無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ

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22話

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 公園からホテルの部屋に戻り、ドアを開けると灯りがともる。優成に続いて明樹が部屋に入り、ドアが閉まると同時にそれまであった会話がなくなった。
 数秒の沈黙を経て、ふたりの視線が絡む。優成が明樹に重心を傾けると、明樹も優成に近づいて、どちらからともなく唇が重なった。ゆっくりと食んでから、お互い深追いはせずに離れていく。

「……初めてのキスですね」

 優成が唇を離しただけの至近距離で呟くと、明樹は目を瞬いた。

「恋人としては、初めてのキスでしょ?今の」
「……うん、そうだね。今のが初めて」

 口に指を当てて少し照れた笑顔を見せる明樹に、優成の感情は簡単に抑えがきかなくなった。壁に追い詰めるように身を寄せて、明樹の輪郭を指でなぞる。

「明樹さん……」

 シャツの上から胸元を撫で、優成はもう1度キスをした。今度はすぐに舌が絡んで、吐息が漏れる。舌を舐め合いながら、優成は指が触れたボタンを1つずつ外していく。逸る気持ちを抑えて口を離し、そのまま明樹の首筋へと唇を這わせると、明樹の肩が弱く跳ねた。

「待った」
「え?」

 4つ目のボタンを外した手を明樹に掴まれ、優成は鎖骨を舐めようとした口の形のまま声を出した。

「まだしない」

 主語も目的語もない文章でもその意味は嫌というほどわかって、優成はいよいよ明樹の身体から顔を離した。
 少し悩むように眉をひそめた明樹と目が合う。

「な、なんで」

 こんなことを相手に聞いたのは初めてで、優成は童貞に戻ったような感覚を覚えた。童貞の気持ちを反芻すると共に、優成の頭には今さら自分達が男同士であるということが浮かび上がる。

「あ。どっちがどっちやるとか決めてないからですか?」
「あー確かにそれはそうだけど」

 仁の話によれば明樹が男と交際したことはない。優成も経験はないが、とりあえず未経験者がいきなり男女のセックスと同じ事を行うのは不可能──無理矢理にでもという場合を除いて──に近いことはわかっている。

「それについてはまた後日ちゃんと話し合いましょ?今日は別に全部やるつもりは……」

 だから、優成としては今夜ペッティングだけでも、と話を進めようとしたのだが。

「いや、まぁでも、どっちがどっちやるとか、正直俺はどっちでもいいよ。優成が好きな方選んで」

 1番禍根を残すテーマかと思っていた役割分担があっさり流され、優成は『中城明樹を抱いていい』という世界で自分にしか与えられていない権利を得て喜びに震えそうだったが、カッコ悪いので努めて平常心のふりをした。

「じゃあ、他になにか不安要素があるんですか」
「不安っていうか……」

 明樹は指で唇を触ってから優成を見た。

「なんか、付き合ってすぐにっていうのは、軽くない?」
「えっ」

 まさか貞操観念に言及されると思ってなかった優成は、口を開いたまま止まった。
 いや、確かにさっき告白して交際が決まって、その数十分後にベッドインというのが早い展開だというのはわかる。言いたいことはわかるが。

(いやでも、だって。明樹さんと俺はもう色々しちゃってるじゃん)

「優成って今までも、付き合ったらこんな感じなの?」

 優成が答えあぐねているうちに、明樹が顎に手を当てて顔を覗き込んでくる。ひそめられた眉を見れば、この問いを肯定するのが間違いだということはわかった。

「その、今まで初日に迫ったことは、ないですけど……」

 しかし、否定したところでそれが正解なのかわからなくて、優成は明樹の顔色を伺いながら歯切れ悪く言葉を選んだ。そして、腕を組んで顎を上げた明樹を見て、一足先に失敗を悟る。

「俺が男だから、男相手ならいいだろみたいな」
「ちっ違いますよ!」

 まずい方向に転がろうとする話題をどうにか食い止めたくて、優成は明樹の肩を掴んだ。

「いやーでも優成の今の感じは、手練れの風格があった。男相手だといつもこうなんだろ」
「ちょ、待って!俺は男と経験ないですからね!?」

 優成が大声を出すと『え、うそ』と言いたげに明樹の目が丸くなって、優成も目を見開いた。

「女も男も俺のもんだ、ってタイプじゃないの?」
「どんなタイプですかそれ!」
「だって俺とキスしたいとか、普通に言ってきたし」

 言い訳できない事実を言われても、優成は引き下がっていられないと肩を掴む手に力を入れた。

「それなら明樹さんだって俺にキスしてたじゃん!なんなら、明樹さんからしてくることの方が多かったよ!」
「いやでもキスだけじゃん」

(それはそうだけど)

「優成は前にホテルで俺のこと、押し倒してきたでしょ」

(それも、そうだけど)

「明樹さんこそ俺にあっさり押し倒されてたくせに!」
「押し倒してきた男が開き直るなよ」

 明樹は肩をすくめていて、その風情は完全にわがままを言う弟を諭す兄だった。様になっていてカッコいいが、恋人同士のムードは霧散している。

(その身持ちの固さで、なんでこの旅行を泊まりにしたんだよ)

 と優成は思ったが、そんなことを言っては『身体目当て野郎』とレッテルを貼られてしまうに決まっている。

(もちろん身体目当てとかじゃない、そうじゃないけど。そうじゃないけどさ)

 とにかく、付き合った日に好感度が下がるのは勘弁したい。

「……明樹さんの気持ちはわかりました。俺が先走っていたと思います」

 優成が絞り出すように言うと、明樹は肩を掴む優成の腕に触れた。そしてそのまま近づいて、

「ありがと。大好き優成」

 触れるだけのキスをした。
 面食らう優成を見て、してやったり顔で眉を上げた明樹が離れていく。

「っんなの俺も、大好きですよ!」

 優成は大声で言い返しながら壁を叩いた。
 言動がまったく合致していない優成を横目に、明樹は脱がされかけたシャツを自ら脱いで着替えを始めようとして、優成はごちゃごちゃの感情のまませめて風呂場でやってくれとお願いするはめになる。
 その晩は、優成にとって生まれてから1番悶々とした夜だった。
 隣では恋人が安らかに眠っており、何度か寝顔を見ては見たことを後悔してベッドに戻っていた。

「……コレ無理かもしれん」

 優成の呟きは、深夜の寝室に消えていく。
 その頃、ふたりがラブラブになっていると思っているメンバーたちは、多大な惚気を見せつけられても快く受け入れようと口裏を合わせていて、まさか優成が修行僧のような顔で帰ってくるとは誰も予想していなかった。
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