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28 ほてほて歩く死神(イアンside)
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◆ほてほて歩く死神(イアンside)
死神が王城に到来してから、三日ほどが経つ。
クロウが暗殺者であるか、そうではないのか、我は日々見極めようとしている。
彼を観察するうちに、感情のままに表情が変化する彼を、面白いと感じ。おっとりした空気感に、好感を持つようになっていた。
しかし、暗殺者疑惑を完全に撤回するには、日が短すぎる。
それでなくても、命の危機にさらされている毎日。いつバミネが仕掛けてきてもおかしくはない環境だ。
ピリピリするのは仕方がないし。警戒しすぎで悪いことはない。
張り詰めた緊張の糸をゆるめるように、我は細く長い息をつき。
ふと、窓の外を見た。
庭園に、黒い影がよぎるのを見て、ギョッとした。
いてはならぬ物体が、外をほてほて歩いている。
死神と黒猫が、庭園を徘徊しているではないかっ?
「…あいつぅ」
城内を偵察しているのか? とうとう尻尾を出したのか?
部屋から出ないと言っていたのに。
怒りでカッと頭に血が上り。我は足音荒く、居室を出た。
「陛下、どちらに?」
廊下に出ると、すかさずセドリックが聞いてきた。早い歩調にも、難なくついてくる。
「庭だ。あいつが…クロウが外を歩き回っている」
曲線の階段を降りていき、玄関扉を、大きく開け放つ。
城館を出ていくと。石造りの王城の中にいてはわからぬ、明るい春の日が、庭を鮮やかに照らしている。
そしてクロウは。噴水の前にいた。
水の小さな粒がキラキラ輝いて、あの陰気な男までも、輝かせている。
「おい、おまえ。勝手に出歩くんじゃないっ」
いつもの黒いタートルとズボンの組み合わせに、黒のジャケットを着たクロウが。噴水の前で振り返る。
今日も今日とて、黒々しい死神だな。
彼は、我を目にし、慌てて会釈した。
「申し訳ありません、イアン様。一応、ラヴェル様に随行していただいているのですが」
「ラヴェルが?」
その言葉を受け、周囲に目をやると、確かに少し離れた場所に、ラヴェルがいた。
クロウのことしか、目に入っていなかった。
黒猫は、噴水の縁に座って。今日もシャーシャー言っている。
もう、いい。
「はい。仕事の根を詰めてしまい、休憩のときに、窓を開けて外を見ていたのですが、ラヴェル様が、案内をしてくれると言うので、気分転換に、庭の散策をさせていただいていました」
暗殺者に警戒心を持つラヴェルが、クロウを部屋から出すと思えず。クロウを睨む。
「部屋に戻った方が良いですね。失礼いたしました」
申し訳なさそうに、小さく頭を下げて、部屋に戻ろうとするクロウを。引き留めた。
「いや、ラヴェルが付き添っていたのなら、問題ない。それに、気分転換は必要だ」
大きなフィールドではあるが、この孤島に閉じ込められている我だから。閉鎖空間で溜まるストレスがつらいことを知っている。
クロウはここ数日、小さな空間から出られなかったのだから。気分転換はする必要がある。
「ありがとうございます、イアン様」
明るい日差しの下で、にっこり笑うクロウは。なんだか、可愛いと感じた。
妹や、小動物や小花を可愛いと思ったことはあるが。
男性を可愛いと思ったのは、初めてだった。
