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番外 モブのライバル? シヴァーディ・キャンベルの記憶 ①
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◆モブのライバル? シヴァーディ・キャンベルの記憶
シヴァーディ・キャンベルこと、私は、憤っていた。
生涯の忠誠を捧げた陛下に、魔法をかけたかもしれない、クロウ・エイデンに。
大体あいつは、最初から気に食わなかったのだ。
元々、バミネから遣わされた、死に装束を作る仕立て屋というのが、すでに不気味であったが。
初めてやつと相対したとき。陛下は、息をのんだ。
そのときから、魅了がかけられていた、とは思わないが。
陛下がクロウを一目見て、引き込まれてしまったのはわかった。
長年お仕えしているお方だ。背後に。陛下の一番近くに常にいる私には、陛下の心の動きが、つぶさにわかる。
陛下はもう、クロウに魅入られているのだ。
しかしそれが、もしも魅了という魔法によるズルならば。私は許せぬ。
長きにわたって、カザレニア国を守護してきた、王家に対する冒涜だ。
サロンに入って、私は大声で告げる。
「我が名は、シヴァーディ・キャンベル。陛下の護衛騎士だ。クロウ・エイデン、陛下を魔法でたぶらかした罪で、成敗するっ」
スツールから腰を上げたクロウは。前髪を結ぶマヌケな格好のまま、スススッと私に寄ってきた。
そして、驚いた顔? ショックを受けたような顔のまま、悲鳴のような声を上げた。
「うっ、麗しいお顔に、傷がっ。シヴァーディ様、手当てをいたしましょう。そこにお座りください」
クロウは、ソファを私にすすめると。なにやら部屋の中をうろうろし始めた。
なにをしているのだ? と思っていたら。救急箱を持ってきた。
「あぁ、こんなに大きな傷が。残らないと良いのですが。とにかく、消毒いたしましょう」
手際よく、ピンセットでガーゼを持ち、消毒液に浸すクロウを見て。
私は頬に手を当てる。
「クロウ、これは古傷だ」
私の顔には、鼻の上から頬にかけての大きな傷がある。
古い傷なので、今は痛くない。
「でも、赤くなっていて、今にも血が、し、したたり落ちそうなのですよ?」
「興奮や怒りの感情で、傷が赤く浮き上がって見えるのだ。そういう体質だ」
クロウは、用意した消毒液の染み込んだガーゼを、ウロとさ迷わせ。
でも、私に近づけてきた。
「ですが、痛そうですし。古傷でも効くかも…」
いや、効かない。
そうは思うものの。
なんでか、クロウが痛そうな顔をするものだから。彼の気の済むままにさせる。
その間に、少し冷静になった。
陛下が害されたのかと思って、怒りに血がのぼっていたが。落ち着いて、彼を見やる。
魔力は、なさそう。
強力な魔力保持者は、強い気を無意識に垂れ流すものだ。
気づかれないよう、魔法に小細工することはできても。本人の、力の気配は、なかなか消せないものだ。
それに、もしクロウが魔力を持っていても。
闇属性ではなさそう。黒々しいけど。
気配が清廉だから、聖属性か水属性か風属性が、似合いそう。
聖と水は、魔力が強力でないと芽が出ないから。クロウには不可能だろうが。
「公式が美しく構築した最高傑作を、傷つけるなど、公式への冒涜だ。いったい誰が、このようなことをっ」
自分のことでもないのに、本気でプリプリ怒りだしたクロウに、毒気が抜ける。
「…バミネだ」
答えると。きいぃぃぃ、とクロウが変な声を出した。
「あの野郎、とうとう公式に、マジで立てついたかっ。許せん」
歯をギリギリさせて、グギギと言うクロウに。
私はびっくりしてしまう。
この者は、バミネに言われて、この王城に来たはずなのに?
やはり、我らと同じ。バミネに歯向かって、この王城にポイ捨てされた口なのだろうか?
仕立て屋が?
そこら辺がよくわからないな。
でも、クロウは国一番の仕立て屋だという触れだ。
バミネの依頼を断ったことで、怒りを買い。王城にポイ捨てすることで、人気落としをする。とか?
