【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶

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30 少しだけいつもと違う一日

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     ◆少しだけいつもと違う一日

 十一月になり。紫輝と廣伊と大和は、奥多摩の屋敷を出て、本拠地に移動することになった。
 もちろん千夜も一緒だ。
 でも今回は、大和が紫輝についているので。隠密ゆえに馬を使えない千夜は、先回りしているらしい。

 すみれたち、屋敷の働き手が、頭を下げる中。馬に乗った紫輝たちは、彼らに手を振って村をあとにした。
 つか、馬だ。
 そう、紫輝は乗馬を体得したのだ。

 廣伊たちがハネムーン中の三日間で、紫輝は大和の特訓を受け、馬に乗ることができるようになった。
 それは、廣伊からの『お願い』という名の無茶ぶりだったが。
 でも、馬に乗る天誠が、背筋を伸ばして、長い黒髪をなびかせて、颯爽と走っていく姿が、超格好いいと思っていたし。
 ライラにも何度も乗ったので。動物に乗る感覚はわかっていたから、上達は早かったよ。
 っていうか、鞍がついている分、ライラより乗りやすかったかも。

 ライラは怒っちゃうかも、だけど。

 これからは、馬に乗る仕事が多くなるのだと、紫輝は廣伊に言われていた。
 確かに、今まではなんとなく、ライラに乗って移動していたけれど。
 人に見られると、怖がられてしまうから、夜間にこっそり移動したりしたし。
 戦場とか公の場で、ライラに乗るわけにはいかないし。
 とっさに馬を使わなければならない場面も、出てくるかもしれないので。乗馬を習うのは、いい機会だった。

 ちなみに、この馬。天誠からのプレゼント。
 紫輝が馬に乗るようになったら、渡してほしい…と言われた橘が、預かっていたものだ。
 青みを帯びた、黒色の馬体。青毛と言うらしい。
 足は太く頑丈そうで。廣伊も良い馬だと言ってくれた。

 天誠はいつも先を見越して、いろいろ用意してくれるから、本当にありがたいです。

 なにかお返ししないとな。
 なにがいいか、こんど天誠に聞いてみよう。

「廣伊たちも、休みの日は、別邸の方、使っていいんだからな? 廣伊たちは俺の仲間で、味方で家族だから」
 初めて、馬に乗っての長距離移動なので、適度に緊張しつつ。馬が怖がらないようリラックスもしつつで、紫輝は廣伊に話しかけた。
 龍鬼だとバレないように、まとっている廣伊のマントが、風になびく。

「第五大隊長の本来の業務に戻ると、組長やっていた分だけ、仕事量が減るからな。休みが取れるようなら、ありがたく使わせてもらうよ。ま、しばらくは忙しいだろうが。まずは引っ越ししなければ。面倒くせぇ…」
 らしくない荒い口調で、廣伊は顔を少ししかめる。
 廣伊は。仕事なら、てきぱき動くが。己の生活には無頓着というか。部屋に余計なものが、まるでないのだ。

「へぇ、廣伊、引っ越しするんだ? でも荷物少ないんじゃね?」
「あぁ。大隊長になると、家が貰える。というか、すでにあるが、使っていなかった。荷物は組長の宿舎にあるものですべてだから、指摘の通り少ない。そして、引っ越しは紫輝と大和もだ」
「え? 俺たちが? なんで? あぁっ! 班長を野際に押しつけたから、降格? 班移動? 嫌だよぉ」

 心当たりありありの紫輝は、情けなく眉尻を下げて嘆いた。
 一度、五班から九班に移動したことのある紫輝は、それがトラウマだ。
 でも、九班は居心地が良いので、移りたくないんですけどぉ。

 半泣きで紫輝は訴えるが。廣伊は首を横に振る。
「もう決めたことだ。観念しろ」
 嘘だろ。もう決めちゃったの?
 紫輝はトホホと肩を落とす。
 そこに大和が口をはさんだ。

