隣人、イケメン俳優につき

タタミ

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    交際している男性。
    そんな人はいない。でも、そう思う何かを掴まれたということだ。
    一太くんのこと、だったらどうしよう。
    あのマンションで逢い引きしてるだのなんだの、言い様はいくらでもある。真実じゃないにせよそんなことが週刊誌に載れば一太くんには多大な迷惑がかかる。それだけは絶対に嫌だ。
    至って素知らぬ顔を保ちながら、佐々木の嫌な笑顔を見つめ返した。

「お心当たりは?」
「ありません。なんにせよ、事務所通してください」

    マンションに戻る道を歩き出すと佐々木も当たり前のようについてくる。

「数ヶ月前に、杉崎さんがセカンドハウスにしているマンション前で撮ったものなんですが」

    佐々木はニヤつきながら俺の目の前に写真をちらつかせてきて、嫌でも目に入った。

「すごくいい写真でしょ」

    写っているのは西野にキスされている俺だった。
    一太くんは見切れていて、ほとんど写っていない。

    一太くんのことじゃなくてよかった。

    1番最初に思ったのはそれだった。
    次に自分があまり動揺していないことに驚いた。諦めの感情が強い。
    最悪な場面を掴まれたもんだな、とどこか他人事のように感じて目を伏せた。

「この男性、恋人ですか?」
「事務所に聞いてください」

    足早にマンションへ向かう。

「同性愛者なんですか。以前は女性とも報道がありましたが」
「事務所に聞いてください」

    オウム返しにも慣れっこなのだろう佐々木はずっとニヤついていて、俺がマンションの玄関ドアに触れた時に大きな声を出した。

「こちらからも今から事務所に連絡差し上げますが、杉崎さんからもご連絡した方がいいかと思いますよ。発売は今週金曜日ですから」

    ようは2日後にはこの写真が世に出る。
    事務所が記事を揉み消す判断をするなら、今すぐにでも対応を話し合うために集まるだろう。

「話したいことがあれば文壇社までお電話ください」

    佐々木の声を後ろに、俺はマンションへ入った。


    一太くんの部屋の前に立ち、深呼吸をする。
    西野との写真が出てしまえば、俺はマスコミに追われてこのマンションに近づけなくなるだろう。下手をすればもう会えないという現実がじわじわと首を絞める。
    でもいい機会なのかもしれない。西野の言葉とテーブルの花がフラッシュバックして俺は自分を抱き締めた。

「あ、久遠さん。よかった、遅いな~と思って様子を見ようかと……」

    俺が俯いているとドアが開いて、一太くんが微笑んでいた。微笑みに泣きそうになる。
    何か答えることもせずに、俺は一太くんに抱き着いた。

「っ、久遠さん?どうしました」

    部屋に押し戻すように体重をかけると一太くんは俺の勢いに合わせて後ろに歩く。
    後ろ手にドアを閉めて、閉まると同時にキスをした。
    一太くんは固まっていたけど、俺が舌を突っ込もうとすると肩を掴んだ。

「ちょ、待って!久遠さんどうしたんですか」
「キスしたい」
「いやもうしちゃってるし……!」
「じゃ抱いてほしい」

    目も見ずに呟く。
    最後の思い出に抱かれようとするなんてセコい男だなと自分でも思った。

「……ホントに、どうしたんですか?」

    一太くんの声は優しい。軽蔑したって好きに抱いたっていいのに、心配してくれている声だった。

「別に、ただそういう気分で」

    俺は微笑を保っていたはずだけど、視界が歪み始めて片手で顔を覆った。
    情けない。
    抱かれる前に泣いてどうすんだ。

「一旦部屋で落ち着きましょ、ね?ケーキもまだありますし」

    一太くんは俺の手をやんわり握って部屋に誘導してくれた。
    俺は犬みたいに大人しくついていき、ベッドを背に座り込む。

「そうだ、薬ありましたよね。待っててください」

    俺がどこに逃げるわけもないのに、一太くんは慌てた様子で俺の荷物から袋を取った。
    薬を一太くんから受け取り、処方された何に効いているのかよくわからない錠剤を適当に手に取り出す。
    水の入ったコップを持ってきてくれた一太くんに礼を言うつもりだった俺は、