仕立て屋としては、それは死活問題だろうから、ありうる話ではあるな。
そして。私はふと、この王城に私たちが来た経緯を思い返した。
私の生家、キャンベル家は、騎士爵を賜った家柄だ。
騎士爵は、一代爵位だが。伯爵位と同等の栄誉が与えられる。
父は、先代の王の護衛騎士で。陛下に生涯の忠誠を誓う、騎士の名乗りをあげていた。
キャンベル家は、王城のある孤島と、王宮のある本土に、ふたつ家を構えていて。父は陛下の行動に合わせて、ふたつの家を行き来していた。
だが。私は学園に通うなどの便宜から、本土の屋敷で暮らしていた。
十四歳のとき、セントカミュ学園に入学し。騎士になるため、剣術に特化した騎士科のクラスを選択した。
そこにバミネがいたのだ。
当時は、バミネ・カザレニアと名乗っていて。王族の血脈であるとして、幅を利かせていたが。
私には関係ないことだった。
私はとにかく、父のように。次代の王にお仕えする優秀な騎士になるのが目標だったので。
眼中にないというやつだ。
しかし、バミネは。なんでか、私に絡んできた。
大概は、自分が目をつけた女生徒が、私のことを好きだということなのだが。
当人に告白された事実はないので。知らんがな。
入学早々、変な輩に目をつけられて、嫌な気分ではあったが。
良いこともあった。
騎士科の二個上の先輩に、セドリックがいたのだ。
セドリックは当時から、剣術と地を揺らす魔法を併用し、学園では負けなしの優秀な剣士だった。
それに互角で渡り合った私は、彼に気に入られ。
よく、ともに過ごすようになった。
「俺の練習相手が、もういなくてな。シヴァーディと鍛錬していたら、もっと強くなれそうだ」
そう言って、あの、太陽のような笑顔でニカッと笑われれば。嫌な気などしないではないか?
というか、胸の奥がくすぐったい気分。ふふ、光栄だよ。
セドリックは十八になり、優秀な成績で学園を卒業し。鳴り物入りで騎士団に入団した。
日に日に、めきめきと実力を発揮して、順調に出世していったのだ。
そして、同じ頃。十六歳だったバミネが。優秀な成績によって教科を修了し。飛び級で学園を卒業したと聞いた。
私は首をひねる。
騎士科でも、下から数えた方が早い成績だった、彼が。落第を危ぶまれていた彼が。卒業できた?
だが、人様のことはどうでも良い。
私は、自分の剣術に磨きをかけることに注視し。学園生活を普通に過ごしていったのだ。
少しさかのぼって。
私が十五歳の頃。父が本土の屋敷に戻ってきた。
陛下が流行り病にかかり。城下の島の住民は、みんな避難させられたというのだ。
父は、最後まで陛下のそばに仕えたいと申し出たが。
願いは、王妹のアナベラによって退けられ。半ば強制的に退避させられたという。
そして、陛下は亡くなり。生涯の忠誠を誓った主君を失った父は、急に老け込んでしまった。
そのまま、騎士団からも排斥され。暗い余生を送ることになったのだ。
私は、父の無念を晴らすべく。私こそは、次代の王に、私の命が尽きるまでお仕えしようと、決意を固めた。
そのためには、優秀な騎士にならなければならない。
そんな想いで。日々、研鑽に励むのだった。
だが、父が本土に戻ってきた。そのこと自体に裏があったということを。
そのとき私は。
いや、誰もが。知るよしもなかったのだ。
十八になって学園を卒業した私は、順当に騎士団に入団する。
二年前から、騎士団に所属していたセドリックだが。私が入団したときにはもう、騎士団長になっていた。
異例の大抜擢である。
でも、セドリックは、騎士たちをまとめるリーダーの資質があり、明るく快活な性格は、そんな彼の役立ちたい、と、周囲の者にも思わせる魅力があった。
剣術は言うに及ばず。毎年行われる剣闘士大会では、二年連続で圧倒的勝利を果たした。
誰もがセドリックを、騎士団団長に相応しいと思っていたのだ。
「よぉ、シヴァーディ。やっと来たな? 今年の剣闘士大会は、おまえがいるから、少々てこずりそうだ」
「ふふ、負ける気なんかないでしょ? 私も、負ける気はありませんが」
そんな言葉で、彼は私の騎士団入団を祝ってくれた。
だが、そのときには。騎士団内部に、すでに不穏な空気が流れていたのだ。
私が騎士団に入ったことで。私は父に、ひとつ調べ物の依頼を受けていた。