「それで、どの班に移動するんですか? 私は紫輝様と一緒ですか?」
 大和は。廣伊には、紫輝の隠密だとバレたので。口調を変えなかった。
 様とか、つけなくていいのに。

「紫輝は第五大隊副長。大和は副長補佐だ。引っ越し先は、私の家の離れ」
 班長から副長は、異例の大出世だ。
 さすがの大和も、息をのむ。

「班移動じゃないの? ならいいけど。副長って、組長補佐のでっかい版?」
「そんな感じだ」
 ええ、そんな感じでいいんですか?
 組長…いや、大隊長。と、大和は心の中でツッコんだ。

「よくわからないけど。廣伊のそばにいられるなら、安心だし。千夜も一緒の家に暮らせるなら、喜ぶね?」
「そういうつもりで紫輝を副長にしたわけじゃないからな」
 すかさず、間髪入れずに、かぶせ気味に、廣伊が訂正する。
 そんな、照れなくてもいいのにぃ。

「紫輝が一番、相応しいと思ったからだ。気心知れているし、背中を預けられる。さらに赤穂様の息子」
「ええ、それは関係ないだろ?」
 今度は紫輝が物申す。
 だって、赤穂の息子だからって、出世したら。コネ入社のボンボンみたいじゃないか。
 あ、別に堺をディスってるわけじゃないよ? 堺は家柄良くても、実力も伴ってるし。
 でも自分は、それほどでもないっていうか…うーん。って感じ。

「大ありだ。おおっぴらにはできないが、紫輝は将堂の血脈として、終戦の道を歩むのだから。地位は高い方が、これからいろいろ、動きやすいだろう?」
「そうだけどぉ。それは、赤穂は知らないことだから。えっと、俺が息子だっていうのは知っているんだけど、俺と天誠の計画は言ってないっていうか…」

「なぜだ?」

 単純な疑問として、廣伊は首を傾げた。
 廣伊よりも、肉親の方を、先に味方に引き入れるべきだと思ったので。

「だって。赤穂さ。あいつ、頭の良い弟がいるって、ちょっと言ったら。殺すとか言うんだもん。そんな物騒なやつに天誠を紹介できねぇよ」
 どんな理由かと思っていたら、予想外のことを言われて、廣伊は半目になる。
 ええ? 赤穂様、独占欲ですか? もう親馬鹿なの? と呆れるが。
 しかし。息子が手裏基成と結婚しているとか聞いたら。
 確かに赤穂の気性では、ぶった切られるだろうと容易に想像ができて。そら恐ろしい。

「それに、天誠も。赤穂のことは慎重に見極めろって。赤穂と金蓮の兄弟の絆は、かなり強い。俺が息子でも、あっちの方が付き合いは長いから、手放しで、俺に味方するとは限らないっていうのが、天誠の見解。なんだかんだで、俺も赤穂とは、数回しか会っていないし。一年前、五歳だった子供が、こんなでっかくなってて。息子だって言われてもさぁ…納得はしてくれたけど、そうそう簡単にのみ込めないんじゃないかなって、俺でも思うよ」

 紫輝の話を聞き、廣伊は安曇が、紫輝の周りをよく見て、分析しているのだなと感じ取った。

 安曇は賢龍として、戦場での駆け引きなどに定評があり。千夜の話からすると、剣術も馬鹿みたいに強いというので。戦闘に特化しているのかと思っていた。
 だが、どうやら政治にも精通しているようだ。

 赤穂の立ち位置や、環境などを熟知し、紫輝がどう動けば最善なのかを助言している。
 紫輝のために村を作るとか、あまりの才人ぶりに、ドン引きしたが。
 改めて廣伊は、彼の見識や視野の広さに驚いた。

 それに、そもそも。彼は龍鬼ではないという。
 それで、千夜より断然強く、頭もいいとか。考えられない。

「なるほど、一理ある。将堂内部に、赤穂様を推す声は、少なからずある。猛将として名高いのでな。しかし赤穂様自身は、政治や派閥などに背を向けている。それは兄の金蓮様を敬っているからだ。将堂の基盤を揺るがすかもしれない計画には、赤穂様は難色を示すかもしれないな」

