【完結】いいなりなのはキスのせい

北川晶

文字の大きさ
25 / 44

24 とても嬉しかった  藤代side

しおりを挟む
 怒りと心を落ち着かせるため、俺は大きく息を吐いた。そして少し周りが見えるようになって。
 千雪の背後にいた須藤が、俺の目に入った。
 彼女は手を口元に当て、驚きの表情を浮かべていたが、手に隠し切れなかった唇がニヤリとゆがんだのが見えた。

 なんだ、こいつ。

 千雪と俺を仲違いさせて喜んでいるんだろうか?
 そんなふうに思って、俺は須藤に猛烈な不快感を抱いた。
 俺は、彼女の思惑にまんまとハマって、千雪に怒りを向けてしまったってことか?
 なんたる、未熟っ。
 無垢な千雪を利用しようとする女の醜悪にも、吐き気がした。

「あの、藤代くん。勘違いしないでね。私、穂高くんとはなにも…」
 以前仲の良かった女に手を出されて怒る男の図ってか?
 俺が千雪に嫉妬したとでも思ったか?
 バカじゃね?

 須藤の笑みには優越感がにじんでいる。俺が須藤にまだ気があると思っているようだ。
 いや、最初からその気なんかなかったけど。
 五月くらいに、千雪が園芸部を辞めて生徒会に立候補するよう、裏工作したとき。一回だけ須藤とカラオケに行って、ちょっと遊んだだけだ。まぁ、園芸部を辞めてまた俺と遊んでくれないかなぁ…とは言ったけど。その後須藤と遊んだことはない。それで、俺が気がないってわかるだろ?
 それくらいの仲なのに、バカな勘違いして、平気で俺に気安く声をかけてくる。

 親しそうなふりをするな、千雪が誤解するだろうがっ!
 だから俺は、凶悪な感情を隠す気もなく須藤を睨みつけた。
「あんた…誰?」
 おまえのことなど一ミリも知らない、という顔で。
 俺の千雪に声かけてんじゃねぇという不機嫌さを前面に出して。
 突き放す不穏な声音で冷たく言い放つ。

 すると、俺の作り笑顔しか知らない須藤は、己の失態を悟って固まった。
「藤代、帰ろう」
 険悪な空気の中に、千雪の声が割って入った。
 俺の胸に、清涼な風が吹き抜ける。
「あぁ、そうだな。こんな女、相手にしている時間がもったいない」
 流れというか、ついでというか、ここぞとばかりというか。俺は千雪の手を握り、ラブラブアピールをして教室を出た。
 どうだ、おまえなんか眼中にない。俺には千雪だけだ。
 そんな気分で廊下を歩く。指を絡める恋人つなぎに手を握り直すと、彼が自分のものである実感を得られた。
「あの、藤代…手を」
 千雪は恥ずかしがり屋だから慌てたけれど、俺は手を離さなかった。
 棚からぼた餅、満喫しますっ。
「早く、ふたりきりになりたい」
 とびっきり甘い声で、千雪に囁く。
 先ほど怖い思いをさせたのを早くリセットしたくて、思い切り千雪を甘やかしたかった。
 だから、千雪の答えは期待していなかったのだけど。
「いいよ」
 そう言って、千雪が手を握り返してくれた。

 はぁぁぅぅぅっ、まさか??
 俺は驚いて、千雪の顔をのぞき込む。
 彼はいつも通り、小さな口をキュッと引き結んでいるが、頬は少しだけ色づいていた。
 千雪の表情が、もう、胸を刺し貫くほどの衝撃で、猛烈に可愛い。

 そう思う一方、なんとなく申し訳ない気になった。
 俺が怒ったのって。母親がよその子に笑いかけたのが、なんか嫌って思う、子供じみた独占欲だった。
 ずっと、そういう、どうしようもなく幼い愛情を、俺は千雪に向けているのだ。
 そんな、クソみたいな俺の感情を、千雪は受け止めてくれた。
 俺の理不尽な怒りも優しく包みこんで、俺が落ち着くのを待ってくれた。

 千雪の度量の深さに、俺は惚れ直してしまう。
 どんどん、どんどん、彼を好きになる。

 そして、今までなかなか感じることのできなかった千雪の愛情が、握り返す手のひらのぬくもりから伝わって。
 とても嬉しかった。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

ラベンダーに想いを乗せて

光海 流星
BL
付き合っていた彼氏から突然の別れを告げられ ショックなうえにいじめられて精神的に追い詰められる 数年後まさかの再会をし、そしていじめられた真相を知った時

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

両片思いの幼馴染

kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。 くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。 めちゃくちゃハッピーエンドです。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

先輩のことが好きなのに、

未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。 何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?   切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。 《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。 要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。 陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。 夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。 5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。

その告白は勘違いです

雨宮里玖
BL
高校三年生の七沢は成績が悪く卒業の危機に直面している。そのため、成績トップの有馬に勉強を教えてもらおうと試みる。 友人の助けで有馬とふたりきりで話す機会を得たのはいいが、勉強を教えてもらうために有馬に話しかけたのに、なぜか有馬のことが好きだから近づいてきたように有馬に勘違いされてしまう。 最初、冷たかったはずの有馬は、ふたりで過ごすうちに態度が変わっていく。 そして、七沢に 「俺も、お前のこと好きになったかもしれない」 と、とんでもないことを言い出して——。 勘違いから始まる、じれきゅん青春BLラブストーリー! 七沢莉紬(17) 受け。 明るく元気、馴れ馴れしいタイプ。いろいろとふざけがち。成績が悪く卒業が危ぶまれている。 有馬真(17) 攻め。 優等生、学級委員長。クールで落ち着いている。

処理中です...