貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ

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10話

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 その晩。
 大学から帰ってきた俺は、風呂に直行し体を隅々まで丁寧に洗った。帰り際に買った香りの良いボディソープを惜しみなく使う。

(この香り、千明さん好きかな)

 昨晩ランドンさんが「ユウワクと言えば香りです。特にRoseは最強のフレグランス!催淫効果もあるです!」とおすすめしてきたのだ。催淫効果なんて日本語を知っているランドンさんに苦笑しつつも、検索してみると本当にバラの香りにはそういう効果があるらしい。
 好きな香りくらい千明さんに聞いておけばよかったかもしれないと思いながら、催淫効果という言葉につられてバラの香りのボディソープを買ってしまった。短絡的であることはさすがに自覚しているが、今の俺はこんなことに頼ることくらいしか思いつかなかった。

「……よし」

 ドライヤーで髪を乾かし、俺は小さく意気込んで、まだ仕事で帰ってきていない千明さんにLINEを送る。

『帰宅、何時ごろになりそうですか?』

 こんなことをわざわざ聞くのは初めてで、緊張しながら送った文面を眺める。すると想像よりずっと早く既読が付いた。

「はやっ」

 このまま返信が来たら画面ずっと見てたってバレる。そんなことバレても何がどうなるわけではないが、妙な気恥ずかしさに襲われ、俺は慌てて画面を閉じた。
 閉じたと同時に千明さんからの返信がポップアップで表示される。

『10時は過ぎると思う。何かあった?』

 変に心配されても困るので、

『いえ、特に何があったというわけではないです!ただ千明さんの部屋にいてもいいか聞きたくて』

 と返信し、すぐ画面を閉じる。ちょっとの間、ホーム画面を眺めているとまたすぐに千明さんからのポップアップが表示された。

『全然いいよ。なる早で帰るね』

 その返信にホッとしながら、俺はスタンプを返した。
 とりあえずは第一関門突破だ。
 ランドンさんの教えに従うなら『バラの香りを纏って相手のベッドの上に寝転んでおく。その時の服装は少しだけ肌が見えるものにする』ということを実行しなければならなかった。その内容は女性用の誘惑方法なんじゃないかとは思ったが、他に方法も思いつかないので仕方ない。
 襟ぐりの広い緩めの部屋着を着て、準備はOK。俺はコンビニで買った軽食を片手に、千明さんの部屋へと向かった。




「おっ」

 10時も近づく中、俺は千明さんに借りているゲームのボス撃破に成功していた。
 千明さんを待つ間に暇つぶしのつもりでやり始めたのだが、ついついのめり込みコンティニューを5回繰り返しスマホで攻略を調べてやっとクリア出来た。
 千明さんがいたら褒めてくれたかな、なんておめでたいことを考えているとスマホのアラームが鳴った。ゲームを始める前に、9時45分にセットしておいたアラームを止めながら、俺はロフトベッドへと梯子をのぼる。
 しかしいざ誘惑目的でベッドまで来ると、どういう風に寝ていればいいのか分からない。

(くつろいでいる様に?それともゲームでもしていた方が自然?)

 布団を被ったり剥いだり、起き上がったり寝てみたり、ゴロゴロと寝返りを打ったり。
 とにかく忙しなく動いていると、

「ただいま」

 仕事から帰ってきた千明さんが部屋に入ってきてしまった。

「お、おかえりなさい!」

 焦った俺は思い切り起き上がって元気に挨拶をしてから、色気も何にもない自分の対応に頭を抱えた。

「どうしたの?頭痛?」
「いや、全然元気ッス……」
「あんまり元気そうには見えないけど……」

 ちょっと困ったように笑った千明さんは、脱いだジャケットをソファに投げ、ネクタイを緩めながら髪をかき上げた。
 その仕草は全編通して色っぽく、俺は更に頭を抱えた。

「全部が勝てねぇ……」
「え?」
「いや、何でもないッス」
「あ、ゲームの話?……って初期ボスクリアしてるじゃん」

 いつの間にか千明さんはテーブルに置いてあったswitchを操作している。

「さっきやっと倒せたんです」
「へぇおめでとう。これやりたかったならゲーム機ごと貸すのに」

 千明さんは俺がゲームをやりたくて、部屋に行きたがったと思っているようだ。

「次のステージは可愛いヒロイン出てくるよ」

 ソファに寝転んだ千明さんはそのままテレビを付け、片手にスマホを持っている。完全にゲームを始める体勢だ。これではいつも通り部屋でゴロゴロして解散になってしまう。
 何かいい雰囲気になりそうなことを言わなければ。

「俺は別にゲームしたくて来たわけじゃないんです」

(素直になれ。素直に言え)

 俺は己に言い聞かせ、膝を抱える手に力を入れた。

「俺は千明さんに会いたかっただけです」

 恥ずかしくて小声な上に早口になってしまったが、千明さんにはしっかり聞こえたようで、ソファから体を起き上げてこちらを見上げる瞳と視線がかち合った。
 やっぱり恥ずかしくて、勢いよく視線をそらす。

「なんか今日……」

 テーブルにスマホを置いた千明さんは何かつぶやくと、おもむろに立ち上がりベッドへの梯子を上ってきた。
 梯子の軋む音に、俺の心臓はバクバクだった。

「なんか今日、いつもと違くない?」
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