【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶

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25 藤代の悩みは理解できない  穂高side

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 藤代の家の彼の部屋、足を踏み入れるなり、僕は藤代に抱きしめられた。
 溺れる者がわらを掴むような、力強さで。
 迷子の子供のように、頼りなくすがりつき。
 酸素を求めてもがくかのような、苦しげなキスをする。
「千雪…俺の千雪」
 くちづけの合間に、藤代は甘く囁き、僕を怖がらせないよう気を使う。

 その、少しばかり力加減の強いキスを、僕は止めなかった。
 嫉妬に狂う彼の瞳を、美しいと思ってしまったから。
 燃える、潤む、その輝きに、見惚れてしまったから。
 手を恋人つなぎして喜ぶ藤代の行動が、困るけれど…可愛いと思ってしまったから。
 独占欲をあらわに僕を求める藤代が、愛おしい。自分だけが彼の寂しさを癒してあげられる。

 そんな、大いなる勘違いをしてしまいそうだ。

 五ヶ月ほど、彼と付き合ってきて。自分にないものをすべて持っていると思っていた彼が、実はそうではないのだと知った。
 みんなが尊敬や憧憬の思いで、彼をみつめている。
 しかし藤代には、その瞳がガラス玉のように見えているのだという。
 あの視線に意味なんかないって、よく言っていた。
 親や大人までもそういう感じだから、最初は恩恵を喜んで受け取っていたものの、次第に心のない人形のように見えてきた、らしい。
 親に怒られたり、勉強しろと言われたりしたこともないんだって。
 勉強しろと言われていないのに、梓浜学園で一位の成績を取るとか、嫌味かと思うけど。
 まぁ、親と心を通い合わせられないのは、悲しいことだな。
 僕の家は円満だから、家族への憂いはない。だからこそ、同情はするけど。

 つまり、それゆえに藤代は孤独だった。

 僕から見れば藤代は、眉目秀麗、成績優秀、品行方正だ。充分、人の好意を受ける資格があると思う。
 あの能力がなくっても、藤代は衆目を集める人物に違いない。

 でも藤代は、それは上辺の評価であり、能力に惑わされた者が神聖視しているだけだと言う。
「真の自分を見通せるのは、能力に惑わされない千雪だけ。だから千雪が特別なんだ」
 恋に溺れる潤んだ瞳で、かつて藤代はそう告げた。
 まぁ、普通を装う僕は、特別視されていることに思うところアリアリで、苦笑するけど。

 いわゆる、僕に言わせればそれは贅沢な悩みなのだ。誰にも注目されずに一生を終える人もいるのだから。たぶん。僕みたいな…。
 まぁ、今僕は藤代にめっちゃ注目されちゃっているけどね。
 でも、たとえばマネキン人形に囲まれて、マネキンがこっち見てるとか思うと、キモいかもね。
 うーん、やっぱり僕には藤代の悩みは理解できない。

 それはさておき。
 普通の友人が欲しいというささやかな望みが叶えられないのも、可哀想って言えば可哀想だな。

「千雪、俺だけを見ていろよ」
 僕の唇を吸っていた藤代が、口腔の中に舌を入れ、ディープなキスに移行する。
 その瞬間はいつも、体中が彼に支配されるような、そんな気になる。
 強引に占領されるような感覚にあらがいたい。
 でも藤代のキスは、なにもかもを押し流す、とてつもない快感を僕にもたらすのだ。

 彼の視線は、僕の心臓の鼓動を早め。
 彼の手は、触れるだけで僕を歓喜させた。
 くちづけは蕩けるように甘い。
 舌で口腔を舐められると、その軌跡がウズウズして、官能に背筋がゾワリとした。

 もしも彼とのキスが、生理的にどうしても受け入れられないものだったなら、僕は嫌がって反骨精神を高め、藤代と真っ向対峙していたかもしれない。
 けれど。最初から藤代のキスは気持ち良かったのだ。
 はじめてのキスが濃密な快感を呼んだのだ、初心者にあらがえるわけもない。

 それでも、最初に自分の意思を無視してキスをし、僕をいいなりにしようとした、彼の横暴は今も許せない。
 僕は今でも、藤代が嫌いだ。
 でも、傲慢に振舞う藤代が、虚勢を張っているのを知っているから可哀想だと思ってしまう。
 嫌いだけど、好きなところもある。顔とか声とか、必死に僕を求めるところとか。
 憎らしいけど、愛おしさもたまに感じる。
 そんな両極端な相反する感情が、僕の中に渦巻いていた。カオスだ。

 自分で自分がわからないというやつ。

 でも、僕も。少しはいいなりモードが入っていると思うんだよね。
 そうじゃなきゃ、彼とのキスが気持ち良かったり、嫉妬する彼がいじらしいと思ったり…しないだろ? しないよな?

「あの女、なにを言ってきたんだ?」
 藤代はキスをほどいて、ようやく本題に入った。

 僕、まだ彼の部屋に一歩しか入っていないんですけど。

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