【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

文字の大きさ
38 / 176

29 なんだか哀れになってきた(イアンside)

しおりを挟む
     ◆なんだか哀れになってきた(イアンside)

「あ、ハチが後ろにっ」
 我はクロウの背後を指差した。
 危機を感じたとき、訓練された暗殺者なら、咄嗟の身のこなしが機敏になるだろうと思い。カマをかけたのだ。
 しかしクロウは、いかにもドン臭い様子で、背後を振り返る。
 そんなことでは、本当にハチがいたら、まず間違いなく刺されるだろうがっ。

「噴水の周りを走って、ハチを振り切ってこい。早くっ、刺されるぞ」
「は、はいぃ」
 慌ててクロウは走り出した。
 刺されると言って、危機感を、煽りに煽ったつもりだ。
 だが、クロウは。とにかく足が遅いっ。

 ももが上がっていないっ。
 ストライドが狭いっ。

 心の中で、我は思った。もう刺されているな、と。
「は、ハチは、いなくなりましたか?」
 噴水を一周して戻ってきたクロウは、涙目でたずねてくるが。

「駄目だ、駄目だ、まだそこにいる。もっと早く走れ」
 我はクロウの手を握り、噴水の周りを一緒に走ってみた。
 彼を引っ張って、わかったが。足の回転力が、圧倒的に少ないのだ。
 噴水を一周する間にも、彼はヘロヘロで、我に振り回されっぱなしであった。

「ハチは、まだいますか? もう…走れません」
 はぁはぁと息を乱すクロウ。
 体力なさすぎである。

 そんな彼の首筋に、我は手を当てた。
「ここに止まっている」
 ターゲットに、いきなり急所を触られたら。無意識に避けたり、手を払ったりするだろう。
 だがクロウは、ひぇっと首をすくめたあと。目をギュッとつぶって、体をがっちり固めてしまった。

 この反応を見て、クロウは暗殺者ではないなと思った。
 我に敵対心もない。ハチは怖いのだろうが。

 我の中の疑念は、このとき晴れた。

「手を、お放しください。イアン様がハチに刺されてしまいます」
 刺される恐怖で、フルフルしながらも、我をハチから守ろうとしているのか?

 クロウを健気けなげだと思いつつ。
 簡単に騙されてしまう、愚鈍ぐどんなサマが、なんだか哀れになってきた。

 でも、引き結ぶ桃色の唇がプルプルしていて。なんか…美味しそうな果物に見える。
 触れたら、柔らかそうだな。
 走ったからか、いつもは白い頬が、真っ赤に染まって可愛らしい。
 まつ毛も黒いのだな。長いから、まつ毛の先にまで震えが伝わっている。
 小さな動物が、凶暴な獣に襲われて、震えているようにも見える。
 可哀想で、守ってやりたい気持ちが、湧き上がってきた。

「にゃおーん」

 じっくりと、クロウの顔を見やっていたら。噴水のふちを小走りする、黒猫が鳴いた。
 その途端、クロウがパッと目を開ける。

「え? ハチはいないのですか? イアン様は、僕をからかったのですか?」
 ようやく気づいたらしく、クロウは目を真ん丸にして驚く。

「バリバリインドア派なのに、噴水を二周も走らせるなんて、ひどいですっ」
 王家を敬愛するクロウも、さすがに理不尽な王の所業に、口をとがらせて拗ねた。

「嘘ではない。ハチは本当にいたのだ。しかし…情けない死神だな」
 ハチに追いかけられていると思って、一生懸命、のたのた走る、クロウの姿を思い出し。
 滑稽こっけいで。笑いが込み上げた。
 我は口に拳を当てて、笑いをこらえるが。どうにも我慢がならず。声を立てて笑ってしまった。

 我は、誰にも心を許してはならぬと、教育されてきた王だ。
 けれど、クロウには、危機意識を呼び覚ます事象が全くなくて。
 どうにも、無害過ぎて。
 これを恐れて、ピリピリしているのが馬鹿らしくなってきてしまった。

 王に悪戯をされて、怒るに怒れず、クロウは困り顔だ。
 それでも、我が笑っているからか。クロウも柔らかい微笑みで、我をみつめた。
 我とクロウの間に、雪解けのような、温かい空気が漂ったようだった。


「というわけで。あいつは暗殺者ではないと、我は判断した」
 夕食の席で、仲間にそう言うと。
 セドリックは盛大に吹き出して。笑った。
 おい、不敬すぎるぞ。

「でしょうね」
 ラヴェルもアルフレドも、そう言ってうなずき。
 シヴァーディだけが、無言で、我の背後で警護に勤めていた。

「暗殺者かどうか、見極めるために、クロウと庭を駆け回ったのですか? ヤバい、腹がよじれる」
 ディナールームの入り口を警備しながら、腹を抱えて笑うセドリックを、我は厳しく睨む。

