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26 全然効いていない 穂高side
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僕は藤代から体を離し、ローテーブルの前に座る。いつもの定位置だ。
彼の部屋は1LKの間取りになっている。子供部屋にキッチン必要?
それはともかく。居間にソファセットや大画面テレビ、続きの間にベッドや勉強机。トイレ、キッチン、洗面、浴室もひとつの空間に備わっている。
僕の目の前にあるローテーブルはガラスの天板に銀製の足がついているもの。その上に、カバンから出した筆記用具や教科書を並べていく。
「なにするの?」
白々しく、藤代が聞いてきた。藤代は長い足を投げ出して、白いソファに座っている。長さ自慢か?
いや、これは僕の妬みからの嫉みだ。
「なにって、数学の課題だろ? 君の分をやれって、いつも言うじゃないか」
「今日は、千雪と話をしようと思っていたよ。ほら、こっち」
藤代は、ソファとテーブルの間に座り込む僕の脇に手を差し入れ、ソファに座らせる。幼児扱いやめろ。
「で? あの女、なに言ってた?」
隣り合って座り、目を合わせて聞く。
藤代の美形が笑顔で迫る顔面圧に、後ろめたいことがなくてもたじろぐ僕。
美形は、普通にしていても迫力があるから嫌だよ。
「…また園芸部に入りたい、とか?」
「ふざけんな。あんな女、相手にするな」
「相手もなにも、園芸部はないんだから、藤代が怒るほどのものはなにもない」
普段、藤代は柔らかい微笑みを常に浮かべている。僕に言わせれば、うさん臭い笑みだが。いわゆる、作りほがらか笑顔ってやつ。
ときどき不愉快だって表情を出すときもあるが、ちょっと視線に険が乗るくらいで、気に入らないときでも基本、笑顔で威圧している感じ。
だけど僕の前では、不満なときはいかにもという感じに顔をゆがめる。いらだちをあらわにし、不機嫌アピールをしてくる。親に駄々こねる子供みたいだな。
今も、握っている僕の手の甲を、人差し指でカリカリ引っ掻いている。地味に痛い。
「ごめん、胸倉掴んだりして。千雪が女と一緒にいるところを見て、ムカついて」
「そうだろうなと思っていた。おおよそ想像通りで、逆に笑えたよ」
ヘヘッと、乾いた笑みを浮かべてみる。
いつもだったら、藤代に胸倉掴まれたら体が固まっちゃうんだけど。
今回は藤代は須藤先輩を見たら絶対にそうなるって予測していたから、大丈夫だったな。
それに、あのとき。僕の胸倉を掴む藤代の顔が…なんか、泣きそうに見えたから。
僕の方が彼をいじめてるみたいに感じちゃって。
須藤先輩と会ったのは不可抗力だったんだけど、そんなに泣くほど嫌なのかと思ったら、可哀想になっちゃって。
怖がる前に、大丈夫、大丈夫って、慰めてやりたくなっちゃったんだ。
「俺、千雪が相手だと感情がおさえられないんだ。優しくしたいのに。大事にしたいのに。優しくしないと、千雪が俺から逃げちゃうのに」
いかにもイラついていた藤代は、一転して僕の額に額をごっつんこしてきた。猫がすり寄るみたいな、甘えモード。
藤代が、僕に対してだけ情緒不安定なことに気づいている。
だって、彼が甘えたり怒ったり拗ねたりするのは、僕の前だけなのだ。
「千雪を取られたくないから。女にも、誰にも」
ただ、その感情のふり幅が大きくて、僕はついていけないことが多い。
さっきのように、胸倉掴んで怒った一時間後には、こうして甘えてくるのだから。飴と鞭ハイパー。
独特な彼の怒り方は、迷惑だと思う。
けれど、僕を求める気持ちがしっかり見えているから。可愛いやつだなとか、仕方がないなとか、そんな気持ちでほだされてしまう。
いかん、ほだされるなんて、藤代の能力に感化されているのかな?