彼がどういうつもりで庭をうろついているのか、確かめたかっただけだから。そのようににこやかにされると、疑った分、なんだか後ろめたい気になる。
「実は、この噴水を、近くで見てみたかったのです。とても見事な彫刻なので。これは。海賊の本土上陸を阻止したときの場面ではありませんか?」
「そうだ、銘にバイキング討伐の史と刻んである。ここからその銘は見えないはずだが、事前に調べて知っていたのか?」
銘は、彫刻の足元の、目立たないところにある。
水に浸かって見に行くか、誰かに教えてもらわないとわからないことだと思うがな。
たとえば…バミネとかに。
我の中で、疑念が再燃した。
しかしクロウは、悪びれることなく。説明した。
「調べたというか。王家の伝記はいっぱい読んだのです。バイキングの猛者と、王族が戦う話の中で。剣士の勝利のポーズが、挿絵で描かれているのですが。あの彫刻の中央の人物のポーズが、似ているなと思って…とっても、格好いいのです」
ミハエルの話をしたときのように、クロウは目をピカピカさせている。
彼の、王家への好奇心は、並々ならぬものがあるなと、感心した。
でもそれが、暗殺に必要な知識だからか。
単純に王家への敬愛からくるものなのかは。判別できないが。
「おまえは本当に、王家の話が好きなのだな?」
少し呆れて、つぶやく。
王族である自分でも、そのルーツをしっかり読み込んではいない。
それよりも、経済や国造りや戦術など、現代で必要と思われる知識を詰め込む方を優先したからだ。
「はい。王家に関連した、伝記や戦記物は、あらかた読んでいると思います。店長の旦那さんも、王家の話が好きで、古い貴重な書物をいくつも貸してくださいました。物語としても、面白いのですが。伝記はとても勉強になります。歴史は繰り返すと申しますが、基本的な戦術論などは、過去の事象にすべてあるとされ。敵がどこから、どうやって、どの時期に攻めてくるか。それらは、それほど大きく変わることはありません。すべて、先達の王族の方々が教えてくれているので、伝記を研究すれば、現代の戦術にも応用が利く内容なのです」
弾んだ声で、ベラベラと、ひと息で、しゃべるクロウ。
その顔には、無邪気な微笑み。
だが、いつもそばにいる忠実な黒猫も、あくびをしていた。
王家への忠誠が厚いことはいいことだ。
伝記や歴史は、昔話だと思って後回しにしていたが。そこに得るものはあると言われ、そうなのかと関心もする。
だが、我が今一番知りたいことは、そこではない。
はっきりさせたいのは、クロウが暗殺者か否か、だ。
死神が王城に到来してから、三日ほどが経つ。
クロウが暗殺者であるか、そうではないのか、我は日々見極めようとしている。
彼を観察するうちに、感情のままに表情が変化する彼を、面白いと感じ。おっとりした空気感に、好感を持つようになっていた。
しかし、暗殺者疑惑を完全に撤回するには、日が短すぎる。
それでなくても、命の危機にさらされている毎日。いつバミネが仕掛けてきてもおかしくはない環境だ。
ピリピリするのは仕方がないし。警戒しすぎで悪いことはない。
張り詰めた緊張の糸をゆるめるように、我は細く長い息をつき。
ふと、窓の外を見た。
庭園に、黒い影がよぎるのを見て、ギョッとした。
いてはならぬ物体が、外をほてほて歩いている。
死神と黒猫が、庭園を徘徊しているではないかっ?
「…あいつぅ」
城内を偵察しているのか? とうとう尻尾を出したのか?