父は、陛下のお悔やみをするために、孤島に渡りたいと何度も、騎士団に打診をしているらしいのだが。三年間一度も許可が下りなかったという。
孤島への渡航は、騎士団が統轄している。
純粋に、どういうことなのか、上層部に聞いてほしいということだった。
「セドリック、孤島へ行くには騎士団の許可が必要なのだが、なぜ渡航許可を出さないのだ? 流行り病はもう治まっているのだろう?」
二年前より、体が鍛えられ、縦も横も分厚い筋肉の鎧をまとう、頑健な騎士になったセドリックは。なにも怖いものなどない、という風格があったのだが。
私の問いに、眉間にしわを寄せ、難しい顔つきになる。
「騎士団は、今、ふたつに分割されている。俺が率いる騎士団は、戦闘や治安維持に徹しているが。バミネが率いる騎士団は、海上、王宮、王城の管理を一手に引き受けている。バミネが、王族の血筋ということで。他の者には任せられないと言って…渡航許可が下りないのは、バミネが孤島へ渡る人物を選別しているからだ」
「なんだ、それは。おまえは騎士団長なのだから。ビシッと言ってやればいい」
「そんな簡単なことではない。バミネの後ろには、摂政もついていて。バジリスク公爵子息であるバミネに、高位貴族も追従している。俺は、単純に力でのし上がったが。政治や裏工作にはとことん弱い。だから、シヴァーディ。俺に力を貸してくれないか?」
私にとって、セドリックは、偉大な先輩で。彼を追い越せる日は来るのかと、途方に暮れるときもあるくらい、圧倒的な強者だった。
ゆえに、憧れの存在でもある。
そんな彼が、私の手を必要としている。どうしたらよいのかと、懊悩している。
力など、いくらだって貸してやる。そういう気になった。
「もちろんだ、セドリック。バミネの横暴など、私たちで潰してやろう」
「…学園にいた頃は、ただ強くなれば良かった。それだけで良かった。あの日が、懐かしいな?」
少し寂しげに笑ったセドリックに、私はなんだか、悲しいような、胸が潰れるような、苦しい気持ちをかき立てられる。
その年の剣闘士大会で、私は決勝戦で、セドリックと当たり。負けてしまったが。
剣術の腕を見込まれ、セドリックの補佐的な役割である、副団長に抜擢された。
もうひとりの副団長には、バミネがついている。
私が副団長になったことで、セドリックがバミネに、狡猾に言いくるめられることを、防げるようになった。
しかし、副団長の一方が、団長に肩入れすることで。政治的に暗躍するバミネと、正統派騎士セドリックという対立構造が、より際立つことになってしまったのだ。
シヴァーディ・キャンベルこと、私は、憤っていた。
生涯の忠誠を捧げた陛下に、魔法をかけたかもしれない、クロウ・エイデンに。
大体あいつは、最初から気に食わなかったのだ。
元々、バミネから遣わされた、死に装束を作る仕立て屋というのが、すでに不気味であったが。
初めてやつと相対したとき。陛下は、息をのんだ。
そのときから、魅了がかけられていた、とは思わないが。
陛下がクロウを一目見て、引き込まれてしまったのはわかった。
長年お仕えしているお方だ。背後に。陛下の一番近くに常にいる私には、陛下の心の動きが、つぶさにわかる。
陛下はもう、クロウに魅入られているのだ。
しかしそれが、もしも魅了という魔法によるズルならば。私は許せぬ。
長きにわたって、カザレニア国を守護してきた、王家に対する冒涜だ。
サロンに入って、私は大声で告げる。
「我が名は、シヴァーディ・キャンベル。陛下の護衛騎士だ。クロウ・エイデン、陛下を魔法でたぶらかした罪で、成敗するっ」
スツールから腰を上げたクロウは。前髪を結ぶマヌケな格好のまま、スススッと私に寄ってきた。
そして、驚いた顔? ショックを受けたような顔のまま、悲鳴のような声を上げた。
「うっ、麗しいお顔に、傷がっ。シヴァーディ様、手当てをいたしましょう。そこにお座りください」
クロウは、ソファを私にすすめると。なにやら部屋の中をうろうろし始めた。
なにをしているのだ? と思っていたら。救急箱を持ってきた。
「あぁ、こんなに大きな傷が。残らないと良いのですが。とにかく、消毒いたしましょう」
手際よく、ピンセットでガーゼを持ち、消毒液に浸すクロウを見て。
私は頬に手を当てる。