 だろう? と紫輝が大きくうなずいたが。
 廣伊はさらに続けた。

「しかし、紫輝と赤穂様の関係が希薄だとは、私は思わない。紫輝の地位を引き上げろと言ったのは、他ならぬ赤穂様だ。早く手元に、ともおっしゃっていた。息子の安全を考えてのことだろうと、今では思うな」

 千夜の件の口添えも、紫輝が息子だったからなのだろうと、察せられるし。
 さらに河口湖での、側近のかいがいしい紫輝への態度も。同時に納得できる。

 道中で、月光に『紫輝に恋愛感情があるのか?』と聞いたとき、一瞬怒ったのは。
 息子に懸想するかっ、という怒りだったのだろう。
 なるほど。紫輝は、赤穂と月光が育てた子なのだ。

 そうなると、あれも、だろうか?
「紫輝。側近は…安曇のことを知っているのか?」
「うん。月光さんは、天誠と会って、話をしたから、知ってるよ。計画の話はしてないんだけど、月光さんは賢いから、薄々、感づいていそうだな?」
 紫輝に恋愛はまだ早いと言った廣伊に、同意を示したものの、なにやらげんなりしていたのは。
 息子が安曇のものになっていることを知っていたからだったのか。

 廣伊は胸の中で手を合わせた。心中、お察しします。

     ★★★★★

 そんな話をしながら、本拠地へ向かう一行。
 紫輝が、まだ馬の疾走ができず、やや速い走り程度だったので。本拠地にたどり着いたのは、午後二時過ぎくらいだった。

「まず、赤穂様に挨拶。人事の手続きに行き、そのあと引っ越し先の家に向かう」
 廣伊が簡潔に言い。紫輝と大和は本拠地の門をくぐると、騎乗したまま中心にある指令本部へ向かった。
 紫輝は、組の宿舎周りしか、行ったことがなかったので。中心部に、こんな住宅街があるとは思わず、驚いてしまった。
 住宅街…と言うのは。違うかもしれない。
 いわゆる区画に建てられた、一戸建ての群れではなくて。大きな敷地の武家屋敷が並んでいるというか。時代劇のセットみたいな感じ。

「中心に向かうにつれて、幹部の屋敷が建てられているんだ。一番中心に、将堂家の屋敷。それを囲うように幹部の屋敷や指令本部や、議事堂などがある」
「議事堂…」
 紫輝はつぶやく。
 三百年前の国会議事堂は、石造りでできていたから、ワンチャン建物残っていたりして?
 なんて思ったのだが。
 普通に和風建築の平屋の建物だった。
 無理かぁ。ですよねぇ。

「廣伊の家は、離れがあって、そこに俺たちも住めるんだよな? 大きいの?」
 現在の組の宿舎は、大きめな部屋に十人入るというもの。
 ギュウギュウではないものの、十人の男がひとつ部屋にいたら息苦しい。
 それは仕方がない。

 組長は、ふたりひと部屋だ。廣伊は龍鬼だから、ひとりだったが。それほど大きな部屋ではない。
 廣伊が刺客に襲われたとき、剣が振れなかったと言っていたので、そのくらいの広さだ。

 さらに上になると、どうなるのか。
 一番上は、武家屋敷なわけだし。紫輝は期待した。

「今と比べるなら、段違いに大きいが。二間、居室、水回り。それが敷地内に四棟建っている感じだな。副長用に二棟、使用人用に一棟、そして本棟だ」
「すごーい。楽しみだな」

「副長は、ふたりまで持てるので、二棟だが。ひとり一棟な。補佐も同じ棟だからな」
 全然かまいません。
 紫輝としては個室になるだけで超ラッキー、という感じなのに、家が割り当てられるのだから、最高だ。

 班では最初こそ『龍鬼と同じ部屋なんて…』という嫌々な空気があったが。
 今は、班員とも仲良くなって、そういう気配は感じない。
 だから、仲間と離れるのは、ちょっと寂しい気分があるけれど。
 でもでも。やっぱプライベート空間も必要だよね?