「あの女が花壇に来ても、もう話とかするなよ。あぁ、いっそ水まきもやめて…」
「須藤先輩とは話さない。だから、唯一の僕の楽しみを奪わないでくれ」
最初は、園芸部に入ったから義務感でやっていた水まきだ。でも、藤代のせいで友達や知り合いが軒並み減った僕にとって、花に触れる時間は、大切な癒しのひとときになった。
藤代もそれをわかっているから、強く出られない。
まぁそうだろう、後ろめたいのは僕を孤立させている藤代だ。
「水まきは許す。だから生徒会…」
「だから、じゃない。それとこれは明らかに別。それに、僕は生徒に支持されていない。もし生徒会に受かっても、それは藤代の力によるものだ。そういうの、ぼくは嫌だから」
手で制して、ぴしゃりと断る。
すると、藤代の美形がクシャっと崩れた。
「あぁあ、もうっ。マジで千雪をキスでメロメロにできたら良かったのに。そしたら、いつでもそばに置いて、俺がこんなに不安になることもないのに」
聞き捨てならないことを、また藤代が言い出した。
「昼間もそんなことを言っていたが、なんだ? 僕は君にメロメロだから、こうしてキスもするし、須藤先輩とも話さないと約束しているんだぞ」
「全然違う。全然効いていないんだっ」
不満げに、藤代はつぶやいた。
キスすると誰もがいいなりになるという彼の言葉を受けて、僕なりに彼の言うことを聞いてきたつもりだ。だがそれを否定され、僕の方こそ不満に思う。
むぅと、唇を突き出すと。藤代が答えた。
「ファーストキスは、九歳。小学校の担任だった。高級な時計や服をよくプレゼントされた。試験前のテスト用紙なんかもね。でも、他の生徒の前でも俺にいちゃついてきたから、学校で問題になって解雇されたよ」
「は?」
淡々と語る藤代に、僕は大きな疑問符を浮かべた。
なんだ、その、事件性アリアリの体験談は?
あまりにも衝撃的で、二の句が継げなかった。
「学校一美人の先輩は、俺に土下座して付き合ってくれって言ってきたし、他校のお嬢様も、ミスコン優勝の女子大生も、俺を喜ばそうとしていろんなテクニックを使ってきた。そんなわけで、セックス方面はバリエーションが豊富だったな。千雪は、やってって言ったら雑用を引き受けてくれたけど。メロメロになった歴代彼女は俺が言わなくても、俺がしたくないなと思うことを先回りして喜んでやってくれるんだ」
僕は、藤代に貢いだことなんかない。
キスも彼にされるままだし、セックスに至ってはやっていない。
雑用も、嫌々なのが顔に出ていたかも。あぁ、ため息とかしてたかも。
「別れようって言ってもね、彼女たちの意に添わないことだったろうけど、俺の命令だから従うんだよ。キスした彼女がなんでもいいなりになるって、そういう盲目的な意味なんだよ」
なんでもいいなりの『なんでも』が、そんな常軌を逸したことだとは思わなかった。
僕は、ただただ困惑した。
これでは、全然効いていないと言われても仕方がないじゃないか。
僕のいいなりなど、甘っちょろい…いいなりのふりに過ぎないのだから。
彼の部屋は1LKの間取りになっている。子供部屋にキッチン必要?
それはともかく。居間にソファセットや大画面テレビ、続きの間にベッドや勉強机。トイレ、キッチン、洗面、浴室もひとつの空間に備わっている。
僕の目の前にあるローテーブルはガラスの天板に銀製の足がついているもの。その上に、カバンから出した筆記用具や教科書を並べていく。
「なにするの?」
白々しく、藤代が聞いてきた。藤代は長い足を投げ出して、白いソファに座っている。長さ自慢か?
いや、これは僕の妬みからの嫉みだ。
「なにって、数学の課題だろ? 君の分をやれって、いつも言うじゃないか」
「今日は、千雪と話をしようと思っていたよ。ほら、こっち」
藤代は、ソファとテーブルの間に座り込む僕の脇に手を差し入れ、ソファに座らせる。幼児扱いやめろ。
「で? あの女、なに言ってた?」
隣り合って座り、目を合わせて聞く。
藤代の美形が笑顔で迫る顔面圧に、後ろめたいことがなくてもたじろぐ僕。
美形は、普通にしていても迫力があるから嫌だよ。
「…また園芸部に入りたい、とか?」
「ふざけんな。あんな女、相手にするな」
「相手もなにも、園芸部はないんだから、藤代が怒るほどのものはなにもない」
普段、藤代は柔らかい微笑みを常に浮かべている。僕に言わせれば、うさん臭い笑みだが。いわゆる、作りほがらか笑顔ってやつ。
ときどき不愉快だって表情を出すときもあるが、ちょっと視線に険が乗るくらいで、気に入らないときでも基本、笑顔で威圧している感じ。
だけど僕の前では、不満なときはいかにもという感じに顔をゆがめる。いらだちをあらわにし、不機嫌アピールをしてくる。親に駄々こねる子供みたいだな。
今も、握っている僕の手の甲を、人差し指でカリカリ引っ掻いている。地味に痛い。