「クロウ、これは古傷だ」
私の顔には、鼻の上から頬にかけての大きな傷がある。
古い傷なので、今は痛くない。
「でも、赤くなっていて、今にも血が、し、したたり落ちそうなのですよ?」
「興奮や怒りの感情で、傷が赤く浮き上がって見えるのだ。そういう体質だ」
クロウは、用意した消毒液の染み込んだガーゼを、ウロとさ迷わせ。
でも、私に近づけてきた。
「ですが、痛そうですし。古傷でも効くかも…」
いや、効かない。
そうは思うものの。
なんでか、クロウが痛そうな顔をするものだから。彼の気の済むままにさせる。
その間に、少し冷静になった。
陛下が害されたのかと思って、怒りに血がのぼっていたが。落ち着いて、彼を見やる。
魔力は、なさそう。
強力な魔力保持者は、強い気を無意識に垂れ流すものだ。
気づかれないよう、魔法に小細工することはできても。本人の、力の気配は、なかなか消せないものだ。
それに、もしクロウが魔力を持っていても。
闇属性ではなさそう。黒々しいけど。
気配が清廉だから、聖属性か水属性か風属性が、似合いそう。
聖と水は、魔力が強力でないと芽が出ないから。クロウには不可能だろうが。
「公式が美しく構築した最高傑作を、傷つけるなど、公式への冒涜だ。いったい誰が、このようなことをっ」
自分のことでもないのに、本気でプリプリ怒りだしたクロウに、毒気が抜ける。
「…バミネだ」
答えると。きいぃぃぃ、とクロウが変な声を出した。
「あの野郎、とうとう公式に、マジで立てついたかっ。許せん」
歯をギリギリさせて、グギギと言うクロウに。
私はびっくりしてしまう。
この者は、バミネに言われて、この王城に来たはずなのに?
やはり、我らと同じ。バミネに歯向かって、この王城にポイ捨てされた口なのだろうか?
仕立て屋が?
そこら辺がよくわからないな。
でも、クロウは国一番の仕立て屋だという触れだ。
バミネの依頼を断ったことで、怒りを買い。王城にポイ捨てすることで、人気落としをする。とか?
仕立て屋としては、それは死活問題だろうから、ありうる話ではあるな。
そして。私はふと、この王城に私たちが来た経緯を思い返した。
私の生家、キャンベル家は、騎士爵を賜った家柄だ。
騎士爵は、一代爵位だが。伯爵位と同等の栄誉が与えられる。
父は、先代の王の護衛騎士で。陛下に生涯の忠誠を誓う、騎士の名乗りをあげていた。
キャンベル家は、王城のある孤島と、王宮のある本土に、ふたつ家を構えていて。父は陛下の行動に合わせて、ふたつの家を行き来していた。
だが。私は学園に通うなどの便宜から、本土の屋敷で暮らしていた。
十四歳のとき、セントカミュ学園に入学し。騎士になるため、剣術に特化した騎士科のクラスを選択した。
そこにバミネがいたのだ。
当時は、バミネ・カザレニアと名乗っていて。王族の血脈であるとして、幅を利かせていたが。
私には関係ないことだった。
私はとにかく、父のように。次代の王にお仕えする優秀な騎士になるのが目標だったので。
眼中にないというやつだ。
しかし、バミネは。なんでか、私に絡んできた。
大概は、自分が目をつけた女生徒が、私のことを好きだということなのだが。
当人に告白された事実はないので。知らんがな。
入学早々、変な輩に目をつけられて、嫌な気分ではあったが。
良いこともあった。
騎士科の二個上の先輩に、セドリックがいたのだ。
セドリックは当時から、剣術と地を揺らす魔法を併用し、学園では負けなしの優秀な剣士だった。
それに互角で渡り合った私は、彼に気に入られ。
よく、ともに過ごすようになった。
「俺の練習相手が、もういなくてな。シヴァーディと鍛錬していたら、もっと強くなれそうだ」
そう言って、あの、太陽のような笑顔でニカッと笑われれば。嫌な気などしないではないか?
というか、胸の奥がくすぐったい気分。ふふ、光栄だよ。
セドリックは十八になり、優秀な成績で学園を卒業し。鳴り物入りで騎士団に入団した。
日に日に、めきめきと実力を発揮して、順調に出世していったのだ。
そして、同じ頃。十六歳だったバミネが。優秀な成績によって教科を修了し。飛び級で学園を卒業したと聞いた。
私は首をひねる。
騎士科でも、下から数えた方が早い成績だった、彼が。落第を危ぶまれていた彼が。卒業できた?