「あのさ、飲ませてくれないかな」

    気づけば一太くんに弱い笑みを向けていた。
    何言ってんだと思う。思っても、一太くんとこれが最後かもしれないということが俺を自己中心的にさせていた。

「え、飲ませるって……」
「口移しで。それかセックスしてよ」

    自分本意の最悪な2択を迫る。
    一太くんは眉を下げて戸惑いを見せた。
    俺の2択に付き合う義理はないし、本当はこんな形でセックスしたいわけでもない。
    築き上げた関係性を自分の手で破壊する感触に目眩がする。
    本当にどうとでもなれと思っているなら、セックスの打診なんてしてないで告白して玉砕しろよ。意気地無し。

「……わかりました」

    しばらく唇を噛んでいた一太くんが、俺の手から錠剤を掴み取った。
    口に入れて水を飲み、グッと顎を掴まれる。
    初対面のときも顎掴まれたな、と思い出が一瞬甦って消えた。

「っ……ん……」

    口の中に生温い水と少し苦い錠剤が入ってくる。
    こんなこと映画のシーンで見たことがあるだけで、本当にやったのは初めてだ。
    ただのキスだけど、不健康で背徳的な感じがすごい。

「っ……飲めました……?」

    顔を離した一太くんが口からこぼれた水を拭うのと同時に俺は錠剤を飲み込んだ。
    段々と頭にもやがかかったようになり、強制的に感情が抑えられていくのがわかる。

「うん。ありがと。ごめんね」
「いや……全然。それより……何かあったんですか」

    心配ばかりさせていて申し訳ない。
    
「ちょっとワガママ言いたくなっただけ。付き合わせてごめん」

    何か言いたげに口を動かしたけど、一太くんは何も言わなかった。

「寝ましょうか、今日は」

    ただ優しく笑いかけてくれた。


    翌朝。
    俺は事務所にやってきていた。
    早朝、一太くんの部屋から抜け出して、何十回とかかってきていたマネージャーの電話に出たのが2時間前だ。
    
「おはようございます」
「なんですぐに連絡が取れなかったんですか!」

    電話口でも同じように怒っていた鈴木マネージャーが、無表情の俺を見て額に手を置いて唸る。

「すいません、寝ちゃってて」
「この記事をリークした記者は、杉崎に会ったと言ってましたよ!」
「そのあと、寝てしまって」
「どうしてそういう判断に……!」

    鈴木マネージャーが大きい声を出しかけると、バンッと机を叩く音がした。
    マネージャーの何倍も不機嫌そうな顔をした中年男性が手を机に打ち付けている。名前は忘れたけどあれは広報部長だ。

「危機管理がなってない!こんなスキャンダル写真、相手が女でも一大事だぞ!」
「申し訳ございません……!」
「それは、すみませんでした」

    俺の代わりにマネージャーが頭を下げるのは流石に悪いと思い、続けて頭を下げた。恋愛を禁止されてる訳でもなければ、広報部長に謝って何になるという感じは否めないけど。

「実際、この男と交際してるのか。いやその前に、杉崎お前はゲイなのか」

    部屋に響くようなため息をついた部長は、俺を睨むように見た。

「いや、どっちも違います。俺は男でも女でも平気ってだけで、男と付き合ったことはないです。この写真の男はたまたま飲み屋で知り合って、執着されてただけで」

    本当か?と言いたげに口をへの字に曲げて、部長は鈴木マネージャーに顎をしゃくった。

「お前はこの相手の男を知らなかったのか」
「は、はい……!まさかこのような写真が出るとは夢にも……」

    そりゃそうだ。西野とは外で会うようなことはほとんどない、ただの爛れた関係だったのだから。
    大きすぎる舌打ちをして、部長は俺を睨み直す。

「まぁ、真実なんてどうでもいい。とにかくこの報道は全力でなかったことにする。杉崎は売り出し中なんだ。こんな記事でテレビを盛り上げてる場合じゃない」

    うちの事務所はそんなに有名な芸能人がいない。
    俺が稼ぎ頭に数えられてるのは明白だった。同じ事をもっと無名な俳優がやったら切り捨てられていただろう。

「杉崎はマスコミに囲まれても下手なことを言うな。絶対にだんまりを貫け。今からテレビ局に言ってワイドショーで取り上げるのをやめさせる」
「いや、いいです」

    広報部長の顔が何を言ってんだこのガキというように無理解に歪む。でもそんなこと気にならない。
    佐々木に写真を見せられたときに芽生えた気持ちが、ここに来て意思として形になるのがわかった。
    俺はここ最近で1番穏やかに心が晴れるのを感じ、自然と笑顔が浮かぶ。

「俺、芸能界辞めます」

    高校生のうちに、言っておけばよかったことばがやっと形になった。
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