 紫輝たちは、指令本部に到着し。馬から降りて門をくぐり、敷地の中に足を踏み入れる。
 庁舎を訪れた人が、簡易で馬を預けられる小屋に手綱を引っかけ。
 三人は指令本部の建物の中に入って行った。

 赤穂がいる指令室にノックをして入ると。月光が紫輝に飛びかかってきた。
「わぁ、紫輝、久しぶりぃ。元気だった?」
 ピンクの羽をワキワキさせて、喜ぶ月光をなだめているうちに、廣伊が赤穂に報告している。

「赤穂様のご指示に従い、間宮紫輝を、第五大隊副長に任命することを決めました。それと、私も今日から第五大隊長の任務に復帰します」
「そうか。望月は大丈夫なのか?」
「はい。木佐の屋敷に医者を常駐させることになりまして。療養の環境が整いました。状態も良く、彼も仕事への意欲など、見せ始めているので。精神的にも落ち着いたと判断しました」
 千夜の腕は治りました、とは言えないので。そういうことにしたのだ。
 廣伊の説明に、赤穂は疑いを持つこともなくうなずいた。

「ならば。こちらは助かる。じゃあ、まぁ、とりあえず。紫輝、手合せしようぜ」
 赤穂は席を立ち、紫輝の肩を組んで連れ去ろうとする。
 ほら、やっぱり親馬鹿炸裂してる。
 紫輝はなんで、こんなに暑っ苦しい意志表示を受けて、親の意識が低いだなんて思っているのだろう? と廣伊は思うのだった。

「ええ、でも、仕事は? 廣伊ぃ?」
「手続きなど、しばらく時間がかかる。その間、赤穂様のお相手をしていろ」
 親子水入らずを邪魔したら殺される、と廣伊は思い。
 あっさり紫輝を赤穂に引き渡した。
 もう、赤穂が紫輝をおもちゃにするとか、手を出すとか、余計な気を回さなくていいのだから。御存分にどうぞ。

「俺を売ったなぁ? 廣伊ぃ、面倒くさいだけだろ、こらぁ!」
 文句を並べる紫輝を、まぁまぁとなだめながら。
 しかし赤穂と月光は、どう見ても悪役の笑みを浮かべながら。
 紫輝をがっちり掴んで、部屋を出て行く。
 結局、紫輝は。来た道を引き返すことになったのだった。

 指令本部の玄関扉を開けると。いてっ、と。どこかから声がする。
 馬小屋に誰かがいて、紫輝の馬にちょっかいかけていた。
 紫輝は慌てて駆け出す。

「それ、俺の馬ですが。なにやってんですか?」
「は? 誰の馬だって?」
 道中、龍鬼だとわからないように、紫輝はマントを身にまとっていた。
 相手は、普通の茶色の軍服。羽の色は枯葉色で中くらいの翼。
 うーん、なにかはわからない。
 男は紫輝を値踏みするように見ると、見下して言った。

「こんな良い馬、おまえみたいな子供が乗るわけないだろ。あっちに行け」
 そんなこと言っても、天誠から貰った大事な馬に、なにかされたくない。

「馬泥棒ですか?」
 ズバリ、紫輝は切り込む。
 そして紐を解いて、マントを脱いだ。
 斬りかかってきたら、ライラ剣を出せるように。

「言いがかりつけんな…あ、あぁ、龍鬼?」
 紫輝に羽がないのを見て、男は即座に腰が引けた。

「く、来るな、触るな、化け物がっ」
 うわぁ、久々に言われたよ、嫌悪にまみれた言葉。
 この頃は、みんなに良くしてもらっていたから、ちょっと龍鬼だってこと忘れそうになっていたよ。マジで。
 つか、馬泥棒に言われたくなーい。