「楽しげなおふたりのお姿は、大変微笑ましかったではありませんか? ラヴェルは大層感激いたしました」
 なめらかな所作で、グラスにワインを注ぐラヴェルだが。
 目が笑っている。
 面白がっているのが見え見えだった。

「楽しんでなどいない。我は吟味していたのだ」
 考えてみたら、手をつないでクロウと庭を走るなんて。子供だったら無邪気で可愛いが、そんな真似を良い歳の男ふたりがやってしまった。
 端から見ると、さぞやイタイ情景だろう。
 途端、気恥ずかしくなった。

「何日も吟味しなければならないとは…まだまだですね、陛下。クロウに暗殺者の素養がないことは、初日で判断できたはずですが?」
 剣の師匠の眼差しで、セドリックに見据えられ。揶揄されて。
 我は、セドリックに剣士としての資質を、試されていたようにも感じ。
 不快であると態度で示すように、ワインを乱暴に飲み干した。

「素養がないことは承知していたが。無害な者でも、その気があるなら、隙をついて、牙を剥いてくるかもしれぬし。おまえたちが早々に懐柔されるから、魅了の魔法でも使ったのかと…いろいろ、思案しただけだ」
「魅了…ですって?」

 我は。己の鈍間のろまさについて、言い訳しただけなのだが。
 思いもかけず、背後から、冷ややかな声がかけられた。シヴァーディだ。

 シヴァーディは闇魔法を使える能力者である。
 魅了は、人の心を操る闇魔法に属するので、黙っていられなかったのかもしれない。

「いや、可能性として考えただけだ。そもそもクロウは平民であるから、人を操るほどの魔力はないだろうし。シヴァーディも、先日、セドリックに魅了がかけられているか聞いたら、ないと答えただろう?」
「ええ、セドリックに、闇魔法がかけられた片鱗はありません。しかし、私よりも高度な魔力の持ち主なら、気取られることなく闇魔法をかけることができるかもしれませんよ」

 なにやら、不穏な話の流れになってしまった。
 我は、いぶかしげに、背後を振り返る。
 普段のシヴァーディは、冷たい美貌の持ち主である。銀髪も、氷の精霊を連想させるのだが。
 しかし、今は。瞳のアメジストを、濃い赤色に染めていた。

「いや、シヴァーディ。我はクロウに害意はないと…」
「確かに、陛下のおっしゃるように、陛下を守護する警戒心の強い、セドリックやラヴェルが、あの者に一日で懐柔されたのはおかしなことです。それに、ついさっきまで、やつを殺すと息巻いていた陛下が、そうして庇うところが、もう怪しい。魅了を王族にかけたのであれば、許せません。私がクロウを成敗しますっ!」

 宣言したシヴァーディは、我の警護を放棄して、足音荒く、王の居室を出ていった。
 いやいや、なんで、こんなことになった?
 我は慌てて席を立ち。シヴァーディを追いかけるが。
 先ほどまでクロウを死神だと言って、騒いでいた我が、彼を助けに行くのが。なんか変な感じで。
 よくわからなくなった。

「陛下、シヴァーディを止めてください」
 ラヴェルが願い出るが。
 廊下に出たところで、我は足を止める。

「シヴァーディが、無害の者を斬るとは思えぬ。もしも、シヴァーディが、クロウを斬ったなら。それは、クロウが真実、闇魔法を使っていたということなのだろう」
「そのような。クロウ様は…平民なのに」
 意味深な間を使い、ラヴェルがつぶやく。
 我は、そんなラヴェルを横目で見やった。

 クロウをサロンから許可なく出したことや。本来なら一番警戒心を持ってクロウと相対するはずだったラヴェルが、この態度なのを見て。
 我は。魅了などという不確かなものではなく。他になにか、クロウに対して確固とした心情が、ラヴェルにあるような気がした。

 彼がそれを口にする気は、なさそうなので、今は聞かないが。
「平民出の魔力保持者が、魔女となるケースもよくあると聞く。平民だからといって、魔力がないとは言い切れぬ。我は、クロウから魔力を感じなかったが。闇魔法のことは闇魔法を扱う者に任せればよい」

 そうは言っても、気にはなるので。
 我はゆったりした足取りで、サロンへ向かった。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている

青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子 ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ そんな主人公が、BLゲームの世界で モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを 楽しみにしていた。 だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない…… そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし BL要素は、軽めです。

裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。

みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。 愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。 「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。 あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。 最後のエンドロールまで見た後に 「裏乙女ゲームを開始しますか?」 という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。  あ。俺3日寝てなかったんだ… そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。 次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。 「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」 何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。 え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね? これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

処理中です...