僕が笑うと、ほころんだ唇を舌でしっとりと舐め濡らす。
「ねぇ、もっとえっちなチュウしてもいい?」
 僕にたずねてくるけれど、答えを聞くこともなく藤代はまたキスした。
 舌を絡めるディープなキスを仕掛け、溺愛の眼差しで僕を見る藤代。
 そんな彼を拒めない僕。
 あぁ、こうして彼が求めるままにくちづけを甘く交わし合うのだから。

 僕もそれなりに、いいなりだな。

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