「誰が化け物だって?」
 低い声で凄んだのは、紫輝ではない。
 背後に、鬼の形相の赤穂がいた。

「てめぇ、俺の部下に、なにしてくれちゃってんの?」
「あ、赤穂様。いや、この者が不相応な馬を…」
「あぁ? どこの所属だ? 斬られてぇのか?」
 ひぃぃぃ、と情けない声を出して、男は逃げていった。
 なんなんだ? いったい。

「ふーん、これ、おまえの馬か? 良いの選んだな」
 赤穂は逃げた男のことなど眼中にないようで、紫輝の馬をまじまじと観察していた。
 自分で選んだわけじゃないけれど、赤穂に天誠のことは言えないから、話を合わせてうなずいた。

「見る目がある。綺麗に青みがかっているし、足が太くて、健康そうだ。見るからに高級だとわかるから、この馬は、簡易のところにつなげるのではなく、面倒でも厩舎につないだ方がいい。そこなら馬丁がいるので盗まれない」
「わかった、そうするよ。馬泥棒って、初めて見た」

「馬泥棒というか、階級を笠に着て、目下の者から高級な物を奪うやつだな。処分しとくよ」
 ぽんぽんと、赤穂に頭を撫でられた。
 全体的に乱暴だけど、紫輝を大事にしてくれていることは、伝わる。
 彼を父親と思うのは、まだくすぐったい気分だけど。

「早くやろうぜ、日が暮れる」
 ニヤリと笑う赤穂が、剣を抜いて急かすから。やっぱり悪友的な方が合っている。
 馬をどうしようかなと思っていたら、大和がジェスチャーで持っていってくれるって。
 ありがとって、目線で返し。
 庁舎の裏手の少し広くなっている場所で、手合せすることになった。

 早速、ライラ剣をぶん回して、赤穂と剣をガツガツぶつけ合った。
「つまんなーい、僕が紫輝と遊びたかったのにぃ」
 少し離れたところで、地べたにしゃがみ込み、月光が頬を膨らまして言う。
 女子高生ヤンキーみたいになってる。

「月光、おまえも、たまには手合せしろよ。なまるぞ」
「いやだよぉ。あんたらみたいな力任せなのとやったら、腕が折れちゃう」
 僕は繊細なんだからね、と月光はケチをつけながらも、赤穂と紫輝の手合わせを微笑ましく見ていた。

「そうだ、赤穂に会ったら言おうと思ってたんだ。龍鬼の保護、待遇改善、もっと大事にしてって、みんなに言ってよ。偉い人なんでしょ?」
「俺の剣を受けながら、無駄口とは…余裕じゃねぇか」
 赤穂は剣筋を速め、紫輝に右、左、と攻撃のバリエーションを増やして打ち込んでいく。

「東の頂点に立つ将堂が、その見識を世に広めることはできるが。長年の悪習は根が深い。なにより兄上が、あのようではな。ま、俺に発言権があるときは、龍鬼の地位向上につとめてやるよ」

 赤穂の兄である金蓮は、将堂最強の龍鬼、藤王がいなくなったのを堺のせいにして、虐げていた。
 周囲の者も、上の者がそういう態度だと、龍鬼を虐げて良いのだと思うようで。左軍の、龍鬼への差別感は、はなはだしい。
 トップに君臨するのなら、己の態度が周りに影響を与えるということを、もっと自覚してほしいよなぁ、と紫輝は思った。

「じゃあ、せめて。前線基地に龍鬼専用の水回りを作ってほしい」
「水回り?」
「バス、トイレ、キッチン」
「トイレはわかるが。他のはなんだ?」
 紫輝は、トイレは良いんだ、と思う。
 まぁ、トイレは、キスより、よく使うワードだから。廃れなかったのかな。毎日のことだし。