だが、人様のことはどうでも良い。
私は、自分の剣術に磨きをかけることに注視し。学園生活を普通に過ごしていったのだ。
少しさかのぼって。
私が十五歳の頃。父が本土の屋敷に戻ってきた。
陛下が流行り病にかかり。城下の島の住民は、みんな避難させられたというのだ。
父は、最後まで陛下のそばに仕えたいと申し出たが。
願いは、王妹のアナベラによって退けられ。半ば強制的に退避させられたという。
そして、陛下は亡くなり。生涯の忠誠を誓った主君を失った父は、急に老け込んでしまった。
そのまま、騎士団からも排斥され。暗い余生を送ることになったのだ。
私は、父の無念を晴らすべく。私こそは、次代の王に、私の命が尽きるまでお仕えしようと、決意を固めた。
そのためには、優秀な騎士にならなければならない。
そんな想いで。日々、研鑽に励むのだった。
だが、父が本土に戻ってきた。そのこと自体に裏があったということを。
そのとき私は。
いや、誰もが。知るよしもなかったのだ。
十八になって学園を卒業した私は、順当に騎士団に入団する。
二年前から、騎士団に所属していたセドリックだが。私が入団したときにはもう、騎士団長になっていた。
異例の大抜擢である。
でも、セドリックは、騎士たちをまとめるリーダーの資質があり、明るく快活な性格は、そんな彼の役立ちたい、と、周囲の者にも思わせる魅力があった。
剣術は言うに及ばず。毎年行われる剣闘士大会では、二年連続で圧倒的勝利を果たした。
誰もがセドリックを、騎士団団長に相応しいと思っていたのだ。
「よぉ、シヴァーディ。やっと来たな? 今年の剣闘士大会は、おまえがいるから、少々てこずりそうだ」
「ふふ、負ける気なんかないでしょ? 私も、負ける気はありませんが」
そんな言葉で、彼は私の騎士団入団を祝ってくれた。
だが、そのときには。騎士団内部に、すでに不穏な空気が流れていたのだ。
私が騎士団に入ったことで。私は父に、ひとつ調べ物の依頼を受けていた。
父は、陛下のお悔やみをするために、孤島に渡りたいと何度も、騎士団に打診をしているらしいのだが。三年間一度も許可が下りなかったという。
孤島への渡航は、騎士団が統轄している。
純粋に、どういうことなのか、上層部に聞いてほしいということだった。
「セドリック、孤島へ行くには騎士団の許可が必要なのだが、なぜ渡航許可を出さないのだ? 流行り病はもう治まっているのだろう?」
二年前より、体が鍛えられ、縦も横も分厚い筋肉の鎧をまとう、頑健な騎士になったセドリックは。なにも怖いものなどない、という風格があったのだが。
私の問いに、眉間にしわを寄せ、難しい顔つきになる。
「騎士団は、今、ふたつに分割されている。俺が率いる騎士団は、戦闘や治安維持に徹しているが。バミネが率いる騎士団は、海上、王宮、王城の管理を一手に引き受けている。バミネが、王族の血筋ということで。他の者には任せられないと言って…渡航許可が下りないのは、バミネが孤島へ渡る人物を選別しているからだ」
「なんだ、それは。おまえは騎士団長なのだから。ビシッと言ってやればいい」
「そんな簡単なことではない。バミネの後ろには、摂政もついていて。バジリスク公爵子息であるバミネに、高位貴族も追従している。俺は、単純に力でのし上がったが。政治や裏工作にはとことん弱い。だから、シヴァーディ。俺に力を貸してくれないか?」
私にとって、セドリックは、偉大な先輩で。彼を追い越せる日は来るのかと、途方に暮れるときもあるくらい、圧倒的な強者だった。
ゆえに、憧れの存在でもある。
そんな彼が、私の手を必要としている。どうしたらよいのかと、懊悩している。
力など、いくらだって貸してやる。そういう気になった。
「もちろんだ、セドリック。バミネの横暴など、私たちで潰してやろう」
「…学園にいた頃は、ただ強くなれば良かった。それだけで良かった。あの日が、懐かしいな?」
少し寂しげに笑ったセドリックに、私はなんだか、悲しいような、胸が潰れるような、苦しい気持ちをかき立てられる。
その年の剣闘士大会で、私は決勝戦で、セドリックと当たり。負けてしまったが。
剣術の腕を見込まれ、セドリックの補佐的な役割である、副団長に抜擢された。
もうひとりの副団長には、バミネがついている。
私が副団長になったことで、セドリックがバミネに、狡猾に言いくるめられることを、防げるようになった。
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忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
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