部屋から出ないと言っていたのに。
怒りでカッと頭に血が上り。我は足音荒く、居室を出た。
「陛下、どちらに?」
廊下に出ると、すかさずセドリックが聞いてきた。早い歩調にも、難なくついてくる。
「庭だ。あいつが…クロウが外を歩き回っている」
曲線の階段を降りていき、玄関扉を、大きく開け放つ。
城館を出ていくと。石造りの王城の中にいてはわからぬ、明るい春の日が、庭を鮮やかに照らしている。
そしてクロウは。噴水の前にいた。
水の小さな粒がキラキラ輝いて、あの陰気な男までも、輝かせている。
「おい、おまえ。勝手に出歩くんじゃないっ」
いつもの黒いタートルとズボンの組み合わせに、黒のジャケットを着たクロウが。噴水の前で振り返る。
今日も今日とて、黒々しい死神だな。
彼は、我を目にし、慌てて会釈した。
「申し訳ありません、イアン様。一応、ラヴェル様に随行していただいているのですが」
「ラヴェルが?」
その言葉を受け、周囲に目をやると、確かに少し離れた場所に、ラヴェルがいた。
クロウのことしか、目に入っていなかった。
黒猫は、噴水の縁に座って。今日もシャーシャー言っている。
もう、いい。
「はい。仕事の根を詰めてしまい、休憩のときに、窓を開けて外を見ていたのですが、ラヴェル様が、案内をしてくれると言うので、気分転換に、庭の散策をさせていただいていました」
暗殺者に警戒心を持つラヴェルが、クロウを部屋から出すと思えず。クロウを睨む。
「部屋に戻った方が良いですね。失礼いたしました」
申し訳なさそうに、小さく頭を下げて、部屋に戻ろうとするクロウを。引き留めた。
「いや、ラヴェルが付き添っていたのなら、問題ない。それに、気分転換は必要だ」
大きなフィールドではあるが、この孤島に閉じ込められている我だから。閉鎖空間で溜まるストレスがつらいことを知っている。
クロウはここ数日、小さな空間から出られなかったのだから。気分転換はする必要がある。
「ありがとうございます、イアン様」
明るい日差しの下で、にっこり笑うクロウは。なんだか、可愛いと感じた。
妹や、小動物や小花を可愛いと思ったことはあるが。
男性を可愛いと思ったのは、初めてだった。
彼がどういうつもりで庭をうろついているのか、確かめたかっただけだから。そのようににこやかにされると、疑った分、なんだか後ろめたい気になる。
「実は、この噴水を、近くで見てみたかったのです。とても見事な彫刻なので。これは。海賊の本土上陸を阻止したときの場面ではありませんか?」
「そうだ、銘にバイキング討伐の史と刻んである。ここからその銘は見えないはずだが、事前に調べて知っていたのか?」
銘は、彫刻の足元の、目立たないところにある。
水に浸かって見に行くか、誰かに教えてもらわないとわからないことだと思うがな。
たとえば…バミネとかに。
我の中で、疑念が再燃した。
しかしクロウは、悪びれることなく。説明した。
「調べたというか。王家の伝記はいっぱい読んだのです。バイキングの猛者と、王族が戦う話の中で。剣士の勝利のポーズが、挿絵で描かれているのですが。あの彫刻の中央の人物のポーズが、似ているなと思って…とっても、格好いいのです」
ミハエルの話をしたときのように、クロウは目をピカピカさせている。
彼の、王家への好奇心は、並々ならぬものがあるなと、感心した。
でもそれが、暗殺に必要な知識だからか。
単純に王家への敬愛からくるものなのかは。判別できないが。
「おまえは本当に、王家の話が好きなのだな?」
少し呆れて、つぶやく。
王族である自分でも、そのルーツをしっかり読み込んではいない。
それよりも、経済や国造りや戦術など、現代で必要と思われる知識を詰め込む方を優先したからだ。
「はい。王家に関連した、伝記や戦記物は、あらかた読んでいると思います。店長の旦那さんも、王家の話が好きで、古い貴重な書物をいくつも貸してくださいました。物語としても、面白いのですが。伝記はとても勉強になります。歴史は繰り返すと申しますが、基本的な戦術論などは、過去の事象にすべてあるとされ。敵がどこから、どうやって、どの時期に攻めてくるか。それらは、それほど大きく変わることはありません。すべて、先達の王族の方々が教えてくれているので、伝記を研究すれば、現代の戦術にも応用が利く内容なのです」
弾んだ声で、ベラベラと、ひと息で、しゃべるクロウ。
その顔には、無邪気な微笑み。
だが、いつもそばにいる忠実な黒猫も、あくびをしていた。
王家への忠誠が厚いことはいいことだ。
伝記や歴史は、昔話だと思って後回しにしていたが。そこに得るものはあると言われ、そうなのかと関心もする。
だが、我が今一番知りたいことは、そこではない。
はっきりさせたいのは、クロウが暗殺者か否か、だ。
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