「お風呂、台所、お手洗い。水があれば、ある程度生きられる。でも、前線基地は、マジでひどい。水場使うと怒られるんだ。人気のないときに、こっそり使うんだからな。あと、湯にも浸かりたい。昔は毎日、風呂に入っていたんだ」

「どこの御曹司だ? まぁ、いい。龍鬼が苦労しているのは、知っているからな。だってよ。手配してやれ、月光」
 手は一切止めずに、これだけの会話をこなし。後ろで見学している月光に、赤穂は指示もした。

「わかった。今度、前線基地に行くときには、できてるようにしておくよ、紫輝」
 二つ返事である。あっさり要求が通ったので、紫輝は逆に拍子抜けだ。

「いいの? 助かる」
 にっこりと、明るく元気な笑顔の紫輝を見て。
 赤穂も月光も、ご褒美はこれだけで充分と思える。親馬鹿だった。

「でも副長になったら、宿舎にトイレも水場もあるけど」
 月光はそう言うが。
「俺たちの他に、龍鬼が入ってこないとも限らないだろ? やはり、あるに越したことはない。それに新しいのができたら、初めに俺が使うし」

 一番乗りって、気持ちが良いものだよね。言い出しっぺだから、それくらいの恩恵はいただきます。

     ★★★★★

 赤穂と良い汗をかいて、廣伊の手続きなんかが終わり。
 紫輝と廣伊と大和は、いよいよ新居に向かった。
 廣伊は、二十四組組長でありながら、大隊長でもあったので、家は元々支給されていた。
 でも放置していたのだ。
 前副長の富永が、大隊長の受付係として、離れにひとりで住んでいたという。

 それで、割り当てられたその家に行ったのだが。
 手入れが全くされていなくて。
 部屋は埃まみれで、庭は草ぼうぼう。とても、今日から住める感じではなかった。

「言い忘れていたが。龍鬼の住む館に勤めてくれる使用人は、いないので。ここは我らだけで、片づけることになる」

 ガーンという表情で、紫輝は廣伊を振り返る。

「この広い敷地の庭の手入れや、掃除や、食事も、全部、俺らが?」
「わかるだろう? 私が組長宿舎にいた理由が。家は、広ければ良いというものではない」

 なんだか遠くを見やる廣伊に、紫輝は同意のうなずきを返す。
 そうは言っても、ここで住まなければならないのだから、なんとか住めるようにしなければならない。
 でも、もう日暮れだし。
 掃除は明日にして、今日は元の宿舎に戻ることになった。

 馬だけは、先ほどの馬泥棒の件があったので。大隊長の宿舎の敷地にある厩舎に入れた。
 六頭の馬が入れられる、立派な厩舎で。馬丁はいないが、まぁまぁ綺麗で。
 そこに三頭がおさまると、なにやら賑やかというか、火が灯るというか、温かい気持ちになった。
 新生活が始まる、ワクワク感が湧き起る。

 馬の鼻面を撫で『明日また来るからな』と挨拶して。馬の名前も決めなきゃ、と考えつつ。
 紫輝は大隊長宿舎を出た。

 三十分ほどの道のりを歩いて、二十四組の宿舎に戻る。
 廣伊とはそこで別れた。

 食堂でおにぎりをもらって、いつもの場所で夕飯を食べる。
 前線基地では、よくライラと大和と、秘密の庭でご飯を食べたが。
 本拠地では、宿舎のそばにある森の中に入り。ライラを獣型に戻して、ご飯を食べていた。

 本拠地では大和と出会っていなかったので。森での晩餐に、千夜がたまに参加していたのを、懐かしく思い出す。
 木立を背にして、ライラもスタンバイオーケーで。紫輝は大和と、晩餐を開催する。

「あぁ、塩おにぎり、久しぶり。この頃、豪勢な食事が続いたから、質素に戻れるか心配していたけど。逆に懐かしい感じがするよ、この味」
 お昼抜きだったのもあって、紫輝がウマウマ食べていると。
 大和は『そうですかぁ?』と疑いの眼差しで見る。
 そりゃ、美味いものを食べていたいよ? でも、強がりでもないんだからねっ。