「ごめん、胸倉掴んだりして。千雪が女と一緒にいるところを見て、ムカついて」
「そうだろうなと思っていた。おおよそ想像通りで、逆に笑えたよ」
ヘヘッと、乾いた笑みを浮かべてみる。
いつもだったら、藤代に胸倉掴まれたら体が固まっちゃうんだけど。
今回は藤代は須藤先輩を見たら絶対にそうなるって予測していたから、大丈夫だったな。
それに、あのとき。僕の胸倉を掴む藤代の顔が…なんか、泣きそうに見えたから。
僕の方が彼をいじめてるみたいに感じちゃって。
須藤先輩と会ったのは不可抗力だったんだけど、そんなに泣くほど嫌なのかと思ったら、可哀想になっちゃって。
怖がる前に、大丈夫、大丈夫って、慰めてやりたくなっちゃったんだ。
「俺、千雪が相手だと感情がおさえられないんだ。優しくしたいのに。大事にしたいのに。優しくしないと、千雪が俺から逃げちゃうのに」
いかにもイラついていた藤代は、一転して僕の額に額をごっつんこしてきた。猫がすり寄るみたいな、甘えモード。
藤代が、僕に対してだけ情緒不安定なことに気づいている。
だって、彼が甘えたり怒ったり拗ねたりするのは、僕の前だけなのだ。
「千雪を取られたくないから。女にも、誰にも」
ただ、その感情のふり幅が大きくて、僕はついていけないことが多い。
さっきのように、胸倉掴んで怒った一時間後には、こうして甘えてくるのだから。飴と鞭ハイパー。
独特な彼の怒り方は、迷惑だと思う。
けれど、僕を求める気持ちがしっかり見えているから。可愛いやつだなとか、仕方がないなとか、そんな気持ちでほだされてしまう。
いかん、ほだされるなんて、藤代の能力に感化されているのかな?
「あの女が花壇に来ても、もう話とかするなよ。あぁ、いっそ水まきもやめて…」
「須藤先輩とは話さない。だから、唯一の僕の楽しみを奪わないでくれ」
最初は、園芸部に入ったから義務感でやっていた水まきだ。でも、藤代のせいで友達や知り合いが軒並み減った僕にとって、花に触れる時間は、大切な癒しのひとときになった。
藤代もそれをわかっているから、強く出られない。
まぁそうだろう、後ろめたいのは僕を孤立させている藤代だ。
「水まきは許す。だから生徒会…」
「だから、じゃない。それとこれは明らかに別。それに、僕は生徒に支持されていない。もし生徒会に受かっても、それは藤代の力によるものだ。そういうの、ぼくは嫌だから」
手で制して、ぴしゃりと断る。
すると、藤代の美形がクシャっと崩れた。
「あぁあ、もうっ。マジで千雪をキスでメロメロにできたら良かったのに。そしたら、いつでもそばに置いて、俺がこんなに不安になることもないのに」
聞き捨てならないことを、また藤代が言い出した。
「昼間もそんなことを言っていたが、なんだ? 僕は君にメロメロだから、こうしてキスもするし、須藤先輩とも話さないと約束しているんだぞ」
「全然違う。全然効いていないんだっ」
不満げに、藤代はつぶやいた。
キスすると誰もがいいなりになるという彼の言葉を受けて、僕なりに彼の言うことを聞いてきたつもりだ。だがそれを否定され、僕の方こそ不満に思う。
むぅと、唇を突き出すと。藤代が答えた。
「ファーストキスは、九歳。小学校の担任だった。高級な時計や服をよくプレゼントされた。試験前のテスト用紙なんかもね。でも、他の生徒の前でも俺にいちゃついてきたから、学校で問題になって解雇されたよ」
「は?」
淡々と語る藤代に、僕は大きな疑問符を浮かべた。
なんだ、その、事件性アリアリの体験談は?
あまりにも衝撃的で、二の句が継げなかった。
「学校一美人の先輩は、俺に土下座して付き合ってくれって言ってきたし、他校のお嬢様も、ミスコン優勝の女子大生も、俺を喜ばそうとしていろんなテクニックを使ってきた。そんなわけで、セックス方面はバリエーションが豊富だったな。千雪は、やってって言ったら雑用を引き受けてくれたけど。メロメロになった歴代彼女は俺が言わなくても、俺がしたくないなと思うことを先回りして喜んでやってくれるんだ」
僕は、藤代に貢いだことなんかない。
キスも彼にされるままだし、セックスに至ってはやっていない。
雑用も、嫌々なのが顔に出ていたかも。あぁ、ため息とかしてたかも。
「別れようって言ってもね、彼女たちの意に添わないことだったろうけど、俺の命令だから従うんだよ。キスした彼女がなんでもいいなりになるって、そういう盲目的な意味なんだよ」
なんでもいいなりの『なんでも』が、そんな常軌を逸したことだとは思わなかった。
僕は、ただただ困惑した。
これでは、全然効いていないと言われても仕方がないじゃないか。
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