「千夜も、出てきて、食べてよ。お昼抜きだったって言ったら、食堂のおじさんが、少し多めにくれたんだ」
 食堂に龍鬼が顔を出すと、嫌がられることが多いのだが。
 みんなと一緒に、食堂で食べることができない子供しきを可哀そうに思う、同情的な職員も、少しいる。今日は良い人に当たった。と、紫輝はホクホクだが。

 大和は『食堂のおじさんまでたらす紫輝様、半端ない』と思っていた。

 千夜は。暗がりの木の影から出て、姿を現した。
 将堂の軍服だが、色は黒だ。
 将堂では、手裏と見分けるため、黒の軍服はないのだが。
 月光の隠密は、黒を着ている。
 隠密仕様なのかな? でも、スタイリッシュで格好いい。

「わぁ、千夜、マジ忍者みたい」
「にんじゃ…は知らんが。食事は調達できるから、これからは気を遣わなくていいぞ、紫輝」
 そう言いつつも、塩おにぎりをひとつ頬張る千夜だった。

「千夜、俺の馬を守ってくれて、ありがと。泥棒を牽制してくれただろ?」
 あの馬泥棒は、紫輝が庁舎を出たとき『いてっ』と声を出したのだ。
 気づかなかったら、あのまま盗まれていたかもしれない。
 天誠からのプレゼントだから、紫輝には大事なものだ。

 赤穂が『見るからに高級』と言っていたことは、聞かなかったことにする。
『こんな高いもの、もらえないよぉ』について談義したのは記憶に新しい。
 うん。喜んで受け取るのが正解なんだよな、この場合は。

「紫輝の護衛は、俺の仕事だ。紫輝の持ち物を守ることも、その範囲内。気にするな」
 親指を舌で舐めた千夜は、ニヤリと笑ってそのまま姿を消した。
 うーん、仕草がエロイ。

「俺、このまま大和と一緒にいるから、廣伊のところ行っていいよ」
 了解の合図か、木の葉がヒラリと紫輝の上に落ちた。

 クスリと笑って、紫輝は隣で、手々をきっちりそろえてお座りしているライラに、抱きつく。
 ライラのぬくもりを感じていたら、なんだか、この本拠地に来た日のことを思い出してしまった。

「ねぇ、大和。俺ね。ここに来た初日にさ、ライラと抱き合って野宿したんだ。あの日は。俺には、ライラしかいなかった。でも今は、弟の天誠にも会えたし、血を分けた親もみつかったし。俺のことを支えてくれる仲間もいっぱいいてさ。すっごく幸せになったなって思うんだ」

 大和は。ここでひとり、ライラに抱きついて寝ていた紫輝を見ている。

 あの頃の紫輝には、味方は誰もいなかった。
 小さい、頼りない背中で。
 寂しそうで、いつもオロオロしていて。
 手を差し伸べたかったけど、できなかった。

 でも紫輝は、ひとりひとり友達を増やして、交友を深めて、仲間になって、味方を増やしてきたのだ。
 その状況を、つぶさに見てきた大和だから。
 紫輝の言葉を聞いて、熱いなにかが胸に込み上げる。

「よく、頑張りましたね」

 その大和の言葉に、紫輝は目を丸くして驚いていた。
 大和は、失言したと思った。

「いや、上から目線とかじゃなくて。偉いな。素敵だなって、マジで思って…」
「まだまだだよ」
 慌てて言い訳する大和に、紫輝は微笑みを向ける。

「戦が終わって、平和な世の中になったら、みんな、もっと幸せになるだろ? だから、まだまだ頑張らなきゃ」
 ギュギュッとライラを抱き締め、紫輝はとびっきりの笑顔で大和に宣言した。

「みんな、しあわせ、すてきねぇ」
 そして、ライラも鳴いた。幸せな未来を夢見て。

 十一月一日、紫輝の少しだけいつもと違う一日が、終わった。

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